第54話 御前試合B面とハイラント公爵
「それでは試合開始!!!」
試合開始の合図とともに司令官ガイゼルの体が霞のように掻き消えた。
つづいて何度も繰り返される固い障壁とガイゼルの魔剣がぶつかり合い火花が幾度も幾度も飛び散る。
そしてガイゼルが防御結界に手間取る間にユーリは自分の魔力を錬成していくのだ。
空間を引き裂くように現れたのは炎の魔球と雷の魔球。
百もあろうかという魔球がユーリの周囲で危険な音を立てて浮遊しそして。
ユーリの掛け声とともに全ての魔球がその姿を消した。
その後は。
瞬間瞬間に姿を見せるガイゼルの周りで火花が連続して発光する。
ほんの数秒で何百回の火花が起こっているだろう、人が認識できる数十倍速の時間の流れ。
拮抗しているようだがユーリは宙からガイゼルを襲う魔球を制御しているだけだ。
観客からはガイゼルの周囲で渦を巻く炎と雷がバチバチと轟音を立て破裂を続けているとしか見えない。
無数の魔法に取り囲まれて必死にガイゼルが防ぎ続ける圧倒的な劣勢であり、それ以外に何が起こっているのかは理解できなかった。
火花の嵐が収まりガイゼルがその姿をハッキリと現すと、雷に打たれたように体を反り返らせた。
すぐに後ろからせまる赤く発光するかたまりの炎が背中からガイゼルと貫き、その後は光と炎が巨漢を殴り続けるように次々とはじけ続けた。
そして最後にこれまでとは異なる光り輝く弾丸が頭にあたって10メートルも吹っ飛ぶまで。
国王も、王族も、貴族たちも。
このワンザイド・ゲームに声を発する者は誰もいなかった。
王国一の武神が圧倒的大差で敗北した瞬間だからだ。
「勝負あり、勝者ユーリ・エストラント!!!」
勝者が告げられ、救護班がタンカを持ってあわててガイゼルの救護に向かうその中。
渦中の勝者は一瞬だけ国王の方を見上げて会釈をすると、すぐに少し離れた公爵たちに目をやった。
<光射>
<魂の牢獄>
ユーリがロットを真上に掲げると、先端から照射された光の奔流が勢いよく結界の頂上へとあふれ出した
バキンッッ!!!!!
そして光の渦は。
キルリス達魔法師団が総力を結集した多重結界を軽々しく破壊して上空へと消え去っていったのだ。
「おおっ!!」
魔導士団が強固に張った結界をぶち破ったことを力の誇示だと捉えた観客が一斉に声をあげる。
その場の皆が結界を破ったパフォーマンスに注目したため、その後小さな粉のようなものが降り注いだことに気付いたものはいなかった。
ひとりを除いては。
なんだったのだ?
まわりは誰も平気な顔をしているがどういうことだ。
ハイラント公爵は魔導士団が張った結界が豪快に破壊されたあと、なぜだか首の後ろがチリリと熱く痛んだ。
どす黒く煮えたぎる血の一滴を首筋にポトリと落とされたようだ。
不快な感覚に周囲を見渡すと誰も反応していない。自分だけであったらしい。
飲みすぎたかなと昼食で飲んだワインのせいにすると、あらためて闘技場の中にたつ少年を目に焼き付けた。
ユーリ・エストラント。
エストラント家の長男坊。
魔法学院ではシャルロット王女を差し置いて首席入学、学生になって始めた冒険者活動もすでにAランク。貴族界隈ではずいぶんと噂の絶えない少年だ。
うちの派閥にでも組み入れてやるか?
親のエストラント侯爵は現国王の宰相であり、次期王戦に関しては現王とともに中立派だ。
派閥に入らなければ貴族が得られるはずのうま味に全くありつけない。
現にエストラント侯爵も仕事ばかりに奔走しており大した財産もなく贅沢とは縁遠い。
この少年、魔法師団の結界を見事に破壊してPRするほどならば、さぞや現状には満たされてないのであろう。
王国最強と誉れ高いガイゼルを一蹴した実力ならば使い道はいくらでもある。
魔法学院には自分の派閥からもブル侯爵の息子が上位の成績で入っていたはずだから接触させてみるか?
ハイラント公爵は知らなかった。
ブル侯爵の息子が入学早々ユーリにコテンパンで半殺しの目にあっていたことを。
闇魔法使いの暗殺者バーンがユーリのワンパンで捕縛されたことを。
公爵はバーンが突然行方知れずとなり王女の破滅呪詛が途中で止まってしまったことに不快を感じている。だが、だからどうしたである。
手駒の一つがどうなろうが構わない。
ヤツにはまだ報酬を支払っていないので損はしていない。
企みが公けにさえならなければ暗殺者のことなどどうでもよいのだ。
単体でバーンを殺せる可能性があるのは強い意思と能力をもったソロの戦士か魔導士であろう。王国なら魔法師団長キルリス、S級冒険者ジョバン、そして王国軍総司令官ガイゼル。しかし彼ら相手にバーンがなんの反撃もせずに大人しく捕まるワケがない。戦えば互角に近く、そのくせ逃げる時は脱兎のごとくなのだから。
もし誰かに捕縛されたとしても魔導の契約が結んである。自白しようとすれば脳が焼き切れるのだから何も問題はない。
ハイラント公爵は気付いていない。
たったいまガイゼルに圧勝したはずのユーリの実力とバーン失踪がなぜか結びついていないことに。
バーンがいなくなったことは何の問題にもならないと思考が誘導されていることに。
「最後のデモンストレーションは一体何のつもりだったか教えてもらおうか?魔導士団の無能さを広く王族貴族たちに知らしめるためというなら魔導士団全員と決闘してもらうしかないが?」
落ち着いた口調で質問するキルリスの心中を誰が察することができるだろう。
国王から直接に指示を受け魔法師団300人の全力で張った結界がユーリの一撃で粉々に破壊されたのだ。
これは闘いで直接勝負がついたガイゼルよりも、そして魔法師団全員の魔法よりも、ユーリの方が何枚も上であり王国最強であることを誇示したことになる。
少なくともその場にいた観衆は間違いなくそのように受け取っただろう。
「いや悪かったよ。ああした方が都合が良かったんだ」
「ほーうナニが必要だったんだい?ぜひ私にも教えてもらいたいもんだ!」
「なんでもねえよ。大したことじゃない。ただな・・・」
「随分ともったいぶるものだね。それともこの私に恥をかかせるためだと言うつもりかい?」
普段ならそうだそうだと軽口を叩くところだろう。だがユーリは真面目な顔してキルリスに答えた。
「ってか、そういう話ってことにしちまわねえか?あんたに恥をかかそうとしたというより俺が単に目立ちたがりのガキだってことで」
珍しいユーリの言い方にキルリスは口調を改め、ジロジロと訝し気にその表情を捉えようとする。
「何かはあるということしかわからないな。その分の見返りはあるのかい?」
「ある。あるけど内容は言えない。あんたにとっても悪い話じゃないそれだけだ」
「そうかい。そういえばこれは独り言なんだけど」
キルリスは大袈裟な身振りでわざとらしく、ナンデカナ?とポーズをとった。
「私が王や貴族たちの安全を後ろから見張ってると魔眼に反応があって火の粉が一瞬だけ弾けて飛んだ。ちょうど結界が壊された直後だったからね、みんな上を向いていて誰も気付いていなかったけど」
「へー、そうなのか?まあ俺も上を向いてたしな・・・」
とぼける俺の肩をキルリスはグッと掴んで小声になった。
「あれは闇魔法の反応だ。内容や術式まではわからなかったが」
「そうか、あんたがそう言うならそうなんだろうなあ」
巻き込むつもりはない。
背負うのは俺一人でいい。
「人を操るつもりか?」
「そんな気はねえよ。人を操ったりしねえよ?」
「あんなクズでも人だぞ?」
「さあ?クズはクズだ。人の皮をかぶったクズ野郎って名前の生き物だろ?」
「もし私の予想があたってるなら今すぐにでもやめた方がいい」
普段からこいつとは憎まれ口でやりあってるけど。
コイツの根っこはわかってるつもりだ。
「あのクズが二度と姫さんに手出ししないように手を打っただけだ。あと俺達にもだ。それが今回の効果でこれ以上はアンタにも言えねーよ。そういえば闇魔法のおっさんはどうなった?」
つらっと話を変えるとキルリスは何もいわずに親指で首を横になぎった。
この世からバイバイだ。
「結構。こっちにもいろいろ都合があるからさ、これで姫さんの件はおしまいだ。あんたはもう忘れちまった方がいい」
サバサバと終わった感を出すとジトリと睨まれた。
でも大根役者の俺にだって譲れないことはある。
「俺ってもう帰っていいのか?今日は疲れたよホント」
やっと今日が終わってフラフラだよ。
やること考えることがまだ山積みだけど。
「ダメに決まっているだろう?これからレセプション・パーティだ」
へ?
何それ?
帰るのダメだって言われるつもりなかったし。
もう帰る気マンマンだし。
「そんなの聞いてない」
「御前試合の前に君の心労を排除してあげたいという私の親心だよ、キミの親なんてまっぴらゴメンだけど」
「あー、あ、そう。へー!」
一応さっきの件は姫さんのためだけど、めぐってはコイツの為でもあるんだけど。一瞬でどうでもよくなった。
思いっきり結界ぶち破って恥もかかせちまったのも今思えばスッキリだっ!




