第49話 マッシュ教授のお誘い
「ユーリ学院長が呼んでたぞぉー」
渡り廊下を歩いていると、顔だけ知っている教授がすれ違いざまに教えてくれた。
「ありがとうございますマッシュ教授」
立ち止まって頭をさげる。
この教授も知らない人はいない有名人で、この学院の名物講師のひとり。
「おまえ社会学のラノック教授のとこにいってんだろ?たまには俺のとこにも来いよな、あまり教授室にはいないけど言っておいてくれれば時間空けとくから」
マッシュ教授は経営学の教授だ。
キャサリンの話だと世界規模の大手会社の社長。この学院には臨時講師としてきてるとか。
「はいありがとうございます。今度伺いますね」
こんな有名人の予定なんてどうやって伺えばいいんだ?
わからないからいったん口を濁して社交辞令的に返事した。
「よしわかった。それでいつにする?」
さすがに商売人は無駄がない。
後で考えるなんて時間の無駄はしない。
それなら俺も乗っかろう。
「明日の午後にお時間いただいても?」
「じゃあ昼食を一緒にとろう。悪いがうちの社の近くのレストランでいいか?そうすればその後でうちの社内を見せてやれるぞ?」
何か意図を感じなくもないけど。
でも有名な大企業の中を見せてくれるなんてチャンスを逃せるはずがない。
「ぜひお願いします。巨大企業を拝見する貴重な機会をありがとうございます」
「かしこまる必要はないさ。ただ学院の教授が生徒をつれて企業訪問するだけだ」
そんなことないと思う。
もう一度言える。
絶っっっっっ対にそんなことないと断言できる。
王国トップの魔法学院で教授している。大企業でトップの社長が。魔法学院でトップの首席だけをつれて。王国トップの自分の企業を案内してくれる?
トップだらけでゲップしか出ない。おなかいっぱいだ。
それでもラノック教授のところが落ち着いたら次に行こうと思っていたのだがマッシュ教授のところだからラッキーに違いない。
ラノック教授から理屈や理想を学んでいるなら、マッシュ教授に教わりたいことは現実だ。
生きるか死ぬかの現実ではキレイな理想なんて絵にかいたモチでしかない。食べることなんてできない。
頭の中でしかない。現実じゃない。リアルじゃない。
政策的に金を動かしているのは王宮だけども、経済的に民間で動かしているのはマッシュ教授の会社だ。
巨大商社ガリクソン。
関連している企業は千社もあって、ほぼすべての業種を網羅している。建設、土木、運輸、倉庫、燃料や水などのインフラ事業、もちろん食料品や衣類なんかの生活必需品も全て王都の真ん中に巨大マーケットを開いている。王宮の許可をもらって他国との貿易。飲食店から農産物の取り扱い、木材や鉱石の採掘から加工。王立以外で唯一の民間診療機関まで運営している。
王宮が主催する催事を裏で支えてプロデュースしているのだから王宮とも深くつながっている。王都への広告、パーティの食材から料理人の派遣、沿道の警備、最先端科学の研究・・・。
困ったらガリクソン社の誰かに声をかけておけば万事がうまくいくのが常識になっている。
元々王国の中堅商社だったガリクソン社を王国一で他国にも影響を及ぼす巨大企業に成長させたのがマッシュ教授、いやマッシュ社長だ。
魔法学院での講義は「社会貢献と息抜き」と言ってはばからない豪胆な社長だけど、そんな社長にほれ込んで毎年魔法学院からガリクソン社に優秀な生徒が入社しているのだから。
自分を社長といわずに商人というマッシュ教授だからこそ無駄がない。
生きていく上で絶対にはずせない金のことだ。
誰にとっても絶対に関わってくるから金は力を持つ。
金に操られるのではなくて金を操ってる教授の話を聞けるチャンスを逃せない。
何かに操られる人生はもうまっぴらだ。
とてもありがたいお誘いをいただいたけど商売人とか会社相手の礼儀作法なんてわからない。
貴族相手もわからないけど。
こういうときは何か手土産でも持っていくべきなんじゃないか?
せっかく誘ってもらったお礼だし昼食もご馳走になりそうだ。
何を持っていけばいいんだ?
結構大変だと気づいたぞ。
生徒の立場で教授が引いちまうような高額なもの持っていくのも変だろうし。でも教授が喜ぶものってそのレベルじゃないと興味ないのではなかろうか。
お土産なんてやめとくか、子供っぽくないよな、と思ったところで久しぶりにアイツの声が聞こえた。
『またまた・・・』
お?なんだ?
久しぶり。おっす。
『あなたが誰と会おうと勝手ですけどね。もういい加減言いあきたのでこれくらいにして欲しいです。「いいアイデア」「こうした方がいい」自分で思いついたくせに自分の思い込みで行動にフタをするのはどうでしょうね?』
くっ。
相変わらず俺が日和ろうとすると声をかけてきやがる。
前みたいにため息から始まらないだけ話を聞けるけど。
『人間同士で誰と誰がどうしたなんてワタシには関係ないですけど。人間という種がひとりで生きていけない以上は縁を大事にして損しないのでは?』
「なあ」
何にしようか?
『ならあなたのすることは?』
ち。
つまり頭を使って教授を退屈させないような、それでいて教授が普通に受け取ってくれそうな手土産をひねり出せばいいんだな。
そうは言っても経験のない俺なんかにゃ・・・ってコレもダメか。
わからないならわかるヤツから情報を貰えばいい。
『ふふふふふ』
もちろんコイツに聞くのは無駄だろう。
神の声が手土産を教えてくれたらスゲエ笑えるけど、間違いなくあきれられて終わる。
だったら頼りにできる人物を思い浮かべてみる。
俺にはウチの執事長のセバスしか思いつかない。
今の父親も母親も貴族でこういうシチュエーションではよくセバスを頼っている。
早めに話しておかないと時間かかればまずいだろう。
俺はひととおりの状況をセバスあてにメモして、馬場に待機している我が家の従者へすぐに届けるようにお願いしておく。
『思い込みや常識、マイナスな考えに判断をゆだねて思考を停止するのはあなたが大嫌いだったはずですよ。何かに操られるのではなく自分で切り開いていくのがあなたの望みでしょう』
ここまで言うと説教臭くなるかなと思って口には出さなかった。
最近出番が少なくて少しユーリに優しくなったナビゲーターなのだった。
呼ばれた学院長室ではヤツレた顔でひたすら書類と格闘する学院長の姿があった。
「よっ。久しぶり」
「・・・やあ」
俺を見るなりムスリとしやがる。
なんだ?
呼びつけておいて不機嫌とは説教か?
「なんだよ。随分だな」
「私に気をつかってほしいのかい?」
「そんなんじゃねえけど、いつもの作ったような笑顔じゃないのな」
いつもはもうちょっとこう、一応だけど年上というか大人な態度のくせ。
今日は結構地が出ているというかとんがってるというか。
「キミの前でそんなバカらしいポーズをとるのをやめただけだ。これまで一応は生徒と学院長だから気を遣ってきたけれど、一人前にワタシを責め立てるようなヤツに使う気はない」
ずいぶんやさぐれてる気がする。
「あの闇魔導士のことか?しょうがないじゃない」
俺はキルリスが嫌がりそうなドヤ顔をして笑ってやる。
「おれが」
わざと自分に親指を向ける。
「この俺が、決死の覚悟でぶちのめしてとらえた悪党の親玉がわかってるのにその対応を?王国を守護する魔導師団長にゴマかされたんだからそれはやっぱりなあ」
「ぶっとばしていいかい?」
冗談だ。
ちょこっとだけイヤミが過ぎたかもな。
わりーわりー。
「でもなあ。ついさっき姫さんと話したけどやっぱり怖がってたぞ」
「知ってるよ。でもキミと話した後はニッコニコだったみたいだけど」
さっきまでの姫さんとの会話を思い出して教えてやったのに。
なんでどこまで?知っているんだコイツ。
「み、見てたのか?」
「見てたと言うと後で問題になるから大人の私は見ていないよ。ただそうだろうと感じたことにしておく」
よくわからないけど筒抜けだってことだ。
い、い、イヤらしいヤツだな。やっぱり大人は信用できねえぞ。
「この学院は私ができる最上級の結界を張ってあるから。学院の中に危険がないか、どんなことが起こっているかなんて手に取るようにわかるんだよね」
「俺に教えていいのかよ?」
学院の防御は極秘事項だろうに。
誰が張った結界かわかれば破る対策もできるのだから。
「キミは同じレベルの結界を張ることができるのだからどうせ気づくことだろ?教授たちや王族だって安全な仕掛けがあることは気付いている。必ず護衛をつけるVIPたちがこの敷地内では一人で動いてるワケだから」
おっしゃる通り。
自分が張った結界の中なら何が起こっているかは手にとるように感じることができる。
ということは。
こいつやっぱりお見通しだ。確信だ。
か、顔が、熱くて、なんか自分がニヤけてるのわかって、ちょっと待てって。
俺は下を向いて両手で顔をおおった。
は、は、恥ずかし。
「うちの娘を都合のいい遊び相手として扱っていたらキミと決闘しなければならなくなる」
ギロッて睨まれた。
キャサリンと何だっていうんだ。
アイツは大好きで大切なドジっこ姉貴なんだ。
"ボクがいるから大丈夫だよ。思った通りにやってみなよ"
手の甲に口づけされたときのことを思いだした。
お、思い出すとこっちもやっぱり顔がっ、恥ずかしい、マジでかんべんしてほしいぞ。
「キャ、キャサリンは、大事な、大切な、家族みたいなもんだから。そんなんじゃねえよっ」
なんで俺がキルリスの前で口がどもっちゃうんだよ、ちゃんとしろよ口!
「ありがとう。そう思ってくれているんじゃないかとは思っていたけど。おかげで私も命びろいした」
「なんだよ今日は。もうわけわかんねーよ」
「キミがひとつひとつの縁を大事にしてくれてるなら私が何か言う立場ではないよ。たとえキミが王女と婚約しようともね。そこまで野暮じゃないつもりだ」
「はああああああぁぁぁぁ!!!???こ、こ、こんやくって、なにいってやがんだ、おまえ、それ不敬ってヤツだろ!!!」
「はて?この学院の生徒の行く末を心配しているだけだから不敬なんてもっての他だ。濡れ衣をかぶせて騒ぎを起こす気か?」
「おまえがヘンなこと言うからだろうがよ!!だいたい侯爵の息子風情で王女と婚約できるわけないだろ!!」
「"ただの"侯爵の息子風情ならそうだけどこの話はいったんおいておこう。それより今日声をかけたのは、キミのところにも王宮から封書が届いただろう?」
やっと、やっと本題なのかよ。
もう今日はダメ、俺の口がちゃんと喋れないからもう終わりでいいのだけど。
でもこれは聞いておかないといけない話だ。
「あんたも知ってることなんだな?まだ見てないけどなんなんだコレ?」
「まずはいったん読んでみてくれるかい?」
ペーパーナイフを渡されてシャルロットから渡された封筒を開ける。
へんにビリッといかないように慎重に。
中には便箋がひとつ。
開くとシンプルな内容で明後日開催される王国軍の模擬試合に参加するよう記載されているだけ。
「なに?これ?」
差出人は王国軍の総司令官になっているけど許可した旨の国王のサインが入っている。
「いわゆる王命というヤツだね。模擬試合は王国軍と魔導士団が混在で定期的に行う練習試合だから気楽にやってくれればいい。どうなるか楽しみではあるけど」
「それならどうして王命なんてくるんだ?やっぱりアレの件かよ」
「もちろん本題は王女が受けた魔導攻撃の事件に関してだ。模範試合には国王も出席されるから今回の件でキミに一声かけたいのじゃないか?キミはゲスト参加だから挨拶と激励という名目で国王夫妻との私的な謁見時間が取ってある。あの件は大っぴらにできないからね」




