第46話 ハイラント邸攻略戦
敵に撃ちこんだ光の矢がさく裂した場所。
王都中に張り巡らせた魔力感知が魔法学院とは全然別の場所で一瞬だけ俺自身の魔力を感知した。
精神世界をすり抜けて届いたハズだから、俺の感覚では自分の放った魔力が「前触れなく街のどこかでいきなり炸裂」した。
一瞬だけでも自分の魔力を見逃すなんてありえない。学院から離れた貴族街のど真ん中で魔力が暴発してすぐに消えた。
「ここだ。随分とでかい屋敷だな」
貴族街の中心にドンと構えた広大な邸宅。
敷地は小山か丘とかそれほど。
見上げたキルリスの顔がげんなりしている。
「ハイラント公爵邸か。予想はしていたけどやっかいなところだ」
「公爵というと王家につながりがあるんだよな」
「親戚筋にあたる。そしてハイラント公爵は第一王子の派閥の長だ」
王族絡みの陰謀。
どうせ面倒くさい話だ。
「なんだか面倒だな。あんたは立場あるし俺一人で潜入してラチってきた方がいいだろ」
威勢のよかったキルリスもさすがに悔しそうな顔をした。
魔導士団長が王家に連なる公爵家に無茶はできない。軍も魔導師団も王族を守る立場だ。
キルリスからすれば数少ない「何ともならない」相手。
でも俺は。
自分のツレを殺そうとしたヤツが、殺し続けようとしたヤツが。そしてすぐにまた殺そうとするヤツがココにいる。
許せないからぶっ倒す。
「バーンをこの敷地の外に連れ出せれば魔導士団の権限でなんとでもできる。だが手配人バーンがこの屋敷に匿われていることを立証してからでないと師団は立ち入りできない。もちろん犯罪者をかくまっているのだから屋敷の人間はいないと答えるに違いない」
食いしばった口からはギリギリと歯ぎしりが聞こえるようだ。
本気でアンタが悔しがるからその気持ちからチョビットだけ力もらっとく。
「俺がツレのために何とかしたいだけだからそんなに気にすんなって。弱いヤツを子供をイタブってるようにしか見えねえから俺は許すことができないんだ」
王女だからじゃない。
無力な子供を大人の勝手でいたぶってるヤツを。
俺が許せるハズがない。
「正しいよ」
ナビゲーターに確認する。
「<力の顕現>を使ってこの屋敷にいるヤツラ全員を建物から飛び出してこれるようにできないか?幻影みたいなので」
『可能です。ただし魔力妨害の魔道具が設置してある可能性が高いため強力な術式が必要です。その場合でも黒幕は対魔法防御を張る可能性があります』
それはそうだろうな。
世界的な暗殺者?なんだからいくら公爵家の屋敷であっても自分で防御の策を講じないのは有り得ない。
だけど手段があるとわかればいいんだよコッチは。
今の俺では敵わなくても。人生で一番力がある全盛期の俺がクズ魔導士なんかに負けてたまるかよ。
「いけそうってことでいいよな?」
俺がクズ野郎を処理できる状況を作ることが出来ればいい。
『敵は魔道具を使用しても自分を守ることが限界だと思われます。この屋敷全体を守護できる闇魔導士は<力の顕現>を解放したあなた以外この世界にいません』
「だろ?本人が飛び出てこなければ屋敷で俺がタイマンが早いよな?」
『けっこうギリギリですよ?この屋敷全体に大規模闇魔術をかけますからその後は「力の顕現」に時間制限がかかります』
相手は闇魔法でレベルはキルリスと同じくらい世界クラスの大魔導士。
今の俺なら大抵負ける気はしないけど時間次第だ。
敵がどんな防御しているかわからないから10秒くらいだと厳しいのかもしれない。
「久しぶりの時間制限だな。何秒くらいだ?」
『15分は確保できます』
ええ?
「余裕じゃない?前に比べると」
『ただしある程度術式を制限する必要があります。核激魔法や同レベルのものは使えません』
そんなのいらない。
こんな街中で使えるわけないだろうって。
この広い公爵邸が明日にはすっかり整地されたノッパラです貴族街のど真ん中で!ってわけにはいかないぞ。
「レーザー・ショットは?」
『破壊力を押さえれば時間内は使い放題です』
「いいじゃないそれで。楽勝すぎないか?」
『それは相手次第です』
油断するなと。
「わかった、よろしく頼むぞ相棒」
『了解』
「というわけだから」
キルリスに向けて「またあとでな」って頷いたら慌てて肩を掴まれた。
「キミおそらく神託を受けていたのだと思うんだけど私には聞こえてないからね?勝手にわかったような顔されてもコッチはわかってないからね?」
そうだったそうだった。
慌てんなよ。
「これから大魔術の準備するからアンタの立場でできるなら手伝ってくれ。ダメならまあ俺一人でやるから気にしなくていいぞ」
嫌味のつもりなんかじゃない。細かいことまで構ってられないだけだ。
気持ちでここまで来てくれたのだから十分だ。
「何をすればいい?」
当然のように聞いてくる。いいってのに。
「この屋敷が大きすぎて全貌がわからないけど形がわかるか?何箇所かポイントに魔法陣を設置して大規模魔法を発動させる」
「何をする気だ?」
「屋敷にいるヤツラ全員に強力な幻覚を見せて屋敷から追い出す。暗殺者の野郎も出てくれればいいけどヤツには効かない可能性が高い」
「暗殺者が自分を守る手段を持ってるということだな」
「だけど敵はせいぜい自分への幻覚を防ぐのに手一杯で他まで防げないはずだ。そうなれば屋敷の中にそいつ一人が残る。あとは俺が突入してソイツを捕まえてトンズラしてくる」
黙り込んだキルリスが疑わしい顔して俺を値踏みしやがる。
平気なフリで軽く説明したんだから合わせろよな。
こっちだって「やってみなきゃわからない行き当たりばったり」なのわかってるから。
「随分つっこみどころ満載の案だけどもいけるのか?」
「もちろん不確定要素はある。敵の能力もわからないし建物の中でどんな防御と武装してるかもわからない」
コイツは今の俺のレベルを知らないし<力の顕現>について知らないから余計に心配なのだろうけど。以前キャサリンが"視た"レベルと実際の俺に大きな差があることはわかっているに違いない。
「私としては突入以前に大規模闇魔術を成功できるかだけど。神託からのご指示なら信じるしかないだろうな。私がキミから感じる力は強力だけど大魔術を成功させるほどではない」
「そこは種も仕掛けもあるってことだ。だけども魔力をごっそり使っちまうから相手次第では苦戦しそうだ。できれば魔法陣を起動させるまでアンタにやってもらえると節約できる」
「そこまで決まってるならやるしかない。なんだかジョバンと一緒に動いてたころを思い出すよ。ソッチから選ばせるようなことを言うくせに実は選択肢が全くない」
「中は俺がやるから。あいつが逃げ出してきたらとっ捕まえてくれ」
設置した魔法陣は6個でお互い3陣づつ。
キルリスから設置終了の符号が届いていよいよ捕り物が始まる。
さあクズどもを一掃しよう。
<力の顕現>
<重力操作>
<ウィンド>
塵のように軽くなった体を風で巻き上げる。
かなり上空まであがったから俺の姿を見つけることができるヤツはいない。
雲が出て小雨が舞い始めた。
キルリスのおかげで魔力も少し余裕があるからもう一工夫してやるぞ。
ただの幻影じゃなくて現実の恐怖を味合わせてやる。
<落雷>っ!
ドッガガガガガガガガガンン!!!!
耳をつんざく轟音が響いて稲光が侯爵邸に衝突する。
この屋敷の住人には突然の轟音で恐怖が貼りついたハズだ。
こうして感情をゆさぶった方が闇魔法の効果はより高くなる。
<盲信>
俺は魔法陣で囲まれた範囲、侯爵邸すべてにむけてとびっきりの闇魔法を放つ。
雷を合図に設置した魔方陣が一斉に起動する。
単純な幻覚などではなく相手に強く思いを事実と認識させて疑うことを一切許さない。
火災のイメージを思い起こさせ、そこにいるヤツラのお互いの感情を連鎖させて恐怖を練り上げて増幅させる。
もちろんその目には燃え盛る炎が自分を囲んで見えるし、煙が充満して焦げた臭いが鼻孔をつきさす。皮膚はヂリヂリ熱くて苦しい。そう思い込ませているだけでも幻影の炎にやけどをするし弱いヤツなら倒れてしまう。
「さあ逃げろ逃げろお前達!そうしなければ焼け死ぬぞ!!」
ハハハハハッ・・・!!
上空で響く俺の笑い声。
これではどちらが悪役かわかったものじゃない。
ちょっとやってみたかったんだ。
雷が直撃したあたりから火の粉がパチパチと上がり始める。
幻覚ではない本物の炎があがって屋敷から人が吐き出されていくのが見える。
<魔力感知>
<認識阻害>
俺の闇魔法を防ごうとすれば魔力が発生するはずだ。
相手の位置をつかむのに魔力のピンを飛ばす。
建物の奥か裏手かそれとも地下かどうせ敵は人目のつかないところ。
シャルロットを襲った闇魔法は魔法陣を構築するだけでも広さが必要だし、魔道具を設置する場所は限られる。
人通りのある部屋でやっているワケがない。
ガガガガガっ!
いきなり俺の体がグイグイと地面に引っ張られた!
相手の魔導士の闇魔法で重力の向きを下に向けられたのか?
<重力転換>!!
一度墜落しそうになって高度を落としたけど、侯爵邸に落ちる前には立て直す。
ぐぐ、と俺への重力を下に向ける力に対してそれを元に戻そうとする力が拮抗して反転させていく。
力が拮抗して互いの力比べ、なんてことはない。
俺には余裕ばかり。「力の顕現」を顕在化させているから子供の遊びに付き合ってやってる。
相手のレベルはせいぜい俺の十分の一くらい?闇魔法のレベル70かそこらだから超一級魔導士だろうけど<力の顕現>を開放した俺だと遊び相手にもならない。
「ちなみに今の俺の闇魔法のレベルはいくつなんだ?」
『レベル820です。相手のレベルは67。魔法探知の感覚では結界と隠密の魔道具が設置してありましたが他は探知されません』
大した防御をしていないのはうぬぼれてやがるからか。
離れたところからガキに悪夢を送りつけてるだけの簡単な仕事なんだろう。
王都では自分が最強だとでも考えるに違いない。
俺がいかにも相手の闇魔法のせいでフラフラと中庭におりると、そこには真っ黒なフードに身を包んだ男が待ち構えていた。魔道具の指輪や首かざりをジャラジャラとつけて、水晶玉くらいありそうな宝玉をつけた杖をかかげてイヤらしく笑っている。
ひょろ細くて陰湿そうな、意地の悪いカマキリ?
「少しはヤルようだが貴様は誰の差し金だ?」
舌で唇をなめずりするヤツなんてホントにいるんだ気持ちわるい。
完全に俺を獲物だと捉えてナメている目。
「俺はおまえの死神だ」
相手からは俺の顔が薄暗くてはっきり見えていない。
俺から強烈な認識阻害をかけてある、だけどコイツは気づけない。レベル差がありすぎて俺がやっていることが感知できないからだ。
「おお神を語るのか?罰にあたって地獄へ落ちるがいいわ」
俺の眉間に向けて超極細の水柱が迫っているのを感知する。
視覚では認知できない代物。
超上位者が正面から一直線に極細の魔法を撃ち出せば相手に見えるのはただの点だ。今度パクろう。
パチュンッ
身体強化した拳ではじくといい音がした。
戦闘開始の合図にちょうどいい。
<身体強化>
<腕力強化>
<脚力強化>
<速度強化>
ダッシュした俺は俊足の速さでヤツの懐まで飛び込む。
コイツからすれば目視できずに俺が消えたとしか感知できない。
「オラ、ボディっ!!」
速度をつけたまま振りかぶった拳で思いっきりヤツの腹をぶっ叩く。
ドゴンッ、と激しい衝撃がして5メートルもふっとんだカマキリ野郎はそのまま廊下の壁にめり込んだ。
「まだまだ殴り足りねーぞ!!おらっ!!」
俺のツレを殺そうとしたんだ。
めり込んで動けない相手へとさらに加速して拳を振りかざす。
殺さないかわりに何度でも死の恐怖を味合わせてやる。
お前がやったようにっ!
『死にますよコイツ』
え?
加速は急には止まれない、って学校で習わなかったのかよ!
「わあああああ!!!!」
ドゴンッツ
俺は拳を振りかぶった姿勢そのままに、ヤツの隣の壁に顔面からメリこんだ。
俺になぐられて壁に貼りついて虫の標本みたいな暗殺者。
その横で頭が壁を突き抜けて首から下がブランブランとぶら下がっている俺。
なぜこうなった?
 




