第44話 王女の悩み
「おやさしいですわね」
俺が校舎の裏庭で水をカブ飲みしていると後ろから王女シャルロットに声をかけられた。
さっそく見つかったか。
「なにが?」
「さっきのリンさんの。あのおさげの子のことですわ」
なんだかこの最近。
俺よりモノ知ってて経験積んでて世界と折り合いつけてやってる奴らにイロイロと教えて世話焼いてもらったから。
俺だけがしてもらうってのは性に合わねえんだよ。
ケツの座りが悪いっていうか。ムズムズする。
だから俺はできることをしただけ。貸し借りなしでいたい。
それにガキな俺だってあんなに必死に頼られたら少しはおせっかいにもなる。死にそうになるのはメシが食えなかったり暴力を振るわれるだけじゃない。体は生きても心が死ぬ。
「あいつリンっての?よく俺なんかに聞いてきたよな。他のヤツラは怖がって近寄ってもこねえのに」
「そうね。それだけワラにもすがる思いだったのじゃなかったのかしら」
「タチの悪いガキたちになんかしてやる気はサラサラねえけど。あんな顔されたら俺ができることだけはやってやろうって思うわな。必死なヤツを放っとくほど鬼じゃないつもりだぞ?」
弱くて必死。そんなヤツを放っておいたら前世の俺を見捨ててきたヤツラと同じだ。
見捨てるじゃないな、潰すとか、関わらないようにして見殺すとか。そんな感じのヤツラ。
「でしたら私のことも助けてくれますか?」
シャルロットは睨みつけるように俺の目をみて、絞り出すように言葉を口にした。
誰にもしゃべってはいけない秘密を内蔵に腕を突っ込んで引きずり出して見せるように。
シャルロットの瞳が揺れている。
ぱっと見は普通にしているけど、彼女からいつも感じる輝きやオーラを全く感じられない。
暗いものが付きまとってシャルロットを深く深く浸食している。
光り輝いて明るく弾けていた魂が、黒く老いて枯れてシワまみれでやせ細って朽果てようとしている。
今にも消えてしまいそうな魂が、助けてくれと必死に手を伸ばしている。
「ん?なんか困ってんのか?」
気付いてない顔して。
だって姫さんが普通な顔を演じてるから。
「聞いてもバカにしませんか?」
「バカらしいことなのか?冗談で聞いてもいいけど。ムリヤリだけど友達なんだろ俺達?」
俺は笑い話にして茶化す。
シャルロットは大げさに胸に手を当てて笑った。
だけども力強さは欠片もない。知らんぷりで話を合わせる。
「あら私達って随分な関係ですわね。ムリヤリな友達だなんて」
「話してみろよ。しょうもないことだったら笑ってごまかしてやるからよ」
お姫さんらしくない。
強気でガンガンくるはずなのに勢いのカケラもない。
「あなた少し変わりましたね。無礼なのは変わりませんけどもなんだか余裕っていうか優しさがあるわ」
「そうか?そんなことないと思うけど」
俺の中ではいろいろと教えてくれた人たちの顔が浮かんだ。
「俺なんかに何かしてくれた人たちのマネしてるだけだよ」
真顔でビックリした顔になった。
「あら、本当に変わりましたわね。よほどいい縁に恵まれましたのね?」
そんなことを言えるのは王女だからだろうか。
生まれた時からいろんなヤツラに囲まれて観察してきただろう立場だ。
シャルロットは何でもないことのように話してくれる。
「わたくし殺されますの。毎晩」
普段なら冗談かと疑うところだけど。
今の姫さんには有り得ない。
微笑んでるのは口のまわりだけで目が笑ってない。
「冗談じゃあないんだろ?」
「そう思いますわよね。わたくしが眠りにつくと毎晩いろいろな場面で殺されてしまいますの。そして死んだと思った瞬間に目が覚めるのですわ」
「夢か?」
「ただの夢なのかしら、と私も思いましたわ。でもそれが毎晩毎晩欠けることなく続いてるのですわ」
毎晩?欠かさず?
きな臭くなってきた。
「夢でよかったなってすませる話じゃあないんだろ?」
「そうもいかないの。その・・・おはずかしい話ですけど、殺されそうになる瞬間に私は悲鳴をお上げているようですわ。それだけ生々しい夢なのですけど。侍女たちもその都度私を心配してくれますし、衛兵たちも異常がないか確認にきてくださいます。お父上の耳にも入ってお医者様に来ていただいたり・・・診断していただいても異常はないのですけど」
よく見ると彼女の目の下にはガッチリ隈ができていた。
眠りが浅いのだろう。
王宮侍女たちが施す最高の化粧でも少し見ればわかるほどだ。
「このままいけば私は心の弱い不適格者。それか呪いを受けた者。どちらにしてもまっとうな王位継承者ではなくなって離れの塔に監禁されることになりますわ」
「夢もそこまでいけば大変だな。今でも毎晩なのか?」
「ええ、勤勉なことに毎日ご丁寧に」
よほど精神的に追い詰められているのか、そうでなければこれは魔法だ。
魔法で彼女の心をつぶそうとしているヤツがいる。
「なにか悩みとかあんの?」
念のために確認する。
命を狙われていて不安が付きまとって夢に出るとか、悩みを抱えてて精神的につらくてとか?
「そうですわね。このクラスの人間関係が面倒くさいとか些細なことはありますけどこの夢の話の他は大したこともありませんわ。王族が命を狙われるのは宿命みたいなものですし。今に変わることでもありません、でも」
「でも?」
「死ぬなら一度キリにしていただきたいですわ。何度も何度も死んでいると・・・死ぬことがたまらなく恐ろしい。そのせいで自分の気持ちが弱くなりそうで怖い。自分の命を守ろうとして国民を犠牲にするなら王族失格ですもの」
シャルロットの瞳は暗闇に呑まれて希望のかけらもない。
光が全て消えている目だ。
そんな何も見えない世界でもコイツは自分を曲げたりしない。できない。
固くて強い芯だけが押し寄せる暗闇の波の中に天高く立ち続ける。
「どんな夢見るんだ?怖かったら言わなくていいけど」
「あなたもずいぶんですわね。じゃあ」
彼女は俺との距離を詰めて、ピタっとひっついて俺の胸に頭をうずめた。
聞いちまったけど悪かった。
自分が殺される話だ思い出したくもないに違いない。
「大丈夫だぞ言わなくても。俺が悪かった」
「バカね必要なんでしょ?やるべきことは死んでもやるのが王族よ。私の鋼のメンタルがこの程度のこと・・・」
こいつも必死なんだ。
必死だから涙流して頼んでくるヤツもいるし、必死に虚勢はってるヤツもいる。
「ああ、おまえは強いよ」
「当たり前よ。だけど、だけど、少しだけこうしてていい?」
「あったりまえだ。気がすむまでそうやってろ」
これってさすがに不敬罪だよな、と思ったけど。
少しでもコイツの怖さが俺に移って安心できれば。
そう思って優しく、でもしっかり両腕で抱きしめる。
俺がおまえの横にいるから大丈夫だ。
シャルロットが涙で潤んだ瞳で俺を見上げるからやっぱりまずかったかなって腕を緩めたけど、もっと俺にしがみついてきた。
「い・・・いいから、続けなさいよ」
「そうか?それならいいんだけどな」
俺はもう少しだけ腕に力をこめた。
泣きそうに折れそうになりながら必死で耐えているヤツを。
友達だっていってくれたヤツを。
同じように必死で耐えてそれでも死んじまった俺が放っておけるわけがない。
「あ、あなた・・・わかってるんでしょうね!」
「なにがだ?」
「こんなことやっていい人なんていないってことよ!いたとしたらそれはね」
「ん?なんだなんだ?」
「なんでもない!このバカチン!」
王族は小さいころから乳母と執事長が世話をして育てる。
王も女王も、子供が生まれてもしばらくして落ち着けばすぐに公務という名の激務に戻るからだ。
幼いころは定期的に食事をしたり一緒に王宮の庭を散策するくらいはするが、そのわずかな団らんもトラブルが起きれば即時に中止となる。
王も王女もその存在すべてが公人なのだ。
王族の育成は王宮内で役割り分担されており、王も女王も親ではあっても中心人物ではない。
そして王女のそばで世話をする従者達が王女を抱きしめるなんてありえるはずがない。
うやうやしく丁寧に王女として育てられる。
そんなことができるのは。
結婚した相手からベットの中でしかありえないわよ。
幼い王女は言ってもわからないだろう唐変木への想いを勇気に変えて胸の内にしまい、ひとり暗い闇へと沈んでいく。




