第66話 ガザ森林へ行こう
夜遅くになって俺はキャサリンの部屋をノックした。
中は暗くてキャサリンは布団をかぶって眠ってしまっている、のかな?
ご夫人からの忠告通りにベットサイドに座って、布団の上からキャサリンの頭をゆっくりなでてみた。
一通りなでても反応しなかったので、これは寝てるパターンかなと思って部屋を後にする。
「おやすみキャサリン。大好きだよ」
静かな部屋に扉を閉める音だけが響いた。
今日のところはこれでよいらしい。
翌朝。
客間を借りて爆睡した俺は朝の光にスッキリ目が覚めた。
いやあ寝たなあ、やっぱ疲れてたんかな。
部屋のベットが柔らかすぎず固すぎずの絶妙な寝心地で、シーツからお日様の匂いがして爆睡してしまった。
シンプルだけど相手のことをすごく思ってくれて、なのに肩肘はらなくてすむようにもてなしてくれてる。そんな感じ。この家の温かさを勝手に感じて勝手に納得する。
「キャサリンさんは?」
おそるおそる聞いてみるとご夫人が笑顔で説明してくれる。
「後で食べるって言っていたからまだお布団の中ね。しょうがないのよ考え込むのはあの子の性分だから。それより時間もないし食事が済んだらすぐに出発するからね?」
馬車で出かける俺達をキルリスが笑顔で見送ってくれた。
さわやかな笑顔。穏やかで頼りになる人格者、に見える。ガキでチキンで文句ばっかり言ってるヤツじゃなかったか?苦労を家で見せないってのはいいのだろうけど。
他人のガキである俺に文句を当たりちらかすってのがおかしいだけで。
ん?やっぱり何かおかしいぞ?
馬車は街を抜けて街道をガザ森林へと向かう。
北に広がる山脈の麓の広大な森林地帯。
まともに踏破しようとすれば冒険者でも1か月近くかかる大きな森。
でも王都から馬車で数時間もいけば小高い丘の見晴台があって、ガザ森林一帯から山脈まで絶景を見渡すことができる。
「そういえばガザもジョバンと一緒にもぐったっけな」
なんだか随分昔のことのように感じる。
冒険者としてのイロハ、魔法使いとしてのイロハを教わりながらメシをたかられ続けた日々。
思い出すと少し腹がたってきた。
「ジョバンのことを知ってるのね?」
目の前のご婦人は古びた皮の一枚コートで全身を覆い車窓から遠い景色を眺めている。風も冷たくなってきたからだろう、でも貴族として無意味に着飾ったりしない現実的ヒトだ。
「ジョバンからは冒険者としてのイロハを教えてもらいました。その分さんざんタカられましたけど」
「彼がバディに選ぶのであれば腕は確かで間違いないわ。どうやら丘についたみたいだし降りましょう?」
眼下には晴れた空の下に広大な森から遥か遠く山脈まで見える。
涼しい風が吹いて髪がゆれるのも気持ちいい。
「いつ見ても広大な眺めですね」
俺を誘って見にくるのだからさぞかしこの場所が好きなんだ。
腕に覚えがある程度には強くないと気軽に来れない場所だ。
こんなに可愛らしくて茶目っ気たっぷりのレディをエスコートできるなら喜んで引き受けさせてもらう。
「さあ行くわよ?時間がないからね?」
バサリまくったコートの内には皮のブーツにパンツ、肩当、胸当て、籠手。
両腕には拳の部分に魔石が埋め込まれたガントレット。
あれれ?
両こぶしをガチン、ガチン、と合わせるたびに、火花や電流や砕けた氷、などが入れ替わり飛び散る。
グルリグルリとツタのようなもので長い髪を束ねる仕草は随分と手慣れていて、あっという間に立派な女性冒険家が誕生したのだった!!
「ちょちょっと待って、なんですかその恰好は!!」
「え?冒険者スタイルだけど。もしかして今の流行りに遅れてる?」
大丈夫だと思ってたけど?と自分を振り返り見てるけどソコじゃなくて。
「そうじゃなくって、そんなマジな顔でそこを聞かれても?大丈夫ですよそんじょそこらのヤツラより使い込まれててシブイしかなり高級品の装備ですよねソレ!」
「えへへへへーーわかっちゃう?結構古いけど随分前に気張って買っちゃったんだよね。んふふふふ偉いぞモノが解る子だ」
撫でられた。
「そうじゃなくて何故ご夫人がそんな恰好してるんですか!?」
「え?だって今日は狩りだし?どうしてそんな顔?ザガ森林って狩りしかないでしょう?」
「そりゃ冒険者ならそうですけども。ご夫人が狩りって子ウサギとかですか??」
まだ釈然としないけど?でもどうする?
俺が夫人の方に追い込めばいいかもしれないけどアイツら逃げ足だけは早いしなあ。
ホントは狩猟犬あたりを連れて来ておけばいいのだけど。
しょうがないからそこは俺の魔法でなんとかするか。
「ごちゃごちゃ言ってると時間が過ぎちゃうでしょう?さっさといくわよ?」
ドヒュウウウウウウゥゥゥゥゥンンンンンンッッッ!!!!
爆発したかのような轟音が響き渡ると、砂塵を巻き上げながら弾丸のような塊がザガ森林へ向かって疾走していくのが見えた。
「ぼちぼち行かれませんと。森に入る前に見失ってしまいますぞユーリ様?」
御車の老紳士が穏やかな顔で俺に助言をしてくれた。
「マーサ・ベッシリーニ様、現在女性の武闘家として唯一のSランク冒険者です。パーティでドラゴンを倒したためドラゴン・ウォリヤーの称号もお持ちです。ああもうあんなところまで!ほらほら戦闘がはじまってしまいます、奥様のことをよろしくお願いしますからっ!」
「は、はい、じゃあ行きます。あ、あなたは?」
「私も元A級冒険者ですのでご心配には及びません。ここでお待ちしておりますので日没より前にはお戻りくださいませ」
<重力操作>
<極風>
<魔力障壁>
俺は駆け出すと丘の上から一気に飛びだして、空を一直線に彼女を追いかけた。




