第7話 転生
薄暗い公園で、昔風の服を着たじいさんがこっちを見ていた。
コートより外套って呼んだ方がいい感じの恰好で。
頭の上にもどこかの紳士みたいな帽子をかぶって、杖をついてるけどよろめいてる感じはしない。
古臭いけど少し上品な感じもする身なり。
今は夕方?夜明け前?時間がわからない。
これから明るくなるのか、暗くなるのかわからない。
傾いた陽射しが年寄の影を薄く長くのばす。
俺は広場のベンチにうなだれるように腰かけてこのじいさんを見上げていた。
物音ひとつしない静けさだったから朝の早い時間なのかもしれない。
年寄りは嫌いじゃない。
こんな俺に声をかけてくれる老人達は、やっぱりみんな金がない。
そんなヤツラは金が無いなりに何とかする工夫を知っていて、それを俺に無条件に教えてくれたから助かった。
俺が生きてこれたのは浮浪者のじいさん達のおかげ。
どうやれば今日の空腹をいやせるのかもわからない野良犬みたいな俺に生き残る術を教えてくれた。
墓には金も知識も持っていけないと何度も聞いた。
何でもきけよと肩を叩かれた。
金はないけどな、と最後にしめるのがお決まりだった。
こいつらも弱者だと思ったけど、その弱者の知恵のおかげで死なずに済んだ俺はもっと弱者だ。
他の同級生たちと同じ暮らしはできなかったけど、死なずに生きていく知恵は教えてもらった。
俺に必要だったのは、たまの気まぐれで与えられるお菓子やおにぎりじゃなくて、残飯漁りだったり食える野草や虫けらだったり毎日の飢えをしのぐ方法だったから。
「おまえはこれから、次の世界へ生まれ変わる」
帽子のツバが深くて目が隠れてるじいさん。
俺に向けてしゃべっているのが聞こえた。
小さくボソボソしゃべる声がなぜかよく響いて聞こえた。
ああそうか。
伝わってくることは頓珍漢だと思ったけどなぜかその通りになると思った。
命令口調なのが少し気に入らない。
「何だそりゃ?勝手なこと言うな」
これから俺を殺そうとしてんのか?
見ればみるほど圧を感じるジジイだった。
危ないヤツ、キレてるヤツ特有の気配がある。
だけど俺は。
俺はもう疲れた。
こんなこと言うとガキが何言ってんだとよく言われた。
でももう立てる気がしなかった。尻はベンチに張り付いてはがれる気がしない。
このジイさんの言うことに素直に従うのは少しいやだなと思ったけどすぐにどうでもよくなった。
これまでも死なずに生きよう、生きようとだけ考えて何とかしのいできた。
他のことを考える余裕もなかった。
いつもいつもどうやって殴られる痛みを少なくするか。あと今日食べるもののことを考えた。
死んでる場合じゃなかったし死ぬことを考える余裕すらなかった。
ぶん殴られてボコボコにされて大けがを負った時には死ぬかと思ったけど、いつかは死んじまうかもなとは思ってたけど、過ぎればすぐに忘れた。
どのみちすぐに上書きされる。
今日生きることに必死で、昨日のことなんて覚えてられない。
「おまえはもう死んじょる。死人を殺しても何にもならんわ」
鼻で笑われた気がした。
このじいさん何なんだかワケがわかんねえ。
「次に生きるのに何ぞ希望があるか?」
気付くとじいさんは俺のすぐそば、手を伸ばせば触れるほどまで近くに来ていて、上から俺を見下ろしている。
帽子で隠れていた目も、開く口の中も見えるはずなのに。薄暗いせいか影のせいか真っ黒だった。
俺は少しだけ恐さを感じたけれども、それは本当に少しだけで他には何も感じない。
吸い込まれるような黒さが、希望がない怖さが、いつも残飯をあさる路地裏の暗さと一緒だったから。
死んでるといわれても、嘘だとも本当だとも何も思いつかない。
ああそうか、と思っただけ。
俺の考えるためのスイッチは遥か昔に破壊されて、そのまま錆び付いているのだから。
「力・・・・くれ」
思いついたことが勝手に口から出る。
ずっと俺が考えていたこと。
「俺が大人になれたら使えるはずの力をくれ。いつでも使えるようにしてくれ」
まだ力がないから。弱いから。ガキだから。
いいようにやられるしかなかった。
大人だから?体がでかいから?力が強いから?
俺の周りにいたやつらはそんなのバッカリだった。
ガキの俺より先に生まれただけのクズのくせに。
死んでも周りがせいせいするだけのクズなくせに。
あんなヤツラにいたぶられ続けるなら、次なんていらない。
他人なんてあてにならない。頼れるのは自分だけだ。
だから俺の一番強い力を殺される前に使わせてくれないか。
「わかった。通常の転生ボーナスのほかにその力も授けておく。あとは力の説明ができるナビゲーターもつけておく」
ポンッと叩かれた肩が、いつか誰かにも叩かれた気がする辺りから。柔らかくて暖かい感情が生まれた。
言っている意味はわかんねえけど、悪い感じじゃないように感じた。
置かれた手に振り向くとそこには何もなくて、顔を戻して見上げると爺さんもいない。
世界はまた白くチカチカして何も見えなくなった。