第3話 破壊の後
壁に小さな穴1つ。穴の先はさらに壁を4つ貫通して外までつながっている。
天井に小さな穴1つ。こちらも3階分の天井を貫通して空までつながっている。
この屋敷の当主の顔面は俺の拳の形に陥没。
渋い美形がぐちゃぐちゃに崩壊。
かろうじて生存。ほっとけばすぐに死ぬ。
俺を招いてくれたご令嬢の頬に一筋の傷。血がだらりと垂れる。
部屋はギャングが集団で押し入ってきて大暴れしたような惨状。
これは警備隊だとか警察だとかが出動するヤツじゃないか?
できる限り証拠を消したいとか思っている俺が悪役なんだろうなあ。
それでも毒気が抜かれた俺はこれ以上攻撃するなんて無理。
どうしてもベソをかいてるキャサリン嬢が俺の敵だと思えない。
殺していい相手だと思えない。
そんな考えが甘い?
自分に問いかけてもだれも答えてくれない。
証拠を残さず消えること、この惨状を元に戻す便利な魔法を探すのでせいいっぱい。
『壁の穴と天井の穴は土魔法でふさぐことが可能です。男と女の傷はそれぞれ自分達の回復の魔法で戻すことも可能です。ですが。』
神様の御使いナビゲーターが状況を教えてくれる。
魔力が足りてない。わかってるよ。
心の中で神の言葉へと反発してしまう。
『<力の顕現>を使用する必要があります。それには魔力量が全く足りません。今すぐ寝込んでも明日の朝にならないと状況を回復できません。』
わざわざ口に出されるのはムカつくけど体力も魔力も限界に近くてそれどころじゃない。ぶっちゃけ視界はグラングランと揺れている。
意識を手放してしまいたい考えることを止めたい。
もうこのまま逃げる?
それで俺の秘密は大丈夫なのか?
グルグルと頭の中で考えがまとまらない、その時。
「仕切りなおし・・・」
キャサリン嬢が小さな声でつぶやいた。
ヒックヒックとうずきながら涙でベチャベチャの目元を一生懸命拭う仕草は小さな女の子のように見える。
「こんど仕切り直しするから」
2度目の声ははっきりと聞こえた。
決意した声で。
「今日はもう帰りなよ」
俺から目をそらすように、倒れている父親の傍によっていくと彼女の手から<回復>の魔法が流れ始めた。
キルリスの顔の形が戻っていく。ビデオの逆再生みたいに。
幸い?まだ死んでないらしいしこれなら殺人罪にはならないよな?
「帰ります。仕切り直しの話はまた今度」
俺の方が見逃してやってるんだぞという虚勢をはって退室する。
けど足がふらついて倒れそうだ。弱いところを敵に見せられない。内心はバクバクだけどキルリスが目覚める前に消えなければいけない。
今の状態で復活した大魔導士と上位魔導士の相手なんてできるわけがない。
すぐ再戦になれば俺はイチコロで負ける気まんまんなんだから。
応接室の扉を閉じる瞬間に見えたのは。
ボロボロになった部屋と倒れている当主。
血を流して泣きながら父親に回復魔法を施すお嬢さん。
え?
何ですかこれ?
この惨状は誰がやったんですか?
俺が敵認定したこの二人はつまり悪人なはずだ。
しかしこの状況をみていると、まるで悪人は俺なのでは?
不安でドキドキする。良くない想像がパレードして頭をよぎっていく。
よく考えてみるとこの二人が言っていたことは嘘じゃない気がしてくるのだからもう振り払えない。
いやだ、俺は悪くない、俺は間違っていない!
だいたいこいつらが悪人じゃないなんて決まってない、いや絶対に悪人だ。
俺を利用しようとした悪人を成敗しただけだ!
焦りと冷や汗を背中に抱えて俺はそそくさとベッシリーニ邸を後にしたのだった。
帰りの馬車の中。
「なんだか大変でございましたね」
執事セバスは事の詳細を知らない。
何が起こったかを直接見たワケではないので、誰が何したかもわかっていない。
セバズからすると、人が吹っ飛ばされる激しい音が隣の部屋から何度か聞こえただけだ。
何も知らないしわかってない。
「そうだね。なんだかあちらもバタバタしていたみたい」
俺はいなかった、見なかった、待ってただけ、いつの間にかすごい音が何度かして家主と娘と邸宅がボロボロになっただけ!
セバスのように"わかる"大人には下手な嘘は藪蛇だ。なんだかわからない・知らないで押し通すしかない。
「いかがでしたか?キャサリン嬢は?」
サラリと会話を替えるのはセバスの気配りだなあ。
そういえば今日は家庭教師候補キャサリンさんを確認するための訪問だったのだ。
は・は・は。
もうワケがわからない。
キャサリン?
泣き虫。
他に何も知らない。わからない。
「一体あの人達は何なの?悪人?」
俺が尋ねるとセバスは吹き出すように笑った。
「あの方たちが悪人ですか?そうですね、もういいでしょう。なるべくお坊ちゃまの素直な声を聞いた後に教えるようにと、旦那様からおおせ仕ってましたが」
この前置きはすごく嫌な予感がする。
ここは純真な子供の立ち位置一択で話を聞くしかない。
セバスも父も気を遣ってくれたんだね。相手のこととか父親の関係とかそういうことで俺が気持ちを出し辛くならないように。
「それで詳しいことを教えてくれなかったんだ。ありがとう気を使ってくれて」
「今日はキャサリン嬢のお父上ともご挨拶されましたか?」
悪人でしたと言えるわけもない。
「うん。立派な人かと思ったら変な人だった」
能力のことは俺以外知らないのだから、悪いやつらが俺を狙う理由が説明できない。
子供っぽい俺の返答にセバスはフフフと笑って続きを教えてくれた。
「そのようにお感じになりましたか。あの方はキルリス・ベッシリーニ様。王国きっての大魔法使いです」
大魔法使い。
やはりという気持ちと、ワンパンでぶったおしたせいか「そうなの?」という気持ちが交差する。
「なら王国で一番ってこと?」
「そうなります。そして王国で一番ということは坊ちゃんが入学試験を受ける魔法学院の学院長であり、王国軍魔法師団の師団長ということです」
随分とこれからの進路に関係する人だ。
そういえばアイツ、自分の生徒になるとか言ってなかったか?
あー・・・・偶然じゃないのか?
「キャサリン嬢はキルリス様の一人娘。3年前に魔法学院を主席卒業、魔法師団入りして頭角を現し現在は魔法研究所長をされています」
なんだかお腹いっぱいになってきた。
「魔法学院でも臨時講師をされていますね。ご本人は「父親にコキ使われている」と嘆いていらっしゃるそうですが」
笑うセバス、だがこっちはそれどころじゃない。
とても二人に謝りたい気がしてきたのはきっと気のせいだと考えを巡らせるのに必死だ。
だって立場があるからいいヒトってわけじゃない。なんなら偉いヤツの方が便利な力を利用しようとする悪人ばかりだろう。
「キルリス様のお家柄は貴族としての爵位はありませんが、王の懐刀ですから貴族待遇です。実質的な地位は侯爵待遇ですので我がエストラント家と同格になります」
え?
つまり俺は王様から信頼の厚い大物大魔導士をぶん殴って殺そうとしたってこと?
あのおっさんがチクれば王宮に対して反逆罪的な何かを着せられちまうのか?
「王国一の魔導士として魔導士団を任される際、国王に魔法を軍事から生活利用へと転用することを進言されました。そのための研究所を魔法師団に組織することに奔走され、国の行く末を見据えた教育にも積極的です。旧態然としていた魔法学院の学院長にも任命され大改革を行ったのはここ数年です。キルリス様の王宮での評価は公明正大な人格者であり改革者、彼が今の地位についてからの王国は魔法学も自然科学も飛躍的にレベルがあがり国民の生活も・・・」
セバスの説明はさらに続いたけれども、これ以上はお腹いっぱいでナニも入ってこなかった。
ガシャガシャガシャ・チーン!
タイプライターで打ち出したような記事は俺の想像の中だけだけど。
できあがった新聞の見出しが思い浮かぶ。
凶悪な悪人が善良な有力貴族の家庭で大暴れ。住人を殴り倒し邸宅をボコボコにして馬車で逃走中。
大事件発生すぐに警備隊に通知して捕縛すべし!
問題はその悪人が俺だってことだけど。
信頼するセバス。
俺は生まれて初めて彼の言葉を信じたくない自分を発見した。