第29話 授業での揉め事
教室に戻ると誰もいなかった。
初日だしもう帰ったのか?
そう思って窓から見渡すと魔法訓練場あたりにうちのクラスのヤツラが集まっているから魔法実技の授業なんだろう。なんだよまだ授業中か。
帰ろうかと思ったのに。
ブラブラと訓練場へ向かってみる。
シャルロットがマトに向かってファイアーボールを撃ちだしたところ。ちゃんとあたった。
受験の時もそうだったしキチンと鍛錬してる証拠だ。
まわりからは歓声半分だけどなんだか反発してるやつらもいるな。
「王族なのにあんなもんかよ」
顔に出てるし多分声にも出してるだろう。生意気そうで体がでかい男子が吠えている。
典型的なガキ大将。
「あの程度だから首席じゃないんだぜ。全然たいしたいたことないよな」
さすがにシャルロットにも聞こえたのか。なんだか揉めはじめた。
俺はその様子をグラウンドの反対側のベンチからボンヤリと眺めることにする。
ガキの意地の張り合いに巻き込まれたくない。バカらしい。
「主席のアイツだってどうせ大したことねえぜ。入試の時だって埃で何だかよく見えなかったしよお。まりょくぼーはつ?ロクに魔法使えないなら偉そうにすんなってんだ」
王女の次は俺のことみたいだけど、いいこと言うなあ。
拍手してやる。主席の悪口は大歓迎だ。
主席なんてたいしたことないぞ、その通りだからソレ広めてくれ。
そんな感じでノホホンと見学。
完全に野次馬させてもらうことにする。
大したことない主席はお前が代わりにやってくれって。目立ちたいヤツがやりゃいいだろうに。
だけど聞いてたソフィアがクソガキに喰ってかかったようだ。
どんどんガキ大将にせまって何だか文句を言っている。
そんなことしなくていいのに。
もぉーーーー、しょうがないな、あいつは。
バカはほっときゃいい。
そしたらガキの仲間みたいなヤツラがぞろぞろと十人もでてきてソフィアを取り囲んだ。
ヤイノヤイノとソフィアに罵詈雑言浴びせてやがる。
取り囲む輪がどんどん小さくなってソフィアが囲まれていく。
もう彼女の声は聞こえない。
集団が喚き散らすガキの大声だけになる。
おいおい、と思っていたら。
シャルロットが無理やり輪の中に入っていった。
ソフィアの応援にだろうけど、シャルロットの声もすぐに周りの大声にかき消されていく。
「キャアっ!!」
随分密になって取り囲まれて、押されたのか体を当てられたのか。
ズル賢いやつらは王女や同級に直接暴力をふるいはしない。
それでも。
取り囲んで偶然を装って言葉でも体でも圧かけてるのに違いない。
ここでも集団かよ。
おいオマエら。
誰にやってるかわかってんのか?
イライラが止まらず心がむき出しになる。
怒り狂った前世の俺が心を食い破って頭を支配する。
目つきも感情も。世の中全てからハジかれてすべてが敵だった頃に戻っていく。
クソ虫どものくせに集団で力を持った気になってやがる。
だけどな。
今の俺には負けない力があるんだ。
取り囲んでいるのはシャルロットが委員長になって拍手しなかったやつらばかり。
王女に対してなぜ態度とってるんだアイツら。
「彼らの親は第一王子を次の王に推している派閥だね。とくにあの体の大きな子の親御さんはキミと同じ侯爵だ。金まわりがよくて、まわりの貴族は頭があがらない人も多い。あの取り巻き連中はその「頭が上がらない貴族」のご子息だ」
いつの間にか後ろへ寄って来たキルリスが説明してくれた。
「あんた学院長だろ。あれをほっとくのか?」
「子供の喧嘩に大人がでるのもよくないからね。だから講師も様子を見ている。人間関係の揉め事なんて死ぬまでついてまわるのだから、それも含めての情操教育だよ。だから」
なんだよ。どうせ面倒なこと言うんだろ。
「だから、子供のキミがあそこに入っていくのも普通のことさ」
キルリスは肩をすくめながら離れていった。
しょうがない。
王女様はあんなことに負けるタイプじゃねえだろうが。ソフィアはただ普通の女の子だ。
俺なんかを友達だって言ってくれる優しいヤツだ。
あんなヤツラに囲まれているのは許せない。
俺の仲間を、友達って言ってくれるツレがあんな目にあっているのを許せるわけがない。
「なあ、おい」
俺はズンズン近づいていって一番大きいガキ大将に声をかける。
「どうしたんだ?おまえらうちのソフィアになんかしてんのか?」
ソフィアの不安げな表情が一気に明るくなった。
「なんにもしてねーよ。首席が能無しだって本当のことを言ったらこいつらが文句いってきただけだぜ?」
ニヤニヤへんな笑いかたすんなよ。
本当に小学生か?
イヤな思い出がよぎる。
「ほんとうだよな。その能無しの首席より頭悪いヤツラって虫けら以下だわ。ああ、虫だから女を囲んでブンブン飛び回ってうるさいのか?それしかできないから」
俺の目も顔も。
きっとコイツをなめくさった顔して笑ってるに違いない。
俺も前世からヒトをイラつかせるのは得意なんだ。
「なんだと?おまえ、もういっかい言ってみろよ!」
ガキ対象の顔が真っ赤になって目が血走る。
ムシ扱いが随分腹立ったか?
「ただですむとおもってんのかよオマエ!」
胸倉つかんですごまれてもなあ。
本物のクズの大人から散々脅されて殴られてきた俺だぞ?
迫力のかけらも感じられなくてむしろ笑えるわ。
「じゃあ俺もおんなじこと言ってやるよ。おまえ俺の身内に手え出してただで済むと思ってんのかヨ?」
「思ってんよこの能無しが!!」
クソガキの手の平にファイアーボールの火の玉が現れた。
ガキ大将なりに他人を暴力で従わせる技は鍛えてんだな。
それで?俺をぶん殴る気か?
他の子供なら半殺しってところだ。
顔面にやけどのあとが残るかもしれない。
ガキはキレると手に負えないな。
よっぽど親の躾ができてないらしい。ムシから昇格して野犬みたいなヤツだ。
「この距離なら外せないぞ。よく狙えよ?どうせあたらないけど」
ニヤついてあおったら速攻で俺の顔面に火の玉をふりかざしてきた。
思いっきりの本気でぶんなぐるヤツ。
でも俺からすればスローモーションだ。
ゆっくり過ぎて遅すぎて。
そういえば武の才能もボーナスだとかナビゲータが言ってたな。
<身体強化>
後から出しても俺のパンチの方が余裕で先にあたる。
俺は思いッきりふりかぶってヤツの顔面にパンチをぶち込んだ。
ゴッンっ!!
殴られたガキはそのまま十メートルも吹っ飛んだ。
飛んでいく様子がスローモーションのように流れて、その先でゴロンゴロンと何回転も転がって止まる。
さんざん二人をののしっていたヤツラが唖然としてかたまった。
沈黙。
そんな大したことねえよ。
顔面砕けて骨も何本か折れただけだろ?
周りがビビッてオーバーなんだよ。ここが敵地ならこのままトドメ刺されて死ぬぞ。
「おい、ボスは吹っ飛んだぞ。次はどいつだ?」
ヒッ、と声がして取り囲んでいたヤツラが後ずさる。
「かかってこないのか?」
誰もしゃべらない、謝罪もない。
ガタガタ震えてるだけ。
それで?
許されるとか思ってる?
「それならこっちから行けばいいんだよな?」
おれはボスガキに一番ひっついてた腰ぎんちゃくに近づいていく。
まっさきにソフイアを取り囲んだヤツだ。
「悪いガキはお仕置きだ」
間髪いれずに顔面に平手を打ち込んでそのまま後頭部から地面にたたきつけた。
気を失って泡ふいてやがる。
せいぜい頭蓋骨が割れたくらいだっての。
「俺はな」
残っているヤツラに睨みをきかせて宣言する。
この場にいる全員にハッキリと聞こえるように。
昔の顔の俺がクズ野郎どもに向けて。
「集まって脅せばなんとかなるって思ってるヤツラが死ぬほど嫌いなんだ憶えとけっ!」
そのままとなりの女の頭を掴んで地面にたたきつける。
大きな音がして地面に頭がめり込んで気を失った。
「安心しろ?俺は男も女も差別しねーから」
逃げようとするやつ、震えて固まって動けないヤツ。
ビビろうが泣き出そうが。
どっちにしてもそんなことで止まる俺じゃない。
ひとりづつ引っ捕まえて潰していく。
これでも死なないように随分威力落として撃ってるんだから感謝してほしいわ。
やった後はポーションかける治療サービス付きなんだから。
取り囲んでいたガキどもが全員地面に陥没したころ。
最初の悪ガキのそばにもしゃがみこんでポーションをかけてやる。
ケガさせたとか後でウルセエこと言われても面倒だし。
証拠隠滅しとかないとな。
気が付いてキョロキョロして。
俺に向けて叫んだ。
「お、おまえ、憶えてろよ!親父にいいつけてやる!!」
取り巻き連中に安心の雰囲気がながれる。
そうか、こいつの親父は侯爵で権力者だ。
だけどな。
かっちょわりい。それを本人がわかってない。
親父?どこの大人連れてくるのよ。
俺を苛立たせようとわざとやってないか?
いいぜ、連れて来いよ。
ガキをなぐる大人をココに連れてこい。
大っ嫌いな前世をシリーズで再生してくれる。
俺を怒らせるためにやってるなら大成功だ。
いいぞいくらでも受けてやる。
あの頃の俺の分までしっかり相手してやる。
「いいぞおまえら。誰か呼ぶならすぐココに連れてこい。来るまではおまえらのお仕置きが続くから急げ。くさった根性をたっぷり矯正してやる」
クソガキの髪を掴んで釣り上げるとビビッて顔が凍り付いてやがる。
そのまま仲間のガキを見渡して宣言する。
「下っ端のヤツラ。早く大人っての呼ばねーと俺は知らねえぞ、こいつが生きてる間にな」
グーパンをガキ大将の目の前に見せる。
「俺のグーパン痛いらしいぞ。死にかけたヤツもいるしな。知ってるか?」
キルリスとか。
泣きそうな目でこっちを睨むこいつは知らないな。
「大丈夫だケガしても証拠が残らないようにすぐ直してやる。安心して反省しろ?」
思いっきり横っ面をぶん殴った。
今度は軽くだから5メートルくらい吹き飛んだだけ。
それでもあごの骨割れたろ。
ちかづくとまた気を失っていた。
ポーションをジャブジャブとかける。
最上位のポーションだ、あっという間で巻き戻されるように顔が戻っていく。
なおったところで、ペチペチとビンタして目をさます。
「お、目をさましたな。じゃあ次いくから。ちゃんと歯をくいしばった方がいいぞ?俺の経験上だっ!」
何度繰り返しただろうか。
怯えた目から、涙をながして悲鳴をあげて、最後は何も考えない絶望の目をするようになった。
コイツはこれ以上やっても意味なさそうだ。
「じゃあ次のヤツだ。安心しろ傷ひとつ残さず治すから」
そういって振り返ると、やつらの仲間は誰も残っていなかった。
コイツにかまいすぎたか。
残ったのは我を失っているクソガキ。王女とソフィア、あとは傍観者。
俺にとっては傍観者はただの風景と同じ。
舞台にあがってない。だから相手する価値もない。
「あなたね。これどうするのよ?」
シャルロットがわざとらしくあたりを見回して非難めいた顔でこっちを見た。
「なんだよシャルロットさ・ま。悪人どもはせーばいしときましたよ?」
言い方が気にいらないんだろう。
イラッとした声をあげる。
「やりすぎじゃないの?人の心とか慈悲とか持ってんの?」
面白い質問するなあ。
そんなの即答だ。
「あるわきゃねえよ。そんなもんとっくに死んでんだこっちは」
殺してないだけマシだろ?
わかんねえかな。
「なに言ってるんだキミは。こんなのおかしいだろう!」
副委員長のダレスが前にでてきて俺に文句を言い始めた。
クラスの委員長と副委員長から弾劾されるのかよ。
マジメなヤツからも嫌われるのは前世と同じだ。どう思われようと関係ない。
でもな?
シャルロットは俺に何かを言う資格はある。
だけどおまえにはない。
「おまえは女の子二人が集団で囲まれたのに見てただけなんだろう?」
風景が口をきくな。
「い、いや、それは、そうだけど」
「安全になったから出てきたのか?それともおまえ実はあいつらの仲間か?」
「そんなことあるわけない。おれは副委員だから・・・」
「じゃあ、なぜ副委員のおまえはさっき見てただけなんだ?なあ教えろよ。おかしくないか?」
風景になるのがイヤだったら何で舞台にあがってこないんだ?
そのくせ安全になったら出てくるのか?
「そうかもしれない、けど。だけどこんなに。だって、キミだったら」
意味のわかんねえこと言われて聞く気もしない。
どうも、こいつらとは考えてるレベルがあわない。
おこちゃまの思考につきあってられないわ。
こいつを追い詰めるつもり俺にはない。
コイツが別に何かしたわけじゃないし。
ただ俺には風景と会話する理由がない。
「じゃあ、どうしたらよかったか教えてくれよ?」
ダレス目には涙がたまってる。
ガキには10年早かったか。
そんなんじゃないんだけどなあ。
「答えが出たらでいいから、俺にも教えてくれよな。頼むよ」
風景くん。
そんな回答があるなら誰も苦労しないというのに。
あるなら本気で教えて欲しいからそう伝えたけど、単に自分が責められてるとしか感じないだろうな。
ワルガキたちへのお仕置きは随分手加減したんだけど。
前世の俺は死ぬまで撲られて死んじまったけど。こいつらは傷も治って無事に生きてるじゃないか。
それで何もしなかったヤツラまでグジグジと言い出しやがるのかめんどくさい。
「じゃあ帰るわ。大人っての誰も来ないみたいだし」
なんだかこいつらに関わるだけ無駄だっつーのはよくわかった。
やっぱりまっすぐ帰ればよかった。
「あ、あの、ユーリ!!」
ソフィアがシャルロットの後ろから声をかけてきた。
少し震えてる。
「ソフィア、無事でよかったね」
「あ、あ、ありがと・・・ちょっとだけユーリ怖かった」
「そうか、そうだね。ごめんね」
他のヤツラに何を言われても気にもならなかったけど。
ソフィアに震える声で言われるとショクだった。
うつむくと握った俺の拳はくそガキの血で真っ赤に染まっていた。




