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第51話 ガリクソン社訪問

「お待ちしておりましたユーリ・エストラント様。わが主がお待ちでございます」


執事に案内される通路は大理石の壁面に彫像や絵画が並び、まるで豪華な美術館に迷い込んでしまったような錯覚を受ける。

窓にはステンドグラスがはめこまれて、ライティングも明るさと暗さ、日光と照明を組合せた明るい空気と落ち着いた雰囲気のグラデーションが大人の空間を醸し出している。

静寂の中でどこからか控えめのヴァイオリンの音色が流れており、訪れた客は自分ひとりでこの穏やかな空間を支配した錯覚を覚える。


コンシェルジュが扉を開くと磨き上げられた飴色のマホガニーのテーブルに座っていた紳士が立ち上がった。


「ようこそユーリ。やっとゆっくり話せるな」


招かれた御礼を述べて教授のご家族への手土産を渡す。笑顔で頷いているからどうやらお気に召したってことかな?


「社員たちにも手土産を頂いたようで気を遣わせたな。さっそくご馳走になったぞ」


「いえいえ、大したものでは・・・って、ええ?皆さんもう食べてるんですか?」


セバスの言ってたタイミングなら届けたのはつい先ほどだ。

アフタヌーンティーのお供で考えてたんだけど、それだけ喜んでもらえたってことだろうか?


教授はもちろんだと言わんばかりに頷いて会話が始まった。

「エストラント家の焼き菓子は界隈じゃ有名だからな。今頃は料理の分析と商品化の話でもしているのじゃないか?」


そしてシブい表情でニヤリ。

「そんな心躍る時間を午後の休憩まで待ち切れるワケがないだろう?」


喜んでもらえたようだけど相手は商売人。

仕事に忠実な人たちなだと思う。


もう話を始めてくれているんだ、聞きたいことを聞くためにここに来たんだ。

「儲けるためですか?」

「お客様にに喜んでもらうためだ。響きそうな美味いものを頂いて放っておけるわけがない」


儲かるのはその結果としてだ、と当たり前で教えられる。


けど商人がそんな甘い感じでいいのだろうか?

もっとこう、金にガメつくというか、そうしないと会社って潰れちゃうんじゃねえの?前世のニュースでもドコソコが倒産して負債がどうのって。


「授業のような話はおいてまずは食事にしよう。腹もへっただろう?」

果実を炭酸で割って味付けしたドリンクを軽く掲げると綺麗な泡がグラスの中を立ち昇っていく。


「魔法学院がもたらしてくれた出会いに乾杯」

教授がパチンと指をならすとウェイターのサーブが始まった。


前菜から始まったコースでは香ばしパンや野菜の味が濃いのに上品な味のスープ。絶妙の焼き加減のお肉にはカラフルなソースがかかり、骨からダシをとられて香辛料で味付けされた魚介からデザートまで。

途切れることなく、焦らせることなく、よどみなくスムーズに料理が提供されていく。


「とてもおいしいです。随分と高級な食材ばかりですし貴重な香辛料をたっぷり使って。こんな高価な昼食をありがとうございます」


本当にうまい。

俺には縁がないお高い食事で間違いない。


「気にすることはない。私がキミを招待したいと思った気持ちを料理長に伝えただけだ。だから食事に招かれたら金額のことを言うのは野暮になる」


どうにも俺の根っこは貧乏くさい、貴族になったって変わってない。

俺にとっては「こんな高価な食事をおごってもらうなんて」みたいな最上級のお礼のつもりだったけど。

考えれば相手は俺に金を恵もうとしたわけじゃない。


「もちろんこの料理は昼食の相場からすれば遥かに高額だけどな。相手に伝えたいのは金額ではなくて気持ちだから憶えておくように」


教授に対して失礼なのだと思う。

お詫びと忠告への御礼を述べると、講師が生徒に教えるようににこやかに笑って諭してくれた。

「キミはこれからこういった場にさんざん出ることになるだろうから。老婆心と思って心に止めておいてくれ」


その後はいろんな質問を教授にぶつけたけども、マッシュ教授からは考え方の違いをズバズバ指摘された。ラノック教授と違うのは今でも現役バリバリだからだろうか?


俺は金を手に入れるにはどうすればいいか聞こうとしたし、教授はどうやって皆を幸福にして金を儲けるかの話をする。

金を儲けるために何をするかではなくて、まわりの幸福を継続させるためにどうやって儲けを出すかみたいな。

うーん、卵が先か鶏がさきか、みたいな話か?


「そうじゃない」

と教授に笑われた。


「商売の話はまだまだ本当に初心者だな。教えがいがあってよろしい」


その後も流行りの食事から貴族向けのファッション、公共工事の受注から海外取引まで。ガリクソン商会の経営の指針や方向性みたいな漠然とした話からお客様に生み出す喜びや社会へ生み出す価値なんか。

具体的な金儲けというよりは、お客さんへの想いをどうやって実現しているかの話が中心だった。


俺が聞きたかった話にどうつながるのかよくわからなかったけど、マッシュ教授の想いと世の中の関わりみたいなものは理解できた。



話もひと段落ついて食事も終わり、食後にコーヒーをいただきながら雑談。

なぜだかマッシュ教授は俺が貧民街に行ったことも教会に顔を出していることも知っていた。

教授の顔が「なんでもわかってんぞ」ってドヤってる気がするんだけど。


「躊躇せずにどんどん進めばいい。本物の経験はいろいろなモノを生んでくれるからな」

まるで自分がしてきたことを自信もって勧めるように背中を押してくれた。


この人はどこから情報聞きつけてんだろう?

どこかの黒幕公爵が今回のことをこれからどう調べていくのか気になったから。力を持ってるヤツってどうやって情報入れてるんだか知っておきたいのだけど。

残念ながら時間切れとなった。


「考えているところを邪魔して悪いんだがどうだ?そろそろガリクソンの本社に行ってみないか?」

「ええぜひ。よろしくお願いします」




10分も歩くと随分と背が高いビルまで辿り着いた。

何階まであるんだ?見上げてもテッペンの方がよくわからない。

20までは数えたけどバカらしくなってやめた。


「ようこそガリクソンへ。ごゆっくり」

受付のお姉さんは丁寧なお辞儀のあとに、

「頂戴したお菓子は大変おいしくいただきましたわ。貴重な体験をありがとうございます」

もう1回お辞儀された。


「サブローを呼んでくれるか?ユーリにさっそく働いてもらおうと思ってな」


俺が想像していた企業訪問とは違うようだ。

会社の概要や仕事の流れなんかを軽く説明してくれて職場見学みたいな?

「それでキミの役に立つならそれもいい。でも私は欲張りだからうちの会社をしっかり理解して欲しいからな」


やってきた若い20歳前半くらいのエネルギッシュな青年についていく。

彼に案内される間にも俺はいろんな人から声をかけられて、お菓子の礼を言われて感想を伝えられて握手を求められた。


「ちょっとしたお菓子なのにずいぶん皆さんからお礼されて。恐縮しちゃいますね」

こんなに御礼言われるなんてと思ったら優しく忠告してくれた。

「謙遜だろうけど口に出さなくていいのじゃないかな?貴族の文化に触れる貴重な機会を与えてくれたから感謝するのは普通だよ」

言われてずいぶん恥ずかしくなった。


サブローさんが扉を開くとテーブルを輪になって囲む若い人たちが意見をやりあっているところ。

「みんなユーリさんを連れてきたぞ。いつもと違う情報を聞けるチャンスだからよろしく頼む」

参加者からピューッと歓迎の口笛が響いた。

「慣れてないので頓珍漢なことをいうと思いますけど、勉強させてもらいますのでよろしくお願いします!」

こうなったら恥はかき捨てだ、いっせいに拍手をもらって皆さんからも簡単な自己紹介をもらった。


会議の内容は高級料亭でも庶民向けレストランでも応用の効く新しいメニューのアイデア。

さっき初めて高級料亭で食事したばかりの俺には目が回るような話ばかり。

おいしいものを考るだけの単純な話なんかじゃなかった。

味はもちろん、食材の確保、輸送や保管、料理法やオペレーション、調理器具に料理を提供するお皿やグラス、そして提供するサービスに原価と提供価格。全部を整えるなんて果てしない仕事に思える。

さっきまで教授と話していたことの実践だ。

どうやって満足してもらえる料理を提供して利益を出すか。


「ユーリさん、今日の昼食は社長とうちの料亭に行かれたそうですがいかがでしたか?」

メンバーのひとりから興味しんしんで質問が飛んだ。

僕らが関わっている店だからねとサブローさんから説明が入る。


「大変おいしかったです」


一瞬間が開いた後に。この安易なひとことで喧々諤々となる。


「何か不都合な点がありましたか?」

「どの料理が気にいりましたか?そうじゃない料理は?」

「味付けはいかがでしたか?濃いとか薄いとか、辛いとかしょっぱいとか甘いとか、具体的に教えてもらえますか?」

「料理の温度はいかがでしたか?」

「料理が出てくるタイミングは?量は?盛り付けられたお皿やカラトリーはどのように感じました?」


俺がさぞかし困った顔をしたのだろう。

「ユーリさんはまだこういう会食に慣れてないだろうから」

サブローさんが次々に質問を飛ばすメンバーに手のひらを向けて静かにさせると、俺に教えてくれた。

「ユーリさん、人に招かれて食事をした後に感想を聞かれて「おいしくなかった」という人はいませんよね。ふつうはそう思っていなくても「おいしかった」と答えるのは想像できますか?」


「それはもちろん。え?そういう意味でいったんじゃないですよ?」


「そうかもしれません。でも本当においしいものを、気持ちのこもった食事を食べて感動した人が「おいしかった」とだけ返すと思いますか?」

「・・・・思いません」


まずい。

おごられる方は、ありがとうといっておいしい顔して食べりゃいい、と簡単に考えてた。社長からは金額じゃなくて気持ちだって聞いていたのに。


それからは必死に料亭での食事を思い出しながら、味付けのこと、量のこと、サービスのことなんかで俺が感じたことを必死に説明した。体が子供だから口も胃袋も小さくて食べるのも遅くて申し訳なかったこととか。


それから俺が知っている料理に関連しそうなことを思いつくまま話した。魔法学院の名物料理、エストラント侯爵邸のいつもの食事や料理人、冒険者活動で使う食材や調味料なんか。

ぜんぜんマトはずれた話ばかりなハズなのにメンバーの人たちは興味を持って次々質問をしてくれる。


長いやりとりのあと。話がひと段落したところでサブローさんにお礼をいわれた。

「すみません、素人がマトはずれなことバッカリ言って」

「そんなことはないよ?たぶん幼いお客様への対応は修正されるだろうし、魔法学院の食堂に行くメンバーもきっといる。冒険者の香草の話も気になったし勉強になったよ」


勉強になったのはコッチなのに。一皿の料理にどれくらいの人と段取りが関わっているかなんて想像もしていなかった。

もし俺が話したことが役にたったのなら、それはこの人たちがすごいからだ。1から10を知る?とか。


部屋を退出するとサブローさんも出てきて俺を手招きしてくれる。

「俺のために会議抜けてくださったなら大丈夫ですから。戻って会議に参加してください」

「まあまあ落ち着いて。さっきの会議は確認で覗いただけだから、それよりせっかくだし寄り道していいかい?」


連れていかれたのは先ほどと違って広い講堂だ。

壇上の報告者が大勢の参加者にマイクを使って説明している。

俺達も入り口のそばに座って机に置いてある資料を手に取った。


「報告しているのは各地域の農作物の出来高だね。今年は南部の果実なんかはいいけど北部の穀倉地帯はやや不作。来年も続くと小麦の価格もあがっていくなあ」

「今年はいいんですか?」

「もちろん今年も影響ないわけじゃないけど昨年からの備蓄があるから。でも来年も不作になると目に見えて価格があがってしまうよ。だったらどうするかだけど」


サブローさんは違う資料のページを開いて教えてくれる。

「ウチの会社が仕入れできる他国の状況。地続きの隣国では同じように不作だけど海を渡った先は逆に豊作が予想されているよ」

「じゃあそっちから輸入できればいいってことだ」

「海路だから輸送と保管の問題を解決しないと。もちろん途中の事故で起こる損失も計算に入れないとならないし保険もかけておかなければいけないし」


そこから話は国家間での利害関係と交渉、各国の王宮へのつながりから外交の話。食糧危機、物価高騰、多国間との相互扶助。とにかく考えることが多い、段取りも手配も多い、それでも。

みんなが困らないようにしてそのうえで利益を出す。


「うぬぼれるつもりはないけれど、みんなが当たり前に食事ができるように国につくしてるつもりだよ。軍隊のようには国を守れないけど王宮とは違う意味で市民の生活を守ってる、というプライドはあるんだよ」

プライド。

「お客様の前ではペコペコしてるんだけどね」


通路の窓から街を眺めると建物や人が米粒のように小さい。


「社長、ユーリさんをお返しにきました」

「お疲れさん。どうだった?」

「サブローさんにいろいろ教えていただいて」

目くばせすると手を振って「何言ってるんだい」笑われた。


「ユーリさんとは次に会える日を楽しみにしているよ。面白そうな話があればぜひ声をかけてほしいな」

サブローさんは片手をあげて仕事に戻っていった。


「どうだ?キミの力になったか?」

「なんだか俺の知らない世界があるっていうか、こんな世界があったんだ、ということだけはわかりました」

「それでいいと思うぞ?自分が知らなかった世界があると感じられたのだったら十分実りがあった日だ」


「お金、大切ですね。」

「もちろん。だからきちんと儲けないと会社はダメになる。そうしないと目先の金をどう稼ぐかしか考えられない。お客様も、力を貸してくれる生産者や協力者、そして働いているヤツラ。キレイごとだけじゃ済まないがキレイな方に向かわないと金に使われてしまうからな」


社長はビルを出て馬車まで送ってくれた。

「また教授室へ来いよ。あと俺を通さなくてもサブローなり好きに付き合えばいい。面白い話があれば飛びつくやつらだからお互いさまだ」


俺は丁寧にお礼をいうと馬車に乗っておいとました。

後ろの小窓をみると教授は俺が見えなくなるまで片手をあげて見送ってくれていた。

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