第241話 呼び方ひとつだって
陶器の湯飲み。
出されたのは前世の日本のお茶と同じだった。
熱すぎない温度で甘さも感じる。
俺の知ってるお茶はこんな高級っぽくなくて。金の無いジイさんたちと橋の下でベコベコのヤカンで沸かした出がらしだった。
「おいしいですね。それにホッとする」
「そう言っていただけますか?それでは王国でも飲めるようにヤスキリ商会から届けさせますよ?」
ヤスキリ商会ご存じですよね、と当たり前の顔して言われた。
ガリクソン商会とも取引がある茶葉や香草専門の大商会だ。
表立って本店があるのは南の国だけど、東の茶葉も扱っているから繋がりはあるはずだ。
「ありがとうございます。やはりアレは東の商会?または潜入員たちの基地だったりしましたか?」
互いに笑顔。
互いに穏やかな空気。
モメるために来たわけじゃない。
会頭のおじいちゃん元気だろうか?
「なに、もともとヤスキリ商会が起業した際に協力したご縁ですよ。30年も前でしたでしょうか?東の人間も雇用してくれていますし名産の茶葉を世界的に広めてくれています。そんなつながりで商会も東を立ててくれますし、こちらとしてもできる範囲で協力していますがそれだけ。実際ユーリさんが訪問された際も諜報員と思われるスキル持ちはいなかったでしょう?」
微妙かな?
東から雇われた人間は諜報員から請われたら協力するだろうし。西の第二王子が疑うほどではないけど無関係でもないように見える。
それでも表面上は正常な商取引の範囲だ。
オレの気持ちが察知されたのだろう。
上に立つ人は人の気配を読むのがうまい。
「なんでも後ろ暗いことに結びつけようとするからいただけない。もちろん王族としては警戒はすべきでしょうけど、西の第二王子はユーリ殿に何を植え付けようとしたのですかね?」
にこやかにフフフと声をだした。でも目の奥が笑っていない。
アイツは怪しいし何か企んでいるけど他国の王族と話す内容ではないだろう。西の問題だ
ツラリと話を変えていく。
「ところで俺に『様』とか『殿』とかつけて呼ぶのは止めませんか?民衆から見たら皇帝の権威が問題になるでしょう。だいたいゴルサット老師はオレのこと勝手にユーリって呼んでますから。普通に呼んでもらえればいいですよ」
シャルロット相手ならわかる。わざと自分が一歩引いて格上感を出すみたいな感じ。
だけど俺と皇帝ほどハッキリ違う立場だと意味がない。
「そう言われましても?ユーリ殿は私のことを皇帝と呼ばれるのですから、私はせめて殿とつけて呼ぶしかありませんよ?」
ね?って感じで首をかしげられてもなあ。
アヴィスバーン・・・さん?
いやいやいやダメだ不敬罪で極刑になる。
「それにシャルロット王女を名前で呼んでらっしゃるとか。ご学友とはいえ随分と差をつけられましたね?」
また出たのかよ?いつ以来の呼び方問題が。
魔法学院に入学した頃以来じゃないか?
そういう話じゃなくて、礼儀とか立場とか国家間の関係とか外交とかなんとか、そういう話じゃねえの?
「ユーリ殿!これまでのご無礼をお詫びするぞ!」
ゴルサットがズイと俺の前でひざまづいた。
なぜ?
なぜおまえはこのタイミングでかき乱しにくる?
「皇帝がお主をユーリ殿と呼んでいるのにワシが呼ばぬのはマズイのでな。皇帝の呼び方が気に入らぬのがワシのせいなら非礼をわび礼を尽くさせてもらうぞ!」
真面目な顔してツラっと言いやがった。
これ腹の中で笑って俺をからかってるのか、さっさとこの場を何とかしろってって急き立ててるのか?
俺がこのまま放置できない状況にしてるよな?
「ちょっと待ってください、さっきも言いましたけど?大国の統治者とただの副師団長、というのが互いの立場ですよね?改めて申し上げるのもおかしいですけど」
俺の言葉を聞いた皇帝アヴィスバーンは少しだけ頭をひねると、何を言ってるんだとばかりに笑った。
「お互いの立場を申し上げるならば、私は所詮ニンゲンという限られた種族の少し大きな集団を統治しているだけの立場です。あなた様はわれら4大国を含めて世界中を治める神となるお方。格が違う次元が違うもちろん宿す魔力も霊力も違う。王国の魔導士団だからと言われましても?そんなのはユーリ殿にとって仮初の姿でしょう」
ギロリ
ゴルサットを睨んでみた。
ちょっとあんた?俺のことをどんなふうに吹き込んだ?
「ワシはあの森でお主と共に過ごした経験や交わした会話しか語っておらんぞ?お主の正しい状況を知ればたいていは同じ結論に辿りつくというわけだ」
何気に『ユーリ殿』と呼ばないようにしてくれてるのはわかるけど。
俺のことは人間の枠外だから、国だ立場だは関係なしってほとんど神扱いだ。レベル999にも到達してないし可能性なんて殆どないのに通じないぞ?
俺は自分でそんなこと言ってないのになぜこうなってるんだ!
もういい。ならこれだけは譲らないぞ?
「それならば?その仮初めって立場があるから、やっぱり俺はあなたを皇帝と呼ぶしそっちもニンゲンの立場で呼んてもらうしかない。それが俺の望みだし俺達が縁を結ぶなら最低条件だ。ゴルサットも俺のことを『ユーリ殿』なんて本気で呼んだら話しない」
ジロリとジイさんを睨んでもどこ吹く風。
「すまんなあ気を遣ってもらって。話をしない友ってのもアリだろうが、年寄りには少し寂しい気がするからな」
「けっ。勝手に言ってやがれクソジジイめ」
しかし呼び方の話は置いておくとして、なぜ皆が俺を人外で扱おうとするんだ?
昔からの仲間達の他はゴルサットくらいだ、そういうの欲しくないのを汲んでくれたのは。
その分俺のことを友だと堂々と言いきって好き勝手するし厚かましいけど。
力があろうがなかろうが、神がどうだとか。コイツと俺には関係ない、背中を預けて戦った仲だから。
「ではユーリさんとお呼びしましょう。私は対外的なことが絡まない限り名前で呼んでいただいても?」
それって二人だけのとき?ゴルサットいれて三人のとき?
それならばいい、のか?名前で呼ぶ機会なんて滅多にないだろうし、もしかしたら二度とないかもしれないな、なんてコッソリ思う。
ヨシヨシそれならば、そんな俺の考えなんて年寄りはアッサリと見抜きやがる。
「そうではないぞユーリ?たとえば昨日の発表会のような場なら取り澄ますとしても、それ以外ではこの城内でも国内でも。われら東の人民だけなら問題ないということだからな?」
ゴルサットさん?アナタが何を言ってるのかよくわからない。
「あのな?東のことを俺が勝手に言うのって失礼だと思うけど。皇帝には皇帝としての立場とか、俺と親し気にやりあったら俺ってめちゃくちゃ無礼でナンダアイツとか。そういうのいろいろあるだろ?」
「昨日発表会の場で皇帝とお主は友として手を握り合ったではないか?ワレらは国中でオヌシの力と辿ってきた道を知っておる。オヌシは皇帝と友諠を結んでくれた神のような存在というわけだ。今日も至る所で皆がお主を歓迎しておったろう?」
歓迎はされたのは違いないけど。
「皇帝より親しみがあり身近な存在として受け入れられておる。お主は皇帝より人気者だということよ」
「え?」
「そういうことですよユーリさん?なのにアヴィスバーン『皇帝』なんて他人行儀で呼ばれてしまっては、私がどんな無礼で縁を切られたかと大騒ぎになりますね」
「え?」
「これから末永く私も東の帝国ともお付き合いくださいね?明日は二人で城下町を見てまわりましょう。超高級料理店から串焼き肉の屋台までアンテナを張ってますから。できればガリクソン商会さんの『ハンバーガー』みたいなアイデアをイロイロといただけますか?」
「え?」
いつの間にか俺と皇帝が握手しているのはなぜだろう?
「せっかくの機会ですから『ユーリ商会』を立ち上げていかれますか?ユーリさんには東の拠点だってあった方がいいでしょう?」
「え?」
握手は続くどこまでも。なぜか皇帝が握る手の圧が強くなっていく。
「それと軍部に一個師団の『ユーリ部隊』を準備しておきましたから。他国に比べれば戦闘力は大したことありませんが諜報や闇魔法にはちょっとした部隊ですよ?」
「え?」
「この師団はひとたびユーリさんから命令を受ければその達成が最優先されます。たとえ東と西が戦闘になって同胞から攻撃を受けても身を挺してユーリさんを守るよう命じています」
「え?」
ついには皇帝は両手で俺の手を握りつぶそうとでもするかのように全力で握っているのであった。
「ゴルサット?」
「なんじゃ?ユーリよ」
「ここ終わったら打ち合わせだからな?逃がさないから。逃げようとしたら拉致るから」
「おおこわいこわい。お主から逃げ切れるとうぬぼれるほど耄碌しておらんから安心せい。なんならワシの知り合いの店でもいいぞ?」




