第64話 たとえ俺が死んでも
世界の大陸は4つの大国と隷属する多数の小国で構成されている。
現在俺たちがいるのが西の王国で、北、東、南それぞれの大国を大河や山脈、砂漠や大森林が分ける。
大国の間には古くから回廊が延びてつながっているけど、道はその地域を領土としている国の整備次第だから妙にさびれた回廊もあればスムーズな物流が確保されている大回廊もある。
大国間はこの数十年大きな戦乱はなく小康状態となっていて、牽制のために国境沿いの小規模な戦闘はあっても軍隊同士の戦争までは発展していない。
国が安定して豊かになり国力を蓄えている時期。
国力がつけばさらなる豊かさを求めてとなりの芝生を覗き見るのが人の定め。
西の王国には広い平野と安定した気候があり、豊かな水源と森林・鉱物資源にも恵まれて人材も技術も集まっている。
王国が望まなくとも他国は戦乱のたびに西へと手を伸ばすのが常であって、それぞれの国を取り巻く厳しい環境をみればそれは当然のことだった。
ツンドラ地帯を中心とし冬季に厳しい気候となる北の国、深いジャングルと砂漠に囲まれた灼熱の南の国。そして。
二つの大国に比べて、王国からもっとも遠い東の大国は独自の武術と魔術文化を持つ謎の多い王朝。
代々の皇帝は暗殺者集団を囲い資金を与えて世界中を暗躍させていると噂される。
時として他国の貴族や有力者から依頼を受けて暗殺を行うことが東の資金源にもなっているともっぱらだ。もちろん東の王朝は公にしていないが、ほかの大国より軍事力で一段劣る東の帝国が領土の拡大を続けているのだ。暗殺者集団が大きく貢献しているといわれても否定できる者はない。
「今回の件でブル侯爵をパクれないのか?」
「悩ましいところだ。キミを襲った暗殺者たちは誰の目にもつかないところに収監されている。あいつらを表舞台に立たせて白状した内容を大っぴらにするなら断罪できる。だがその瞬間に派閥のやつらも暗殺者を用意した裏の人間もこちらを警戒するだろう。絶対白状しないハズの暗殺者たちが掴まってゲロ吐いたわけだからな」
「今の話を聞いて気づいたんだけどよ。もし軍の中にあっち側のヤツがいたらオレ怪しまれてないかな」
「ガイゼルの軍を疑いたくはないが可能性は考慮している。そしてそれは俺の・・」
キルリスは一瞬だけキャサリンを見て目をこちらに戻した。
「俺の魔導士団も一緒だ。どちらも実力主義で採用しているとはいえ貴族の子弟も多い。当然あちらの派閥の関係者も入っている。もちろん関係者というだけで軍や師団で結ぶ秘匿の誓いを破っているとはいえない、だがゼロと考えるほど俺達もお人よしではない」
「っ!」
キャサリンが息をのむ音が聞こえた。
今まで仲間だと思ってたヤツラが敵かもしれないし裏切るかもしれないということだから。
「キルリス?俺のことはいい自分で何とかするから。それよりキャサリンに危険が及ぶ可能性はどうだ?」
俺が今一番気になっていること、おそらくキルリスも気になっているハズだ。
だから先に俺と二人だけで話そうとしてくれたのもわかっている。
「もちろんゼロではない。まだ二人の関係を知っているヤツはいないだろうが、もともと家庭教師していた縁があるから仲がいいコトを知ってる貴族は多い。ユーリを揺さぶるためにキャサリンに手をだしてくる可能性は十分ある。ただし今の関係を知られたら話は全く変わる」
それだけは避けたい。
目があって軽くうなずいただけだが、キルリスも同じ考えなのはすぐにわかった。
「知られてしまえば。直接手をだしてくるにしろ近づいて情報を集めようとするにしろ、何もしてこないとは考えにくい」
「そうなるからなあ」
だから頼むぞと懇願するような顔されるとちょっと申し訳ない。
「キャサリンとの仲は知られない方がいいって言ってんだろ?おまえが言いたいことはわかるよ。俺はそんなヤツラになんて絶対にキャサリンを傷つけさせない。たとえ」
いったん区切ったその瞬間に俺は前世の頃の顔をしていたはずだ。
生き死にがすぐそばにあった頃の。
そんなことがあったら死んでも許さない。全ての敵を必ず殺す。
「たとえ俺が死んでもだ」
バコンッ!!
キャサリンのグーパンチが俺の顔面にヒットしてソファごと後ろにぶっ倒れた。
意識に黒い幕が下りて気が遠くなっていって。
暗転。
「キャサリンお怒りで獣みたいな顔になってるよ?大好きな彼を回復させるまでに元に戻っておいた方がいい」
怒りで涙を流しながらキャサリンは赤くはれた拳をふった。
手のひらを一度口にあてて何かを吐き出すのをキルリスは見逃さない。
「歯が欠けるほど食いしばってたのかい?これだけショックな話が続いたんだ席を外した方がいいかもしれないね」
キャサリンは何も言わずにフルフルと首を横にふった。
「キミとは自宅に帰ってからマーサといっしょに話をしよう。彼を目覚めさせるよ?<回復>」
そういえば初めてキャサリンのお宅を訪問して暴れたときに。キルリスがキャサリンからぶん殴られて吹っ飛んでたな、そんなことを思い出していた。
「目覚めたかい?僕の娘のことであっても、これは二人の間のことだからボクから謝りはしないよ?きちんと後で二人で解決するんだ。それでもキャサリンの父としてそんなに娘のことを大事に思ってくれてることに礼をいうよ」
「・・・そんなんじゃねえよ」
な、なぐられた。
意識の外から殴られたら今の俺でも意識が吹っ飛ぶんだ、ビックリしたっ!!
もしかしてキャサリンはこの世界で俺をぶっ飛ばせるたった一人なんじゃねえのか!?
完全に頭が迷走しているのはわかっちゃいるんだけど。何がなんだか信じられなくてもういいやと思ってキャサリンの方をチラリと見る。
キャサリンも怒った顔で俺を見ていた。涙を流して握ったこぶしを胸に抱えて。
「とりあえず俺はもう動くからおまえの方で第二王女とキャサリンを見ててくれねえか?俺から動けばそっちに危険が飛んでくことはないと思う」
「どうするつもりだい?」
「悪いヤツラを片っ端からぶっとばしていく、力も隠さずに俺の方からだ。そうすれば暗殺者がいても魔導士がいても狙いは俺だ。俺以外にかまってられないように徹底的にやる」
ヤツラにハッキリと敵が誰だか教えてやる。
俺にとっては今さら周りが全て敵だろうと気にならない。
何も闘う力をもっていなかったあの頃と同じ状況なだけだ。
そして俺はもう闘う力をもっているのだから。
「おいおい?いくらキミが強力な魔法使いでも数の暴力に罠と陰謀、相手は権力も暴力も資金もあるんだ。なんでもやってくるぞ?」
「だから大丈夫だって言ってるだろ?それより俺のせいでキャサリンに何かあったら俺は生きていけない。そんなことになったらやったヤツラを片っ端からぶっ殺してその後で俺も死ぬ。それにもし、」
もしその過程で俺が死んだのならそれでキャサリンが狙われる理由がなくなる。
どちらにしてもキャサリンが無事でいられるんなら俺はそれがいい。
どうせ俺は一度死んだのだから。
この世界に生まれ変わって。
死なないために生きてきた、殺されないために生きてきた。
今でも死ぬ気なんてない、死にたいなんて思わない。
そんな俺だってのに。
俺なんかと一緒にいたいと言ってくれたキャサリンに何かあったら、俺は相手だけじゃなくて俺自身を絶対に許せない。自分の魂がチリになるまで殺し続けるしかない。
ガタリ。
キャサリンが立ち上がった音がした。
黒く染まった全身から赤いオーラが立ち上って三角になった目が赤く光って俺を睨みつける。
今にも振り下ろそうとされている握りこぶしから力強いどす黒いオーラをふきだして。
「さっきのじゃあ足りなかったみたいだね!?」
ずっと黙っていたキャサリンが口を開いた。
ドスが聞いた口調で。
ちょっとちょっと待った!
理由がわかるようなわかんねーような、でもしょうがないんだって!
「きゃ、キャサリン、ちょっと待って!そうならないように、これからの話をするんだから、待て、待つんだキャサリン、スティ!」
ピタと動きを止めて考えなおしたのか、そのままソファに腰を下ろす。
でも全身から立ち昇るお怒りオーラは全く変化ない。
「お互いの状況と考えは確認できたから今日はもうここまでにしておこうか。ひとつだけ約束してくれ?お互いがきちんと納得できるまでは絶対に勝手なことをしないこと」
そのつもりはあるけど。
少なくともキャサリンにはわかってほしいし。
だけれども、その前に手を出されたらやっちまうしかない。
「・・ああ。わかった」
「その間はなんだい?約束したから絶対に破るなよ、今日は解散だ。悪いがユーリはうちの娘を自宅まで送ってくれ。ここでベッシリーニ家の馬車に乗ってカーテンをしめてしまえば誰が乗っているかはわからない。キミとキャサリンが乗っていることは誰にも気づかれないハズだ。私は仕事でまだ帰れないし、二人で積もる話もしなきゃならんだろうからウチに泊まっていくといい」
キャサリンの方を見ると怒りのオーラは収まったみたいだけど。今度は下を向いてショボくれてる。
「アンタも気をつけろよ」
声をかけるとキルリスは何も言わずに手を振った。
自分でわかってるだろうけど実はキルリスが一番怪しまれる立場なのだから。
誰もが知っている超高位魔術師で王国が誇る世界最強の魔導士。闇魔導士を連行したのも尋問したのもキルリスだ。
キルリスはいろんな件で俺の後始末をして表に立ってくれてるから王女を陥れたいヤツラからは敵だと認定されているに違いない。有名だし王様に近い立場だからそうそう襲われたりはしないと思うけど。
それにガキの俺なんかが心配するのもちょっとアレだけど。
それでも手出しされないようにしておかないと安心できないな。
いつか出会ったころのように。
俺がキャサリンの手を引いて歩くとギュッと握りかえしてトボトボついてきた。
随分と前にこういうコトあったな、そんな風に思いながら俺達は帰りの馬車に向かった。




