第28話 進路指導室のコーヒーはインスタント
「まあそこに座れよ」
進路指導室では椅子をすすめられて講師ゼグシーがコーヒーを入れてくれた。
「インスタントだけどな。ミルク?シュガー?」
「ブラックで結構ですよ。ありがとうございます」
あーうまい。教室では今でもシャルロットが委員決めに奮闘してるだろ。
ざまあみろだ。
こっちはむさいオッサンと一緒だけどコーヒー飲んで優雅なひと時だ。
「どうだった?クラスは」
「子供の集まりならあんなもんでしょう。それなりのヤツらと陰気なヤツラ。次席が王女様で席が隣ってのはビックリでしたけどね」
ゼクシーが「おまえも子供だろ」笑ってから。
真面目な顔でこっちを見た。
「あーーー・・・、先に言っとくわ。俺、学長からおまえのこと頼まれてんだよな。それで知っとかなきゃまずいことは少しまあ知ってんだわ」
そんな感じかなとは思った。
担任と生徒って関係とはなんだか違うし。
悪い気がしなかったのは隠さずにいてくれたからか、それともこの人のキャラのせいだろうか。
「先に教えて貰えたので問題ないですよ。後だしされるとやっぱりイヤな気分ですから。口の軽いキルリスは後でシメておきますけどね」
誰が知ってるのかくらいは教えておけって。
敵か味方かわからねえぞ。
「聞いてるぞ学院長とのこと。頼むからクラスで腹が立っても相手を殺すなよな。学長だから死なずに済んだけどクラスのヒヨコ達なら一瞬であの世いきだわ」
眉間に指を立てて見せるから破壊光線(?)までご存じのようで。
ホントになんでも知ってる。
「さすがに子供を殺す趣味はありませんよ」
キルリスとは死ぬか生きるかみたいになっちまったけど。
それはアイツが悪い。うん。
「それでいい。あとお前も死ぬなよ?おれも近くでガキが死ぬところは見たくない。お前なら大丈夫だと思ってるけどな」
「そのつもりですよ。ははは、困ったら助けてくれますか?」
「俺の生徒だからな」
ダレスは真面目な顔で間髪いれずに答えてくれた。
「というわけで。お前は生徒会の副会長やれ」
なにが「というわけで」だ。
全然理由になってない。アホくさくて笑えるけどいいさ。
頼る気は毛頭ないしホントに助けてくれるヤツなんていない世界だけど。口だけでも言ってくれたんだから。
「主席になった時にそれくらい来ると思ってたんでやりますよ。顧問の先生は?ああ、やっぱり」
クイッ、クイッ、とゼクシーが親指で自分をさしている。
「先に言っとくけど俺は何もしないからな。クラスは王女様がやって生徒会は会長とおまえがいれば何とかなるだろ?」
すがすがしいほどに堂々と何もしない宣言するからこれも笑うしかないじゃねえか。
信頼されてるようにも聞こえるのは、たまに見せる顔が真面目でひたむきだからだと思う。
「そういえば会長って誰ですか?知らない人だとは思いますけど」
「昨年の首席だよ。そんで今もお前らのひとつ上の学年の首席だ。名前くらいは知ってんじゃねーか?タペストリー家のフローラ嬢」
「北部地方の侯爵のご令嬢ですよね。かなり大きい領地だったように記憶してます」
貴族名鑑がここでも役立つ。
広大な領土は北の大国と接していて防衛線の要となっている。
北方の大森林に続く、いわゆる辺境の土地の領主。
それなのに農作物に木材や鉱石、それらの加工品でも有名な産地だ。
「その通り。領地が広いだけじゃなく豊かに繁栄させている名君の娘だ。あそこの領主は新しいことを次々に打ち出して結果を出すから王の信頼も厚い」
「なんだか面白そうな人ですね侯爵様。一度どんなことやってんのか見てみたいな」
豊かってなんなんだ?よくわからない。
でも腹いっぱい食えることじゃないかって期待しちまう。
一番下の、俺みたいな立場のヤツだって腹いっぱい食えるようになるのだったら。
そんなことができるヤツがいるなら、どうやるのか教えて欲しい。
「だったら会長と仲良くなって頼めばいいじゃねえか?あの侯爵はとにかく飛びぬけたヤツが大好きな変人だからな。おまえだったら喜んで迎えてくれると思うぞ」
「ダレス講師。うちの父を変人扱いするのはやめてください」
いつの間にか後ろの扉から背の高い美女が入ってきていた。
長く赤いストレートの髪。落ち着いて理知的な雰囲気。
キャサリンが落ち着いたらこんな感じだろなあ、キャサリンも美人だけどドジッコだし大きく口をあけて笑うし。そこが好きなとこだけど。あの笑顔のおかげで張り詰めてもホッコリほどけるんだよな。
「ユーリくんよろしく。生徒会長をやっているフローラだ。家柄なんかは一部の中傷を除いて今先生から紹介された通りだ」
握手を求められたのでしっかり握り返す。
指ほっそい、ながい、そして白い。
白魚のような指ってやつだ。
キュウッて音がなりそうな、しっかりした握手を交わす。
握った手が気持ちを温かくしてくれる。
「よろしくお願いしますね先輩。なんにもわかんないですけど、やるからにはちゃんとやりますので」
「キミなら大丈夫だろう?それより学院長を抹殺しかけた技をちょっと伝授してくれないか?」
・・・なぜにご存じなのですか?
「ゼクシー講師。なあ、どういうことかな?それもこれもあのキルリスのおっさんの口が軽いせい、ってことで合ってる?」
ギロリンとゼクシーに目を向けるとあわてて手をふられた。
俺の担任のゼクシーや王女のシャルロットがしっているのはわかる。
でも普通に生徒が知ってるっておかしくないか?
「すまない怒らないでくれ。口を滑らせた私が悪かった、のか?他言しないように言われたがキミに直接言うのは止められなかったぞ?うちの父が王様から直接教えてもらったから知っているのだけど。他人には言わないから安心してほしい」
知らないところで俺の情報が勝手に流れていく。
こんなに広まってるのは本当に大丈夫なのか?
それに俺のことがどんな風に伝わってるのかわからないから困る。
「それならそれでいいですけどね。でもフローラ会長からしたら、そんな危ないヤツとは近づきたくもないんじゃないですか?俺はクラスで暴れん坊扱いですから」
「そんなこと本気で気にするのかキミは?それは王都でノホホンと暮らしてるヤツラはビビるのかもしれない。だがうちの領地は魔獣は出る、他国はちょっかいかけてくる。兵士達はみんな暴れん坊だし可愛いものだ」
おっと。
少し会長の領地が羨ましくなってきた。
いいな田舎は気ぃつかわなくて。
「ユーリは王都よりもうちのような辺境爵の方があってるだろう。いつでも歓迎するからな?」
こっちで面倒なことになったらこっそり雇ってくれねえかな?なんて考えていた気持ちがバレたのかもしれない。俺が敬礼みたく腕をコメカミにあてるとニッコリ微笑んでくれる。
「よしわかった約束だぞ!王都がイヤになったらうちに来ることが確定だ。さっさとこんなゴミゴミした街は卒業してしまおうな!」
ガバリと正面から抱きしめられた。
女性から、というよりなんだか頼りになる姉御から抱きしめられたみたいな。なんかうれしいこれ。
「ついていきますから逃げないでくださいよ会長!」
「よしついてこいユーリ!」
・・・コホン。
ゼクシーがすごくわざとらしく咳払いをひとつ。
「あのなユーリ。お前今バリバリにスカウトされたの気づいてるか?」
「え?」
「ゼクシー講師、安心してくれこれでも私は年上だ。若い芽をいきなり摘み取ろうなんて考えるワケがない。彼が王都を嫌になったらの話だ」
スカウトかあ。
この人にされるならいいかな?とか思っちまう俺がチョロいのだろうけど。
利用、されるのか?
なんだかよくわからなくなった。
「そうだ他にもあったな。王都は嫌いにならなくても私と好き合ってタベストリー領にきてくれるかもしれないな。もちろん歓迎するよユーリ」
美人さんから真面目な瞳でジッとみられると、ダメだ、恥ずかしくて自分が赤面しちまうのがわかっちまう。冗談をうまく返せない自分がまだガキだ。
「からかわないでくださいよフローラ会長」
「そうか?ユーリがそう思ってるなら今はそれでいいけど・・・それとユーリ?私はフローラだ。そう呼んでほしい。なにせ私も昨年の会長をさんざん呼び捨てにしていたから誰も不思議には思わないさ」
「そうですか?ならこれでいいんでしょ?フローラ」
会長は白い頬をちょっと赤らめて嬉しそうに微笑んだ。
正統派美人にそんな顔されるとフラフラッとくる。
「よろしく頼むよ。私は次の授業が面白そうなのでこれで失礼する。ユーリとはまた明日放課後に生徒会室で会おう」
会長はもうこちらを振り向かずにかけていってしまった。
綺麗で透き通るような印象だけが残る。
きっぷがいい人だなあ。
「なあユーリ」
ゼクシーの苦笑い。
ホンワカした自分の気持ちの余韻が現実に戻ってちょっと恥ずかしいぞ。
アンタがいるのに油断した俺が悪いけど。
「なんですか?」
「お前ってモテるヤツか?」
そんなワケないだろうが。
彼女なんていたことないぞ俺。
バカにしてるワケじゃないとは思うけど。
ああいやそういえばこの前・・・のは子供同士の仲良しのチュー、だ。俺がモテるわけがない。
初めてできた仲間だ、そんなの思っちゃソフィアに失礼だ。
「え?何いってんですか。彼女とかいたことないですけど」
「じゃあ何だ、自分の状況わかってない系だな?」
「なんだよ、いいたいこと言えよ」
腹を立て始めたユーリを見てゼクシーは両手をあげてバンザイするしかない。
お手上げだ。
魔法大国である西の王国の最高学府に主席入学で2元素持ち。王の右腕の宰相の長男。
それだけで同世代の子女を持つ貴族は彼に注目しているだろう。そして他国の諜報員にも将来性をチェックされているに違いない。
だが実際のこの少年はそんなものではない。魔導士団の師団長キルリスとやり合える世界トップクラスの実力をもつ魔導士なのだから。放っておくほうが無理という話だ。
「おまえがモテモテで羨ましいっつー話だよ。それで危ないのは、誰かに利用されそうで危ういところだ」
「俺が利用されるってのかよ。だったら王様だって俺を利用したいんだろ?」
だってそうだろう。
俺はその王様ってヤツのこと知らない。
自分に都合のいいやつに俺の情報を流している。
目の前のゼクシーも、シャルロットもフローラ会長も悪いヤツではなさそうだけど、見たこともないヤツのことを信じるほど甘いつもりはない。
ゼクシーは真面目な顔で「お前ほかで絶対に言うなよそれ」苦い顔した。
「なあ、みんな俺を利用としてんのか?お前も?」
「俺自身がそんなことないと言っても意味ないだろ。お前が「こいつなら」って信じるかどうかだけだろ?」
言っていることはよくわかる、まさに悪人こそ「俺は大丈夫」なんて平気で言う。
そして信用させてボロクソになるまで利用するのが手口だ。
結局は自分で信じられるか考えるしかない。やっぱり考えることだらけかよ。
「そういうこと。お前の人生にそういうヤツが現れるかどうかは俺にはわからん。見つからなくても俺のせいじゃねえぞ」
「なんだよそれ、ひっでーな」
二人でゲラゲラ笑いあった。
それからゼクシーはワザとらしく足を組んで顎を突いてスカした顔をする。
「それが嫁さんだったら最高だよな。世界中を敵に回したっていつもお前を信じて一緒に居てくれる女だ。他のヤツラは知らねーけども疑り深いお前にはそんな情が深い女があってるかもな」
想像もできない縁の遠い世界の話だ。
誰かと一緒になるなんて。
俺を信じてくれるなんて。
たぶんそんな世界に生きたら、俺はどうすればいいのかわからなくて呆然とするだけだ。
「言い忘れていたが首席入学者は授業参加するか自由だ。出たい授業だけ出ればいいぞ。暇だったらココを使え。コーヒーは無くなったら気付いたヤツが買うルールだからな」
指導室を出ると春の気持ちの良い風が吹いてた。
とりあえず授業に出てみようか?




