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第81話 勧誘に失敗

「お坊ちゃまご無沙汰しております」


「そんなに長い期間じゃなかったハズだけど。随分久しぶりな気がするなぁ」


俺は久しぶりにエストラント侯爵邸へと来ていた。


今日も両親はいない。

約束していなければどこにいるかわからない人たちだ。

自宅には夜遅くに戻ってくることも多いくせ朝早く起きてもいないことばかり。

父は宰相として王宮にも部屋をいただいているとは聞いてるけど。

そんな超多忙な両親が俺の婚約のために何度も時間をとって婚約の儀にも参列してくれたのだから、その分で当分は王宮にカンズメ状態になるのだろう。


「ご婚約おめでとうございます。使用人を代表してお祝い申し上げます」


「ありがとう嬉しいよ。ここまでやってこれたのも皆のおかげだから」


「もったいないお言葉です。坊ちゃまはなるべくしてなられたのですよ?我々はそのお手伝いをしただけです」


セバスは本当にプロなんだ。


俺はこれまで疑心暗鬼で生き抜くことだけを考えていたのに。セバス達だけは信頼できたのだから。

誰も信じていなかったはずなのに、うちの使用人が裏切るなんて考えたこともなかったのだから。


「ところで僕の弟になった子について話を聞かせてもらえる?」


あの子はどんな子供なんだろう。

どうも俺ってば懐いてくる小さいものとか、弱いくせ必死で懸命でとかいう生き物に弱い。ほっとけないのは昔の自分みたいだから。

新しい弟はキラキラした目で俺を見て挨拶をして、何とか話をしようとするけど邪魔にならないようにしようと葛藤して。頭のいい子だし空気読もうと頑張ってるし、何となく俺のことを悪くは思ってない。すぐにでも飛び込んで抱き着いてこようとしてるのは感じてた。女中さんに肩を掴まれて止められてたけども。


それでも俺は弟になった子のことをよく知らないのだからどんな話をすればいいかわからない。

うちの両親はどんなつもりであの子を養子にしたのか。

あの子はどんなつもりでここにいるのか。

どのような家に生まれ育ってあの子の両親はどう思っているのか。


俺ってこれからどうなんの?あの子のことは大丈夫?

そんなことを聞きたくて。

セバスが話せないならキルリスあたりに聞けばそれとなく教えてくれると思う。


「ふふふ。ビックリされましたか?」

「もちろんだよ頭の良さそうな子だね。父上のあとを継ぐにはピッタリな子だけどそう思っていいのかな?」


俺の言葉にセバスがピクリと眉を動かしたのは見逃さなかった。

思ってもみない質問だったとか?


「それではご質問にお答えする前に。お言葉を返すようですがお伺いしても?」

「もちろんだよ」

「お坊ちゃまは旦那様のあとをついで王宮の要職へと就かれるお気持ちは?」

「当然ないさ」


あっさり答える俺にセバスは当然のようにコクリとうなづいた。


「そうでしょう。坊ちゃんはすでにご自分のお力で王宮にも軍部にも認められていらっしゃいます。旦那様の御力やエストラント家のお名前など関係なく、ユーリ・エストラントというお名前だけで。そんなお坊ちゃまが代々国王に文官として仕えるエストラント家を継がれるのは」


「おかしなことかい?」

「いえ違います。旦那様は国家において損失だとお考えです」


キッパリと言い切ったセバスの顔には満足げな微笑みが浮かんでいた。


「正直僕はあの子にこの家を継いでもらった方が嬉しいのだけど。それでも貴族の長男であるボクが、病気やケガでもなく能力もそれなのに自分の家を継がないというのは外聞が良くないよね。それこそ貴族の家柄を重視する父が嫌がりそうだけど」


だったらおまえがヤレと言われても困るけど。

どう考えてるのか知っておかないとモヤモヤしてしまう。


「そうですか、今日はそこが気になってこちらへいらっしゃったのですね。坊ちゃまも成長なされましたな」


「自分で言っといて何だけどね。父の仕事も地盤も侯爵家の築いてきたものも。僕が引き継ぐのは無理だから」


「ええ。旦那様はユーリ様が自分の後釜程度におさまる器ではないとおっしゃっていました。貴族の狭い社会ではなく王国のためになる息子であると。内容までは存じませんが今は公表できないだけで国王様から随分感謝されているとか」


「あれ?これはうなずいていいヤツだっけ?なんだかねえ」


セバスは微笑むだけでそれ以上は何も言わない。

俺もつられて微笑んでしまう。


「ふふふ。本当に誇らしくて嬉しゅうございます。旦那様はどのみちユーリ様がご自身で爵位を得られると考えていらっしゃいます。そうであればとエストラント家の後継ぎに遠縁の貴族から養子を迎え入れました。地方男爵家の次男でご本人もご実家も大変光栄と成立しました」


それならいい。

俺のせいでムリヤリに連れてこられたのではなくてホッとする。

小さな子供が俺のせいで不幸になるなんてダメだ。


地方の男爵家の次男。将来は貴族の爵位もなく兄の手伝いをするか必死に勉強して王都の役所を紹介してもらうのが関の山。そんな未来像しかなかった子供が侯爵家本家の跡取りになることができる。

宰相になれるかは本人次第だけど、エストラント家代々の功績で侯爵の爵位と大臣の役目はいただけるに違いない。それを本人も実家も望んでるのだから誰も文句ないよな。


セバスに言われたけども、俺は自分の爵位について気にしてなんかいない。あるかもないかもしれない。王女様を救ったときに王様が何か礼をするって約束してくれてたけども、公表できずに終われば俺に爵位を与える話にはならないはずだ。


実家は安心してよさそう。

やっぱりいろいろ世話になったから後ろ足で砂をかけるみたいに出ていくのはイヤだった。


「ねえセバス?もし僕がいつか爵位を貰えて新しい家を興すことになったら。その家をセバスに取り仕切って欲しいってお願いしたら僕の元へ来てくれるかい?」


セバスは珍しく目を見開いてビックリした顔をした。

そのままポタポタと涙が流れ落ちていく。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます。・・・お誘いはとても嬉しゅうございます。ですが今は現エストラント侯爵ご夫妻にお仕えしております。私は坊ちゃまのことも大好きですがご夫妻も大好きなのでございます。いつかご縁がございましたら是非にとお返事させていただいてよろしゅうございますでしょうか。私には・・・ジイにはもったいないお言葉でございました。未来の英雄に誘われたことを私は天の国でみんなに自慢するでしょう」


「これまでありがとう。今の俺があるのはセバスとみんなのおかげだよ」


断られちゃった。


こうなるしかないと思っていた。

思っていても、声をかけずにはいられなかったのだからしょうがないんだ。

育ての親というのはかなり近いけど。でもやっぱり違うし、でも仕事として面倒みられた他人なんかじゃ絶対にない。セバスはセバスだ他にいない。心の中の恩人だ。


こういうことがあると。

やっぱり縁だなぁと思う。


これも続いてきた名家の力とか、伝統が培ってきた力とかなんだろうとわかってしまう。

代々引き継がれてきた人の縁。


でも俺にはキャサリンがいるし、マーサさんもキルリスもいる。

俺に繋がってくれているいろんな人たちがいるのだから。

今の自分にないからってねだってもしょうがない。


なんとかするのはいつも通りのことだ。


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