第35話 国王陛下の指示
総司令官の部屋に入ると大きくて豪華なソファが主張している。
「さあ座って見ろフカフカだぜ」誘われてるみたいだ。
そのソファでは先客がゆったりと座って楽しそうに会話している。
豪華な服を上品にまとった壮年の男女と体が大きく筋肉質の騎士だ。
あの大きな男が総司令官だろう。俺がこの部屋を訪問したのはこの人に会うためなはずだけど。
先に声をかけてきたのは高貴な雰囲気が滲む男性の方だった。
初めて合う人。でも正体は俺だってわかる。
その横には入学式で目が合った王妃様が微笑んでいたから。
「キミが噂のユーリくんだね。いろんなところから話を聞いてるよ」
そうですよね。
王様ですよね。
「はじめまして国王陛下。エストラント家の長男ユーリです。以後お見知りおきを」
丁寧に臣下の礼をとったつもりだけど。てか他にできないんだけど。
女王陛下にも同じように貴族の礼をする。
「お話するのは初めてですね。いつもシャルロットによくして頂いてますわ」
「わたくしの方こそ、気軽に接していただいて日々感謝しております」
女王陛下は扇を開いて口元を隠された。
「そうですね、あの子も同世代の友人ができて楽しそうですわ」
「わたくしも王女の隣席で勉学に励むことができる貴重な機会に日々胸が躍っております」
これでも宰相の息子だ。やるとなったら猫でもなんでもかぶるぞ。
ぷふっ・・・
女王様の口からなんか聞こえた?
国王陛下が女王様にひじをうって諫めてる。うん。
「そうかしこまらなくてもよろしい。たまたま訪問先が重なってしまっただけで、君と公式に接見しているわけではないのだから。娘の友人と話してみたかっただけなのだ」
せっかく王様がそんなにとりなしてくれたのに。
女王様は俺にかまうのがとまらないようだ。
「それなら明日からはシャルロットの隣で授業を受けてくださいますの?」
扇で隠してるけど完全に笑ってる。
全部バレてるなこりゃ。
「シャルロットがさみしがってましたわよ?私の隣はいつも空席だ、二人で行う実験はいつも先生と一緒だと」
はははは。
どう答えりゃいいのよ?
俺の笑顔は間違いなくヒクついていると思う。
「そうあわてるでないわ。好きな選択ができるのは学院での首席の特権なのじゃろう?十分に活用しておるようでなによりじゃよ」
そういって王様は懐から1通の手紙を取り出した。
ラノック教授からの紹介状!!
「ラノックからキミが望むような体験をさせてやって欲しいと書いてある。ではユーリよ、おぬしは何を望む?」
直接王様に言うような話ではないのだけど。
俺が感じていることは王様がどう考えているかわからないのだから。情報がないのだから判断できやしない。
俺の相手は普通の役人さんでいいんだよリックさんはどこだよ?
「あ、あの、教授からはリックさんという方がいろいろと紹介してくれるからって」
「おおそうか。ラノックはリックについて何か言っておったか?」
「面倒見のいい方だからって」
ぶふふッ。
いや女王様、今はっきり吹き出しましたよね?
「そうかそうかラノックはそういっていたか。それではどのような経験を望むのかな?」
どうにも王様にお願いするしかないらしい。
「それでは弱い子供たちの窮状を。貧民層や孤児たちの現状をこの目で見て感じたいと思います」
俺の前世から比べるとどうだろうか。
この世界ではもっと悲惨だって当たり前なんじゃないか。
「よかろう。ジンよ頼めるか?」
「うけたまわりました、早速これから行ってまいりましょう。私と彼の二人だけの方がなにかと動きやすいのでそれでよろしいでしょうか?」
「無論、お主が思う通りにするがいい。お主ら二人に何かできる人間なぞおるまいて」
「あら」
話を聞いていた女王様が意外な顔だ。
そうではないでしょうと言いたげに。
「むしろ暴れちゃって大惨事、なんてならないようにお願いしますわよ?」
ホホホホホ、と笑い話とも本気ともとれる絶妙な言い方で釘をさされた。
こっちからお願いしてるのだからやりませんって。
「私としてはその様を見てみたい気はしますが気をつけてのぞみましょう。それは後ほどでもできるでしょうし。な?」
ジンさんが俺にウィンクして笑ってる。
な?って言われても。俺は目立たず控え目で大人しいただの子供なんだけど。
「え、ええ、。お望みでしたら・・・でも大したことないですよ。噂ばっかり先行しているだけです」
俺とジンさんは町人風の服装に着替えて、馬車で門を抜けてから少し離れたところで降ろしてもらった。
わざわざ馬車まで用意してもらったのは、身分を隠す服がかなり質素で少し汚れてるシワシワのものだったから。そんな風体の人が城内から出てきたら門番さんに間違いなく止められることになる。
髪もボサボサにして前世っぽくて懐かしい感じ。
あの頃は身なりなんて気にしたことなかった。
「貧民街の通りの奥までいくぞ。これでもココのヤツラからしたらメインストリートだ。これより入るとモメごとにいくようなもんだから勘弁な。コイツラにも縄張りみたいなものがあるんだよ」
「わかりました。気を付けますね」
「あとその言葉遣いなんとかならないか?身なりと合ってないんだよなあ」
いいの?
もちろんそっちのが楽だけど。
確かにどこにでもいるガキになったんだから、言葉もそうだよな。
「じゃ、俺達兄弟ってことでいいか?こっちのが俺も気楽だから」
「いいな板についてるじゃねえか。どこで覚えたんだか」
俺達はさもただの通行人のように、雑談しながらブラブラと道を奥へと進む。
あばら屋の間を通っている少しだけ大きな道だ。馬車も1台なら通れるけどすれ違いは無理くらいの。
道のハジに座り込んでいる子供や怪しい目をしてフラフラと徘徊しているおっさんから、こっちを値踏みするような視線が刺さる。
歩くだけでピリピリした空気を感じる。
それにしてもくせえな。
前世で慣れ親しんだ匂い。
だけれども生まれ変わってからこっち、ここまで強烈なのは初めてだ。
腐った匂い、血の匂い、糞尿の匂いが入り混じって強烈だ。
俺は。自分の世界の匂いだったくせに、あがってくる苦いツバを飲み込むのに必死だった。
「おい大丈夫か?」
「だい・・じょうぶとは言えないけど。すぐ慣れるから。ちょっとダケほっといてくれ」
「どうしようもなくなったらすぐ言えよ。慣れてないと刺激が強いからな」
この臭いだけじゃない。
前世の俺の気持ちが。
這い上がることができない絶望の匂いが思い出されて脳みそをグワンと揺さぶってくる。
生まれ変わって抜け出すことができた、もう二度と嗅ぐことがないはずだった匂い。
俺の中のなにかが負けるな、目をそらすな、と意地をはる。
でも別のなにかが離れろ、近づくな、と警鐘をならす。
自分で頼んでココに来たのだから歯を食いしばる。
フラフラになりながら歩き続けた。
道のハジには泥水がたまったドブからポコポコと泡がわき、動物の死骸が浮いている。
「おいっ!」
いきなり肩を押されて突き飛ばされた。
倒れて振り返ると小さなガキがジンに手を掴まれて抑えられている。手にはナイフ。
「誰の手先だおめえっ」
ガキの腕がどんどん搾り上げられて小さい体が宙刷りになっていく。
「ジンさん勘弁してやってくれよ」
細い路地から声が聞こえた。
バラバラと俺と同じくらいの年の子供たちが10人も出てくる。
一番背の高い銀髪の少年がジンの方へ近づていった。
「そいつ新入りでジンさんのことがわかってねえんだ。悪かった」
そいつが頭を下げると他の子どもたちも頭を下げた。
ガキどものリーダーってわけか。
「おまえんとこの新入りか?しょうがねえな」
釣り上げてたガキをそいつの方へポイッと放るとあわてて受け止めた。
「ほらおまえもジンさんに謝れ」
立ち上がったガキはしばらくジンさんと俺を交互にみていたけど。何も言わずに走って路地へ逃げていった。
「すみません、まだガキで」
「おまえも苦労してんな。俺達は別にいいぞ、な?」
こっちを見て俺に同意をとってくれるから頷いておく。
「ジンさんがよければ。俺もちょっと気が抜けてたんでいいカモだったんでしょう」
「まあそうだな。こいつらはお前より全然弱者だが、だからって油断していい場所じゃない。ちょっと強いヤツが死ぬ典型的なパターンだ。油断してるか、罠にかかるか、裏切られるか」
俺達の会話も聞こえたらしい。
ジンさんから弱者と言われてガキ達がムッとした顔をしている。
「ジンさん?こいつって強いのか」
ジンの顔が悪い顔になってるな。ニヤニヤこっち見てるし。
「らしいな。俺も見たことはねえけど」
「なんだ、じゃあただのハッタリかもしれねえってことじゃんか。新入りに当てられそうになってたしな」
周りのヤツラもニヤニヤ笑う。
この場所には理屈なんてありはしない。
強いヤツが正義で弱いヤツが悪だ。
そしてナメられたらお終いの世界だ。
こいつらをぶちのめす?
この街ごと消滅させるのは簡単だけど、それじゃあここに来た意味がない。
「どうすりゃいいんだジンさん?こいつぶっ飛ばせばいいのか?全員相手か?街ごと吹き飛ばしてもいいけど、そんなことしに来たわけじゃないんだけど」
それを聞いたガキどもが血相変えて文句を言い始めた。
わざと聞こえるように言ったけど。
「なんだとクソガキ」
「フかしてんじゃねーぞ」
「ジンさんの傍から離れらんねえくせしやがって」
すさんだ顔のガキ達が威圧してくる。
でもあまり怒りが湧いてこないのはなぜなんだろう。
学院のときのような気にならない。
リーダー格が声をあげた。
「じゃあ、ちょっとだけ俺の稽古につきあってもらっていいか?」
身を低くしてナイフを構えると、ステップを踏みながら突進してくる。
鍛えた兵士と変わらないほど早い。路地裏の喧嘩なら負けることはないはずだ。右に左にフェイントも混ざっていて、相手はわけもわからず左右から切り刻まれるのじゃないかな。
肉体強化。
身体能力強化。
脚力、腕力強化。
使うのは今の俺の魔法力だけ。
俺は足に溜めた力を爆発させて向かってくるガキへ一気に距離を詰める。
まさか自分が攻撃されるとは思わなかったのか、俺の動きの速さについてこれないか。
一瞬虚に付かれた顔をした相手に腕力強化したパンチを叩き込む。
「ぶへっ?」
強烈なフックでガキの体がギュルギュルと回転しながら3メートルは吹っ飛んだ。
「あっ」
ドサッと倒れ落ちたガキを他のヤツラは目だけで追った。
体が固まったみたいにピクとも動かない。
やっちまった。
もうちょっとこう、軽くふっとばす的なサジ加減だったつもりだったんだけど。
ヤベヤベと思って近づくと鼻からも口からも血がドクドク流れて気を失っていた。
「か、回復っ」
やりすぎだアゴの骨砕いちまった。
全力でヒールをかけるとすぐに元通りに戻る。
「大丈夫か?傷は治したから問題ないとは思うけど」
目をさまして呆然としている少年。まわりがはやし立てる。
「お、おまえリーダーを離せ!!」
「いいから離れろ!!」
なんだか威勢ばっかりでビビって近寄ってこない。
目の前でグリングリン回転させてぶっとばしちまったからな。
「わかったわかった。結構血が流れたからちょっと休ませてやってくれ」
ヤツラを刺激しないようにゆっくり離れてジンの元に戻る。
ジンの顔がニヤついてるのがいやらしいぞ。
「これでよかったのか?」
「さあな。でもやるしかない時はやるしかねえよな」
「そりゃそうだ。元に戻したからいいだろ」
「知らね。おまえ次第じゃねえか?」
リーダーの少年は大人と比べても決して弱くはない。
少なくとも相手に一発入れてサッサと逃げ切れるくらいには喧嘩慣れしてる。
でもなあ。
それ以外のヤツラはただ威勢の良いガキの集まりだ。
「あいつら何なんだ?ストリート・ギャングってやつか?」
「可愛いもんだけどな。あのリーダーが食えないガキ集めて助けてやってんの。ギャングってより助け合いの寄り合いだろ?おまえんとこに突っ込んできたガキもあいつが拾ってなけりゃどのみち死んでるだろ」
「ところであんた随分と顔売れてるな」
あのガキ達とも知り合いみたいだ。
「なに、ちょっとした縁だよ。大したことねえよ」
ん?歯ごたえ悪いな。
そう思ってジンの顔を見ると、わざとらしくそっぽをむいた。
「別に言いたくねえこと聞かねえって。アイツラがどうすれば王国軍の副総司令に縁ができるんだ?って思っただけ」
「なんだ、気い使ってくれてんのか?嬉しいねガキからでも。次は教会にいってみるぞ」




