第36話 教会で
貧民街からはずれて少しだけ歩いたところに教会がある。
頑丈なつくりと古風な佇まいは歴史を感じさせるけど、言い換えればひびワレが入って薄汚れている古くてボロい教会だ。
ジンはここに向かう途中の露店で大きな袋3つも4つも果物や肉を買いあさり、持ち切れない分は俺に持たせた。
「シスター!ジンだーまたきたぞー!」
大きな声が聖堂に響く。
奥の扉から女性の声だけが聞こえてきた。
「ジンさんいらっしゃーい、裏庭で子供たちと作業してるから勝手に入ってー」
ずんずんと勝手に進むジンについて奥の扉を抜ける。
大きな台所のテーブルに紙袋をドスンと置くと、窓の外に畑で作業するシスターと子供たちの姿が見えた。裏口から出るとすぐに畑が広がって、みんな一生懸命に作業している。
「シスター、俺たちも手伝うぞー」
「はーい、ありがとさーん。そっちの畑の手入れ手伝ったげてー」
畑には色の濃いきれいな野菜たち、トマトやキュウリやナスなんか・・・収穫間近な野菜たちが元気いっぱいだ。
みんなで雑草を抜いたりムシをとったり。
4~5歳くらいから俺よりちょっと下の10歳くらいの子供もいる?
でも小さい子供たちが中心だ。
「すっかり手伝わせちゃったわね。いつもありがとさんねそちらの方は?」
ジンは俺に振り返って紹介してくれた。
「ユーリだ。今日は町の身なりだけどエストラント侯爵家の子息だな」
「あれま、貴族様に野良仕事させちゃったわね!大丈夫だった?」
「これくらいなんでも。みんな元気でいいですね。それにしても」
ところどころヒビが入った壁を見渡した。
掘っ立て小屋とは言わないけど。壁もはげてるし、いくつかの窓は割れてサイズのあってない板が無理やりはめてある。屋根の瓦も割れてる。
早めに補修しないと本当に雨風しのぐだけの掘っ立て小屋になってしまいそうだ。
「随分と年季がはいった建物ですね。生活に不都合は?」
「そうねえ。この建物も私と一緒でオンボロだから。雨がふれば水も滴るし冬は隙間風が入るけど、なかなか国の補助金もそこまでは手がまわらないからねえ」
王宮では今日もパーティが開かれて着飾った貴族がごちそう食べてダンスに興じてるけどな。金はあるところを回ってるし無いところには巡ってこない。
ムスっとした俺の表情にシスターは勘違いしたようだった。
「あら王宮のことに文句言ったんじゃないのよ、そんな風に聞こえたらごめんなさいね?雨風しのげてるし小さい子たちに食事を与えることが出来てるから感謝してるのよ」
シスターが慌てて訂正してくれるけどそんなもんだろうか?
メシが食べられるのは絶対その方がいい。
「ジンさんったらまた差し入れしてくれて。そんなに差し入ればっかりしてるとすぐにお給金なくなっちゃうわよ?」
「いいんだって。結婚もしてないし軍の寮にはいってんだから食いっぱぐれもないし。気にすんな」
ちょくちょく差し入れしてるんだ。そのおかげで子供たちが食べられる食事もあるだろう。
シスターは相手が王国軍の副総司令官って知ってるかはわかんないけど。
「指し出がましいですけど」
俺の出来そうなことを思いついたからシスターに声をかけてみた。
「何かしら?」
「俺は土魔法が使えるので、屋根とか壁とか隙間埋めるくらいならお手伝いできると思うんです」
せめて隙間風や雨漏りくらいなんとかしたい。小さな子供がいるんだから。
そう思ったけどシスターは慌てて手を振った。
「あなた魔法が使えるのすごいわね!でも魔法使うの大変なんでしょ?私もよくわかってないけど魔力がなんとかとかって。ムリしなくっても気持ちだけで・・・」
さっきの誤解もあってシスターが遠慮しようとしたけど、ジンが笑って手を振った。
「シスター、ここはユーリにやってもらおう。細かいことはわかんねーけど魔法学院の首席らしいぜ?そこらの軟弱な魔法使いと一緒にするのは失礼ってもんだ。そうだよなユーリ?」
どうも俺のまわりには、ホメ殺してコキ使う系のヤツが多い気がする。
自分がやるって言い出したことだし別にいいんだけど。
「ジンの言った通りです。これくらい何でもないのでやらせてもらいますね?」
気遣われる前にさっさとやっちまおう。
俺はシスターと子供たちから話を聞きながら、雨漏りする天井や屋根、穴が開いてネズミやヘビがでる壁、いびつで隙間風が入る窓なんかを補修していく。ついでに壁はなるべく清らかに白く教会っぽくしておいた。
「随分といいな。なんとなく見栄えがよくなった気がするぞ?」
「見た目も大事だからな。目立ったヒビワレとかも埋めといたから」
教会だし。
つぶれそうな建物より少しでもキレイな方がいいだろう。
もっと人が来やすくなればもっと支援してくれる人もいるかもしれない。
「すっげーにーちゃん。魔法つかえんのか!!」
「わたしはじめてみた、すごいすごい!!」
「なあ俺にも教えてくれよ!」
「わたしにもわたしにも!!」
作業が終わると俺は子供たちのヒーローになっていた。
魔法使いは珍しいらしい。
「さあさ、ごはん作ったからあんたたちも食べてきな!」
当たり前のようにシスターから食事に誘われたけど。
「何いってんだ、差し入れしたメシを自分で食ってたら世話ねえよ。子どもたちに食わしてやってくれよ」
「そうですよ俺達これでお暇しますから」
ごはんに誘われた俺達だけど、さすがにそれはダメだろ。
そう思ってたら子供たちが集まってきちまった。
「にーちゃんもう帰っちゃうのか?」
「まほー教えてくれないの?」
「もっと話聞かせてくれよ」
俺も子供だけど。もっと小さい子供たちがまとわりついて離してくれなかった。
ジンをみると、しょーがねえって顔してこっちを見てる。
「じゃあ今日差し入れた分は子供たちに食べさせてやってくれ。俺達には、子供たちが作った野菜をちょっとだけわけてくれねえか?ユーリもそれでどうだ?」
「ええ、それがいいですね。俺は」
キラキラした目の子供たちがまぶしい。
「みんなが頑張って作った野菜を食べてみたいな」
子供たちがキャッキャはしゃいで騒がしくってしょうがない。
次から次にトマトやキュウリをもってきては、畑を作ったときの話とか毎日お水をあげたとかの苦労談をイチイチ説明してくれる。
シスターはニコニコ笑いながら俺達を眺めて。
結局俺とジンは、子供たちが疲れて眠るまで魔法の話や剣の話をして、こどもたちにたまに訪れる幸運、今日のジンの差し入れのようなこと、の自慢話を聞いたりして時間を過ごした。
子供たちがしゃべり疲れて眠る頃には夜も更けた時間になって、俺達はシスターに声をかけてお暇した。
暗い夜道。ジンと二人で星を眺めながらポツポツと歩いて帰る。
「ちょくちょく来てるんだ?」
俺が聞くとジン静かな声で応えてくれた。
「いたのは本当に小さいガキだけだったろ?」
「俺と同い年くらいの子は一人いたかな。他は結構年が離れてた」
「その子は今週でいなくなる。明日あたりお別れパーティじゃねえか?」
ジンは暗い空のもっとむこうの闇を見つめてつぶやいた。
「今日の差し入れってそのためか?」
「そ。最後に肉くらい食わせてやらねえと。楽しい思い出が追加できればその方が幸せだろ?畑の収穫作業を終わらせてから行くんじゃねえかな」
「ココを出てどうするんだ?」
「山を越えた先の街で人工をさがしてるからソコだと思う。計算ができるワケでもないし商売ができるわけじゃねえ、馬に乗れるわけでもねえ。荷物を運んだり馬車に積み込んだりそんな仕事だ。金も安い」
「何かを学んでる余裕なんてない」
「そうだ。体を酷使してボロボロになって将来どうなるかはわからん。そこからのし上がるヤツも稀にはいる。どっちにしてもあの年じゃあもう教会にはいられない」
あの年って言うけど俺より年下だ。
俺は学院で主席だなんだって騒がれてるのに、さっきの子は来週には知らない場所で重たい荷物を担いで働く。
「大きくなった子供を置いておけるほどの支援は出ていないから働ける機会があったらみんな出ていくのさ。自分より小さい子のために」
ここまで育ててもらったことに感謝して。
一緒に住んだだけの血のつながっていない可愛いい弟妹たちのために。
ポツリポツリと話しながら、俺達は王宮から乗ってきた馬車の前までたどり着いた。
「今日はありがとう。ジンのおかげでいろんなことが知れたよ」
「そりゃよかったな。俺で良ければいつでも声かけてくれ。王様にも頼まれちまったしな」
暗い話は終わりだ、と言わんばかりにニカッと笑顔を向けられた。
そういえば礼を言う相手は他にもいたな。
「そういえばさ。ジンはリックって人を知ってるか?」
「どうした?」
「ラノック教授に紹介されたのは、ほんとはリックって人なんだ。面倒見がいい人だからって。でも王様がいろいろと手配してくれたからちょっとその人に悪いなと思って」
ジンはどうしようかなと顎に手を添えて一呼吸おいて。
でもその目はいたずらっぽく笑ってた。
「それなら大丈夫大丈夫」
ついにはカラカラと声をあげて笑いだした。
「ラノック教授が言ってるリックってのは王様のことだぜ?教授は今の王様がオシメしてる時からの付き合いだからな。リックってのは教授が幼い王様を呼んでいた愛称だ」
そういう落ちかよ、だから女王様はずっと笑ってたんか?
ほんとうに年寄りたちはなんってかもう。
俺ばっかりコッパズカシイじゃねえかよ。
ふたりでいったん馬車で王宮へ戻ってゴツい総司令に挨拶をして。キルリスと二人で来た時の馬車に乗って王宮を離れた。
本当は王様にお礼を言いたいけど会いたくて会える人じゃない。
今日も偶然会う機会に恵まれた、というだけだ。
「戻ってくるの遅すぎだぞユーリ!おかげでくだらない軍議まで巻き込まれてしまったんだがね!」
キルリスはプリプリ怒っていたけど、魔法師団の師団長なのでそれ当たり前じゃねえの?スルーすることに決めた。
くだらない、なんて言ったから事務服を着た女性たちのこめかみに血管が浮いてたけど自業自得だ。
「どうだった?子供たちは」
「なんて言えば伝わるかわかんねえけど。どいつも必死でリアルだ。学院のヤツラより100倍必死に生きてる」
「あの子たちは社会からすれば弱者かもしれない。でも弱いわけじゃないからな?」
ちょこんと様子を見にいった俺が何かを言えるワケがない。
勝手に憐れむなんて失礼だ。何もしていない俺が。
昔の俺があの場所にいたなら。フラッと入ってきた金持ちなんて相手にもしない。どうせ何もわかりはしない。
腹が立ったりもしない。眼中に入らない、そういうヤツは。
ただの観客だ。
自分で王様に頼んだんだ。
弱い子供たちの窮状がみたいって。
前世の俺の、少しでも違った未来がみたくて。
「別にいいさ。そのために体をはって見にいったんだろう?」
王様に。リックにお礼の手紙を書けばキルリスから渡してもらえることになった。
次のお話は短めですので今日は2話更新です
(お昼前くらいです)




