第33話 教授訪問
ゆっくりとキャサリンが教えてくれた自分のことをかみ砕く。
俺は頭が悪いんだからしょうがない。
聞いたことが腹に落ちてくるまで時間がかかるんだよ。
今でも思う。
何で俺は死んだんだ。
もちろんあのクソ親父のせいだけど、そこで考えを止める俺じゃなくなった。
それだけだったら何としてもあのおやじをブチ殺せばよかったんだ。
クソ親父のせい?社会のせい?そんなの恨みの矛先を探してるだけだ。
あのクソ親父は俺の中で死刑確定なんだけど。
そこは確定事項として置いておくところからだ。
誰かに助けてくれっていえばよかったのか?
クソみたいな教師?役所?ケーサツ?
俺なんかに関わるのがすごく面倒くさそうなヤツラの顔が浮かぶ。
まともなヤツもいた。本気で話聞いてくれた若い警官とか。
でもソイツ本人はどうにもできなくて、紹介してくれた役所の担当者はクズで救いようがなかった。
そういう仕事についているヤツラがみんな善意あふれる人間なワケない。
自分に火の粉がふりかかりそうになったらやっかいごとは全部俺のせいにされた。
結局なんにもならない。
現実を知らないヤツから理屈に合わない説教されて追い払われるだけ。
助けてくれる気もないくせに文句だけ言いやがる。なんだあいつら。
そんなヤツラにペコペコしてすがっても何もならない。
俺は知りたいんだ。
なんで死んだんだ、じゃない。
どうやれば死なずにすんだんだ。
学校の図書館で王国の孤児たちに関する本をいくつも読んだ。
国の保護施設。教会が運営する孤児院。あとは個人が頑張って運営してたりもしてる。
親がいない子供。
親が病や病気で誰も面倒も見られない子。
いろんな理由で身寄りのない子。
放っておけば死んじまうオレみたいなヤツが生き残る方法があるのなら。今からだって、違う世界だって知りたい。
あの時の俺が目の前にいるようで押しつぶされる気がする。
聞かないと。知らないと。
そんな気持ちが頭から離れなくて。
俺はキャサリンから教えてもらった社会学の教授の部屋をノックした。
その教授のことをこっちは知らないけど、俺のことはキャサリンから知られてる。
「どうぞ?」
扉を開くと立派な口ヒゲを蓄えた老紳士が俺を見て微笑んだ。
「やあ、いつか来てくれると思っていたよ。ミスター・ユーリ」
差し伸べられた手を握ると暖かくてほっとして、少し自分が緊張していたことに気付いた。
「はじめまして、でよろしいでしょうか?ラノック教授」
「もちろんだよ。私が勝手にキミを見ていただけだからね。さあかけたまえ」
ラノック教授は初老の男性とは思えない優雅な手つきで紅茶をいれてくれた。
「先生のお話を聞いてみたくて来てしまいました。お時間をいただいても?」
「もちろん、明日の天気から校舎の裏に住み着いた猫が子供を産んだ話、王国の未来から宇宙の終焉まで。どんな話でも時間の許す限り付き合うよ?」
話ぶりがいくぶん大袈裟だけど、この人は本気でどの会話でも真摯に話をしてくれる気がする。
背筋がピンとしておおぶりな身振り手振りが、この人の自信と誠意を伝えてくれる。
でも俺はこんな頭の良さそうなひとに何をどう伝えたらいいかわからない。
やったことないのだから。
何から話せばいいのかわからない。
教授に「どう聞いたらいいか」必死に考えながら、でもすごくタドタドしくて的を得ないだろう質問を思いつく限りぶつけて。それでもやはり教授は一つ一つの問いの意味をかみ砕くように咀嚼してから、真摯な回答をわかりやすくしてくれた。
他国との軍事衝突に魔物の強襲、犯罪組織の謀略。商売がうまくいかず、農作物が収穫できず、金が無い。親がいなくなり、食べるにも困ってしまう子供たちは大勢いる。
孤児院に拾われる子はすごく幸運で、奉公という名で商会に売られてイビラレながら奴隷のように働かされている子、行く先もなく裏通りにたむろっているストリート・チルドレン、橋の上で一日中茫然としている物乞い。
寒くて、腹がへって、刺されて、イビられて、弱い者から死んでいく。
表通りの石畳で舗装された道では立派な貴族の馬車が走り、裏道の泥道には倒れた子供にハエがたかっている。
「その年齢で貴族の子息なのに。弱い人たちに気を配るのは立派なことだよ」
「ありがとうございます。でも俺のはそんな立派なもんじゃありません」
誇り高い貴族に生まれ民衆のことを想い世の平穏を願う、そんな善人なんかじゃない。
俺が知りたいのは俺のためだ。
あの時の俺のためだ。
「世の中はなかなかうまくいかない。今の安定はいろいろな要素ですぐにブレてしまう。しわ寄せは弱い者から順にふりかかるようになっている。気になるならもっと色々なことを知らなければいけないね」
「なんとなくわかります。このままじゃ俺は何も知らないしわからないままだ」
教授はオレのつたない質問にも真摯に興味深そうにきいてくれる。
国王の片腕とか言われた人にはバカさ加減に門前払いされるかと思ったけどそうじゃなかった。
教授から少し待つように言われて紅茶を飲んで待ってると、窓から風に揺れている木々が見えた。
教授は執務机で手紙を書いているようだ。ガリガリと紙にペンを走らせる音が聞こえる。
「さて。あの木々をゆらしている風はどこからきて、どんな効果を世界に与えているんだろう」
あれだ。風がふけばオケヤがどうの、バタフライがどうのだ。
便箋を封筒に入れて封をすると俺に渡してくれた。
「王宮にリックという面倒見のいい若造がいる。これを渡すといろいろな経験ができるように手配してくれるハズだよ」
「え?はい?」
「学問と現実はパンとスープのようなものだ。学んだらそれを活かして実践する。実践したらそれを糧にしてまた学ぶ。パンを食べればスープで口を潤す、スープを飲んだらまたパンを食べる。1ステップ踏むごとに前に進んで知識と経験でお腹が膨れる、そうするといろいろなことが見えてくる」
「ありがとございます。不躾に伺ったのにこんな丁寧に」
「なに、未来ある若者の背中を押すのは年寄りの仕事だ。いろいろな経験をしてくるといい。体験したことを私にも教えておくれ」
なぜだ。
なぜこの人は俺なんかにこんな良くしてくれるんだろう。
何度も頭をさげてお礼して、教授の部屋を後にした。
「さて、この風は何を巻き起こすんだろうね?」
 




