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第69話 母上様とガリクソン社

「サブローさんはいますか?」

相変わらず背の高いビルは久しぶりのガリクソン本社。


受付嬢さんはいちいち俺のこと憶えていないかもな、と思って声をかけたらそんなことはなかった。

礼儀正しく挨拶されてどこか親し気に名前まで呼ばれて悪い気するハズがない。

こんなところからもてなされて、さすがだなーしかない。

「ええ、社内にはいるけど今は会議中なのよ。もしよかったら御用件を伺ってもいいかしら?」


ベッシリーニ夫人とお出かけしたことは説明できないからそのあたりはボカすことにする。

息子って呼んでくれてるけど世間的には家庭教師してもらったお姉さんの母親だし。俺とベッシリーニ家につながりがあることはできるだけ知られない方がいいだろう。


「他の貴族の方と一緒に討伐した魔物を換金したお金を預ける先を探してました。ご縁ですからガクリクソン社の関係している銀行のご担当者をサブローさんに紹介してもらえればと思ったのですけど、突然すみませんでした出直してきますね?」


さすがに忙しいビジネスマンへアポなし訪問は不躾だった。

ちょっとだけ友達感覚が入ってしまったのは相手がプロフェッショナルで俺に気を使ってくれていたからだと反省する。

今度お詫びを持ってこよう。


今回は別のところにするか、じゃあギルドの銀行にでもいこうかな?ガリクソン社の回転扉を押して出ようとすると大きな声で呼び止められた。

「ちょ、ちょっと待ってください!!今、今すぐに担当する者が参りますので!!!」


受付さんが慌てた声で必死に止めるので、へ?と思って振り返った俺の前に。


「ようユーリ?今日はウチに儲け話を持ってきてくれたらしいな?」

いつの間にというタイミングでマッシュ・ガリクソン社長が片手を上げて俺に微笑んでくれていた。


すげえなこの人。


俺の反則すぎる魔力探知が教えてくれる。

ガリクソン社長の異常な心拍増加、脚力を中心とした筋肉の酷使、酸素を取り込もうとあがく肺と血液。

そんなことをおくびにも出すことなしに、さも「偶然だな?」と言わんばかりのポーカーフェイス。


受付さんからの緊急信号に最上階の社長室から全力で駆け出した。それしかないのに相手に悟らせない。

立派だけど俺なんかにやめてよそんなことしてたら死んじゃうから。


「おれじゃあダメか?これでもサブローの上司だから代わりにはなれると思うぜ?」


それはそうでしょうアナタ社長なんだから。これ以上頼りになる人なんていないのわかってて言ってるくせに。


俺はマッシュ教授に一拍おいて休ませたいと思ったけど、それをやるとまたマーサさんに子供扱いされるのだろうな。


「これからちょっと付き合って欲しいのですけど、いきなり巨大企業の社長に時間を貰おうなんて思ってませんから。よろしければ金融に詳しいご担当者を紹介していただけますか?」

「そうか?じゃあギルソンを呼んでくれ、俺も同行する」

受付さんに声をかけると断る間もなくギルソンと呼ばれた老紳士が現れた。

え?え?

挨拶をして担当者に同行してもらおうとするとなぜか教授も、いや社長もついてくる。


「いや社長まで悪いですよ」

「なに言ってるんだ。教授と生徒ではなくガリクソン社の社長として、ユーリ・エストラントとの初取引になるかもしれないのだろう?俺が立ち会わなくてどうするよなあ?」

振り向く教授、当然のことのように肯定する老紳士。


「少し歩きますよ?そこのホテルで今日ご一緒した方がお待ちですから」


社長は受付さんから差し出された上着を羽織ってネクタイを絞る。ピシッと高級感のある出で立ちになって最高級のやり手ビジネスマンが現れた。


「なんだか一瞬で外行きの社長さんになりましたよね」

「誰でもやっていれば慣れるさ。普段から油断せずに気をはっているだけだ」


ホテルに入るとフロアにマーサさんの姿はなかったけれども、すぐに執事さんが俺のそばへ寄ってきてくれた。

「本日はようこそおいで下さいました。マーサ様は私共がご用意いたしました別室でお待ちですので」


マーサさんは皺ひとつない瀟洒なドレスと優雅な笑顔でお茶をたしなまれていた。

どこからみてもお貴族様のご婦人でスキひとつない。


俺からするとマーサさんもマッシュ社長もさっきまでを知ってるだけに「バリッと」豹変した感じに驚いてばかり。

裏を感じさせないというか相手に礼儀をつくしてるというのか?コレが大人ってのか?


「マーサ・ベッシリーニですわ。今日はよろしくお願いしますわね?」


「お初にお目にかかります。マッシュ・ガリクソン、王国で諸々の商いや金融を営む企業を経営している者でございます。このたびはユーリ様からご紹介いただきましたせっかくのご縁、報いられるように最善をつくさせていただきます」

「ガリクソンで金融事業の統括をしておりますギルソンでございます。以後お見知りおきくださいませ」


一通りの挨拶を終えると俺はマーサさんと腰を掛ける。お勧めしてマッシュ社長とギルソンさんも笑顔をたやさず腰を下ろす。


「今回のお話はユーリ様が他の貴族様と魔物討伐をされたお話からであるとか。ユーリ様の武勇は私も聞き及んでおりますが、彼と一緒に討伐された方はさぞや名のある実力者でしょう」


マッシュ社長はマーサさんの様子を見ながら話しをすすめていく。

俺と一緒に狩りをしたのが目の前のマーサさんだとは思っていないハズだけど。


「わたくしも商売柄で多くの冒険者さんたちの活躍も耳にすることが多いのですよ。以前には深紅の鉄拳と言われた女性の武闘家の話を聞いたことがあります」


あらあら、と笑うマーサさんはお上品でチャーミングな貴族だった。

「そんな方もいらっしゃったのですね?しかしまた随分と古いお話ですわ」


「マーサ様の御髪(おぐし)がお美しい深紅でしたのでつい。今では当時勇者パーティを組んでいた貴族様のご夫人になられているとか」

「情報通の商人の方にはかないませんね?でも少し話が違いますわ、深紅の鉄拳と呼ばれていたのは勇者パーティの前衛職だったころの二つ名。パーティが解散した後に王宮から招集された邪竜討伐のパーティで出会ったのが今の旦那様ですもの」


ああ、なんだか知らない情報があちらこちらへと。

勇者ってなに?なんかテレビゲームとかのヤツ?ドラ〇エとかいうヤツ?


「伝説の女性武闘家と王国軍の総司令官を打ち破る若き魔導士。さぞや大捕り物であったのでは?」


「今日はピクニックみたいなものでしたから。少しお小遣いができたのでコンビを組んだ記念にパーティの口座をつくろうという話になりましたの」


少し。

お小遣い。


なんなんだろう。

俺のことなんて見向きもしなかったハズの金が、勝手に俺のまわりをグルグルと回り始めてる気がする。


「それはよい記念になるでしょうとも、ぜひともわがガリクソン銀行をご利用ください。国内の主要都市には冒険者ギルドが無いような場所でも支店がございますし大抵の街には出張所がございます。場所によっては当社の商店や工場なぞが代行しておりますが、人が千人も住まう街であればご不便はおかけしないかと」


「随分と手広いようですね?王国内では」

ん?

「もちろんガリクソン商会は王国内にとどまりません。たとえ"東の大国"であってもわが支店はございます。王国通貨でも大国の通貨でもお客様のご要望に対応いたしますので」


東の大国。

どこからそのキーワードが出てきたんだ?


「それは便利だわ。これから私の相棒はあらゆる場所で事を起こしていくのでしょうから。金融面でもカリクソングループが後ろ立てして下さるのは助かるわあ。ねえ?」


俺の将来ってこの人たちの頭の中ではどうなるのでしょう?

目立たず控えめを目指した俺はどこにいったのでしょうか?


一瞬頭をよぎった思いはさておいて。気遣ってくれるマーサさんに合わせるしかない。


「それでさっそくなのだけれど」


マーサさんはイタズラするような茶目っ気たっぷりの顔でマッシュ社長へ笑いかけた。


「私たちは会社を興してそちらの社名で口座をつくりたいのよ。二人して貴族なものですから魔物討伐で食事代を稼いでいるなんて誹謗を受けたりしたくありませんの。ね?」


フフフとお笑いになる淑女。

もちろんおまかせくださいと言わんばかりに余裕の微笑みで返すマッシュ社長。

契約成立ですね。


俺はさも打ち合わせ通りだと言わんばかりにウンウンと頷いてるしかできなかった。



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