第43話 久しぶりの授業
「見つけましたわ!!」
久しぶり学院をブラブラ見て回っていたところ第二王女シャルロットに見つかった。
丁度あっちも移動時間だったらしい。
しまった、という顔をした俺は強引に彼女に腕を取られた。
逃さない気まんまんだ。
王女に腕組まれてるなんて学院の外じゃ偉いことになるぞ。
「次は魔法の実技でしてよ、絶対に授業に出るのです。わたくしにもあなたの成長をみせてみるがよいですわ!」
王様から?
キルリスから?
わかんねーけどイロイロ聞いてるんだろ。
「それに」
「やること見るものイロイロでお腹いっぱいなんだけど。他にもなんかあんのか?」
「何でもないですわ。いいから授業に出てくださいまし!その後に少し付き合ってもらいますから」
移動している特Aの生徒たちは実技用のローブを着て気合が入ってる。俺はただの制服だけどまあいいか。
学院の授業で使う魔導ローブは微力な魔法防御と魔力アップの術式が編み込まれてる程度だし。俺には飾りほどの効果もない。
首席特権で見学みたいな立場で参加しても教師は何にも言わないだろ。
いつもの魔法練習場に着くと生徒たちは講師を取り囲んでその手元を凝視していた。
どうやら魔力操作の訓練の授業。
教師は自分自身の全身を巡る魔力の流れを見せながら、ゆっくりと魔力を濃く濾していく。
濃厚な魔力が両手のひらに集まっていくのを見せてイメージさせる。
体中に散らばる魔力を丁寧に丁寧に集めて循環させる作業。
俺には教師の全身で魔力がかけめぐって純化されていくのが感知できてるけど、こいつらはどうなんだろう。
一応このクラスは魔法を放つことができる(どんなのかは置いといても)レベルだったハズ。でも繊細な魔力操作まで理解してるヤツは数人もいないだろうなあ。
何人かは講師があつめた純度の高い魔力を感嘆して眺めてるけど、やっぱりよくわかってないヤツラは頭の上でハテナマークが踊ってる。
「ここまで練り上げると魔法の威力も段違いだ。見てみろ?」
講師が水弾を放つとマトのど真ん中にあたって大きくゆらした。
「そして純度が高いってのは魔力の性質が定まってわかりやすいってことだ。そこに魔法の性質を混ぜればイメージした魔法を繊細にコントロールして放つことができる」
同じ魔法なのに今度は小粒の水にして大量に向けて放つ。
すさまじい豪雨のような水滴がマトの板金を打ちつけてバチバチと音が響いた。
「普段から純度を高めた魔力を自分の中で循環させておけば咄嗟の事態にも対応できるようになる。そうだろう?ユーリ」
どうもここの教師達は俺のことを便利屋か何かと勘違いしてる気がする。
言われた瞬間にストーンパレットを発動して、小石を連続してカーンカーンと的にあててやった。
「レベルが高くなってくると常時当たり前に魔力を循環させてますね。いざって時に早く高度に魔法を扱えますから。最初はきついと思うけど当たり前になるまで訓練を繰り返すしかないかと思います」
魔力操作がわかる奴らは感心したように俺を見るし、わからないヤツラは憎々し気に下をむく。なんてわかりやすいお子様たちだこと。
「そういうことだ。ではみんな自分の魔力の純度を高めて手のひらに集める訓練をしてくれ。聞きたいことがあったら俺・・・かユーリに聞いてくれ。はい、開始!」
ちょっと待て、俺に返事をさせないようにいきなり開始かよ!
なんだゼクシーその、ふふん、って顔は。
コイツらびびって俺に聞いてくるワケないだろうがよ?
生徒たちは素直に魔力操作の練習を始める。
だけどみんな目をつむって集中したり、決まった?ポーズをとったり。眉間にシワを寄せて頑張ってる感はわかるんだけどな。さすがお子様たちだ。
眉間に力をこめても魔力はどうにもならないぞ?
体全体の魔力を操作するんだから、足先も手先も背中も頭も万遍なく意識していかないと。あと筋肉に力を入れても意味ないし。
なんっていうか、初心者?の気持ちが勉強になるなぁとか思ったり。
キャサリンみたいに俺が受験生を教える機会があったら教えてやろうとか。ないだろうけどなあ。
「侯爵家の暴れん坊」「入学初日にワルガキ鉄拳制裁」の俺に声をかけてくるヤツはいないだろ、どうせ悪役街道まっしぐらだなんて適当に見て回ってたら。服の袖をツンツンと引っ張られてちょっぴりビックリした。
「ねえ、ねえ、・・・ユーリ、くん?」
「お、俺か?どーした、なんかわかんねーのか?」
おさげで目が大きな子。
俺はロクに教室にいないしこれまで話したことがない子だ。クラスメイトなんだろうけど。
貴族でおさげの子なんていないから平民から入学してきたレアな子だ。
彼女の手のひらを見てみるとチョビッコだけの魔力が集まっていた。
キラキラ輝いてるから純度は高い。
「わたし魔力があんましないのかな。よくわかんないの。魔法もちょっぴりしか出ないの」
「お、おう」
「入学試験も水滴がポタポタ出ただけなの。その分は座学頑張ったの」
「・・・お、おう?」
なんだ?何を言いたいんだ?
「わたしってこんなもんなのかな・・・?」
ポロポロと涙がこぼれる。
「おとーさんもおかーさんも頑張って私を学院にいれてくたのに。わたしってダメなのかな?」
あ。泣く。
いやもう泣いた。
女の子はワンワン泣き始めた。
プルプル震えながら俺のところに来たこの子は、一生懸命に度胸きめて俺に尋ねたんだろう。
悪役の俺のところへ。
それも自分の人生に関わるような重大なことを。
講師には怖くてきけないから。
大人にどう思われるのかどんな風に評価されるのか。
ダメ出しされてそのまんま退学なんてあるわけないけど、そんなこともわかんないだろうし。
必死なやつには嘘はつけない。
こんな小さな子が追い詰められて死にそうな顔してるのに放っておくなんて俺ができるわけない。
「集まってる魔力は少ないな」
俺はその子の手のひらに集まっている魔力、微量な魔力を探知する。
「やっぱりそうなんだよね」
少女の顔に絶望が忍び寄っていく。
「でも純度は高い。さっきの講師と同じくらいの純度だ」
「そうなの?それっていいこと?」
ワリイかなと思ったけど、人生かかってんだって彼女の全身の魔力を探知する。
体に張り巡らされた血管を透視するように魔力の流れを探知していく。体内で生み出されている魔力量は別に少ないわけじゃない。でも輝く水流のように見えるはずの魔力が背中のあたりで煙のようにちらばって滞って減衰している。
「以前に背中にケガでもしたか?」
「なんでわかるの?前にベランダから落ちちゃって骨折れて1か月くらい寝てた」
あっけらかんと話す女の子。寝てた、か。入院みたいな感じだよな。
「今でも痛いか?」
「寒くなって冷えると少し。でも大丈夫だよ?授業に問題ないよ?」
なんだか自分が問い詰められそうな雰囲気を勝手に感じてるのか。俺なんかに必死で言い訳しなくていい。責めてないしそれで俺がなんかするはずない。
でも気持ちはわかる必死なヤツは疑り深くなる。
俺は学校の手先じゃないしこの学校はそんなことでクビにしないんだけど。口で言っても疑ってるヤツには伝わりにくいか。
俺が簡単にそう思えてるのは、結局俺は学院を卒業しようがしまいがどうなってもいいって思ってるからだから。気楽にやれてるから。
それにキルリス学院長やキャサリン、ラノック教授のことも知ってる。先生と生徒じゃなくて人と人として知ってるからだ。
「大丈夫。今のは「だから何だ」ってくらいの話だから。でも体の中の魔力が背中で途切れかかってて集めきれきてないな。魔力量は少なくないけど循環が途切れてるみたい」
「そうなの?よくわかんないけど?」
俺の説明になんとか頷いたけど、顔には何を言ってるかわかんないって書いてあった。
こんな小さな子供に理屈を言ったってわかるわけもないし体験させた方が早そうだ。
俺もそういうタイプだしよくナビゲーターにイジめられてるから。その気持ちはとてもよくわかるウンウン。
「ちょっとだけ背中に手を触れてもいいか?イヤならしょうがないけど」
「別に大丈夫だよ?」
背中をずいっと俺の方に向けてきた。
貴族のレディにはあり得ない天真爛漫。
やっぱり子供はこうじゃないと。
「よし、じゃあ俺が背中に手をあてたら全身の魔力を集めてみて。その後でちょっとピリッってするかもしれないけど大丈夫だから」
俺は彼女の背中に手をあてる。
魔力が滞っているあたりに。
「やってみて?」
彼女の魔力が体中から集まって背中をかけあがり、やっぱり問題のポイントで詰まって拡散を始めた。
<力の顕現>
<極回復>
途切れかかっていた魔力回路を回復魔法で繋ぐ。
今の素の俺ではできない人間の限界を超えた回復魔法だ。
回復を終わらせてから自分の魔力を彼女の魔力回路にそっと流してやる。
今のこの子の魔力回路は補修したけどまだペシャンと潰れている。つなぎなおした魔力回路に魔力を流してやるとつぶれた回路中がパンと膨れて、この子の魔力を押し出して正しく魔力の行き先へと導く。
「きゃっ!」
声が響いて周りの生徒たちがいっせいにこちらを振り向いた。
注目あつめちった。
なんにもしてないぞ、背中に触れてるだけだからって。そうか貴族の子女からしたら結婚前の異性に触れるなんてえらいことか。
いいやもう最後までやっちゃえ。
「ほら手のひらに魔力が集まってきたぞ。おまえの元素は?」
「み、水」
「じゃあさっきの講師と同じだ、最初に講師がやっていたみたいに水弾をイメージして?」
「でもわたしあんなに遠くまでとんだことないっ」
「なに言ってんだ、もうおまえの手には先生にも負けないくらいの魔力がたまってるぞ?ほら撃って!」
キャア、と声を上げながら彼女は手のひらから水弾を放った。
目標とは全然違う訓練場の壁に。
マトとおんなじくらい離れたところの土壁がボコンとかけたからこの年齢なら上々の威力。
「あのなあ。目をつぶって撃っても当たるわけないだろ?」
声をかけても彼女は茫然としている。
あんな威力の魔法を放ったのは初めてだったろう。
その子はそのまま俺の方によりかかってフラリでパタンと倒れた。
魔力切れ。
講師があわてて寄ってきた。俺を責める感じではなくて表情はにこやかだ。
「さんきゅーユーリ。この子の人生はたった10分で180度変わったぞ」
講師は女の子を抱えながら俺に笑いかける。
なんだ、わかってんじゃん。
「この子は素質ありますよ。魔力の純度が高いし魔力量はもっと伸びるんじゃないですか?卒業するころには先生より遣い手になってるかもしれません」
おおおおお、とみんな俺を見る目がなんだか不思議な空気になった。
おめでたくて羨ましい空気。
「そうなってくれたら俺も誇らしい。この子だけじゃなくて全員が俺なんか抜かして卒業して欲しいんだよ」
適当だし勝手に俺を使うけど。
魔法の能力は平凡だから英雄になるタイプでもない。冒険者ならCランクくらい。
それを自分で自覚して人に教えるのが役目だって思える。教え方もうまい。
やっぱりコイツいい先生だ。
ひととおりゼクシーを見直したところで、俺に視線が刺さりまくってることに気付いた。
やばい。
男たちは相変わらず俺にびびってるけど、何人かの女の子の目がキランと光って俺をロックオンしてる。
一人前の魔導士になれるチャンスがぶらさがっている。
性別なんて関係なしで家門を背負って入学してるやつらもいる。
今が魔導士になる最初の壁だ。
気持ちは想像できる。けどなあ。
勘弁してくれ。キリないし教えるのは俺の役目じゃない。
「じゃあ先生、俺行くから。ラノック教授と約束あっから。これ貸しだからなー」
ダッシュで走り去る俺に背中から講師の声がかかる。
これ以上の面倒はごめんこうむるぞ。
「こんど教員食堂でメシおごってやるよ。今日は助かったぞ」
後ろから声かけられて俺はクックックと笑っちまった。
人間の限界を超えたレベルの回復魔法の礼が食堂の定食って。楽しくなって笑っちまった。そうだよ俺なんかを頼るしかなくて泣き出すことに比べれば大したことじゃねーよ。
それにしても先生までジョバンの流儀が身に沁みついてる。
やっぱりメシなんだ。それくらいが気楽でいい。
「あーん・・・」
何人かの女の子から残念な声を探知するが聞こえていないフリさせてもらう。
俺の好感度アップ中か?いやいや逃げたからダダ下がりだろう。
シャルロットの顔が一瞬頭に浮かんだけど、これ以上ここにいるわけにもいかない。
迷うことなく一目散にダッシュして校舎に逃げ込んだ。




