第80話 婚約の儀
それから1週間はキャサリンとの婚約話でパタパタとしていた。
俺はこの世界の両親にもセバス経由で時間をとってもらい2回ほど会って話をした。
はじめは俺一人で父親と、その後は両親とキャサリンの4人で。
父親、エストラント侯爵から言われたのはひとことだけだ。
「エストラント家が代々受け継いできた誇りを持ち続けねばならん。肝に銘じておけ」
両親とキャサリンとは、父親からキャサリンへのお礼と、二人の幸せな人生を祈っているという短いものだった。
母親も同じようなことを言っただけで簡単に挨拶は終わった。
なんだかもっといろいろ言われるような気がしていたけど拍子抜けするほどアッサリしていた。
侯爵家がどうとかいう話とか、エストラント家の一員としてどうとか。
そして邸宅にはいつの間にか俺の弟になる子がいてビックリした。養子をとったらしい。
両親とキャサリンの挨拶の後に出てきてペコリと自己紹介された。
まだ小さくて5~6歳くらいだろうか。
聡明そうな子で俺のことをキラキラと目を輝かせて見てた。
なにがどうなってんのかはわからないけど。俺がキャサリンと婚約するのに関係ないことはないよな。
今度セバスに聞いてみよう。
家のことだとか爵位のことだとか。なんだかその辺は「親同士が勝手にやってる」感じだ。
貴族の権力闘争なんて俺達が興味ないから勝手に調整してくれてるのだと思う。
俺はキャサリンと一緒に居られればそれでいい。この街をバックレてどこかの辺境で冒険者稼業するなら、S級冒険者として下手な貴族よりよほど大金が手に入る。商いだって手がけてみたい。
面白そうな商売が始められてガリクソン社と一緒に手を組めたら最高だ。
幸運にも世界的な企業の社長にツテがある。
そんな風に将来のことを考えながら気づく。
前世のように金も立場も人との縁も何にもない、無いないずくしだと『選ぶ』余裕がない。
成りたい自分ややってみたこと。そんな選択肢がはじめから存在しなかったのだから。
考えることすらない。妬むことしかできない自分を憐れむなんてまっぴらだ。
だから。
今の俺には選択肢があることがうれしい。
これまでやってきたことが繋がっていく。
その後は教会で婚約の儀式。
婚約は家同士の話だからわざわざ儀式をする必要はないんだけど、俺たちは正式な手続きを踏むことにした。
歴史ある貴族のエストラント家だから格式張って、と受け取られたようだけど。そうではなくて周りにハッキリさせたかったのだろう。エストラント家とベッシリーニ家が予定通りに繋がりを持ったように喧伝したんだ。俺たちのことを誰にも文句言わせないようにしてくれたのだと思う。
王族から王妃様が出席されたことが異例中の異例とうわさになった。
儀式の中で王妃は俺達にやさしく微笑んでくれて「おめでとう」と二人の手を握ってくれた。少しだけ寂しそうに。
その分ちゃんと返します。今日はありがとうございます。
そんな言葉を俺から口に出すわけにはいかなかったけど。
キャサリンの瞳から流れた一筋の涙が教会に差し込んだ光に輝いて美しくて。
まるで神様が俺達を祝福してくれたみたいだった。
そして俺は自分に微笑んでくれる美しい聖母に見とれてしまった。




