第238話 発表
「というところが現在の調査研究で判明している課題になります」
ザハトルテさんの発表は数値に裏付けられて論理的、客観的、理路整然として重厚なものとなった。
自然科学のトップである西の王国の面目躍如だ。
普段の支離滅裂の行動具合も頭の中では理屈が成り立っているらしい。
そんなザハトルテさんが貴族たちとの交渉でもこんなだったら尊敬しちまうところだ。行動はきちんとしてくれる前提で。
拍手の後に発表の流れを引き継いだ俺はそれなりのことを言うだけだった。
引き続き3国間の協力体制を維持して深淵の森の謎を解明すべく協力していきましょう・・・な感じ。ちょっと格好良く聞こえるけど実になることは何も言ってない。
ひととおり3国の発表が終わったあと。
壇上に発表者や研究団とは違う新しい何人か現れた。周囲を守る警備員が急に増えたから重要人物だ。
ゴルサットも真面目な顔をして裾から出てきた。
普段は軽い感じの筋肉ジイさんが俺たちへ優雅な一礼をするのは公式の場だから。
正面を向いて研究団派遣の成功と順調な研究成果を評価し、いずれは深淵の森の謎を解き明かしてみせるという決意表明が続く。
こういうのは迫力と威厳のある年配者にやらせとくといい味がでる。
ゴルサットが一通り観客の意識を高揚させたところでゲストを呼ぶ声をあげた。
「最後にわれらが皇帝アヴィスバーン陛下のおなりである!そして陛下がご案内されるは西の王国の叡智と名高い第二王女シャルロット殿である!!」
ゴルサットの宣言とともに一組の男女が現れた。
俺より十は年上の青年だけど年齢以上に風格がある。
そして手を引かれているのは。
シャルロット!あんた何やってんの!
慌てて口をふさいじまった。お忍びじゃねえのかアンタ!
しかも敵国だとうるさかった東の皇帝に仲良くお手を引かれるなんてどんな誤解を生むんだよコレ。
あまりのゲストにシンと静まり返る場内。
青年はよく通る声で高らかに宣言する。
「ワレが東の帝国69代皇帝アヴィスバーンである!こたびは実りある研究の成果に余も満足であるっ!」
うおおおおぉぉぉぉっ!!!
突然の皇帝登場からお褒めの言葉。会場が熱狂のるつぼへとなる。
皆がこぶしをふりあげ熱狂的に皇帝の名を叫ぶ。
皇帝は彼らを片手で制すると一歩下がってシャルロットへセンターをゆずった。
「西の王国第二王女のシャルロットです!本日は研究発表会の成功お喜び申し上げますわ!」
わあああぁぁぁぁ!!
皇帝の宣言ほどではなくても大きな歓声が巻き起こる。
世界的に初めての深淵の森の調査、初めての東西南の3国での共同研究。
自国の王から誉め言葉もうれしいけど他国の王族から賛辞をもらって悪い気なんか誰もしない。
むしろ国家間の共同作業である気運を盛り上げるのだ。
その相手が世界一の軍事大国である西の王国だからなおさらになる。
東の国民からすれば何とはなし対等な立場となれた感がさらに気持ちを高ぶらせる。
「ここにいるわれらと南の研究団、そして西の研究団。皆が同じ目標を目指す『仲間』である!ゆめゆめ忘れてはならん、国と国の交わりは戦争だけにあらず交易だけでもなし。われらは同じ大陸に住まう人族として仲間であるのだからな!!」
わああああああ!!
観客がいっせいに声をあげた。
『同じ大陸に住まう仲間』
それはこの大陸を人族が制してから初めての考え方、そして宣言だった。
国と国は互いに喰いあうのが当然だ。
あるときでは大陸の半分も制した大国であろうと次の時代には領土を喰いちぎられて侵略に怯える小国へとなり下がる。そんな興亡が大陸の歴史だ。
人間は二人いれば協力しあい、三人いれば二つに分かれて対立する。
それが人であろうと国であろうともそれぞれが意思を持つ。だからこそ互いに衝突することになる。
それが国家間では当たり前のありようであるのに、大陸をひとつの仲間とみたてたのだ。
「わが皇帝は決してこの大陸に覇権を唱えようとしたのではないぞ?そこは間違えてくれるな」
横にいるゴルサットは皇帝を見つめながら教えてくれる。
「シャルロット王女はそういった権限を持っておらん。西と東に今後は南も加わるならば、これはゆるやかな停戦協定のようなものよ」
「混乱を焚きつけていたのが東なんじゃねーかよ?」
「さて、ワシらは食うか食われるかの大国間で生き抜くのに必死であっただけ。少々お主をダシにした感じではあろうがな?さてお主はワシがエスコートしよう」
ちょっと待てワシがえすこーと?
誰を?
暗転した舞台でスポットライトが俺とゴルサットを丸く照らす。
「ユーリ殿、こちらへ来てはくださらぬか?」
東の皇帝アヴィスバーン。
深淵の森の探索も合同調査も東から出た話だからこの会議の総元締めだ。
そんな偉い人にこんな目立つ場所で呼び出されるのもヤレヤレだけど。俺だって研究団の隊長としてここにいるから調査と発表の機会を与えてくれた御礼を申し上げる立場だ。
バリンと蝶ネクタイをはめた正装のゴルサット。
体が逆三角形で胸板が厚すぎてパツンパツンだけど随分と見栄えがする。
大仰な身振り手振りで俺を皇帝とシャルロットの前に案内してるのは、遠くの観客にもわかりやすくしてるんだろう。
俺の目の前に皇帝と名乗った男。
この国の王様でいいんだよな?あとシャルロットも王女って発表されちゃったから、俺の国の王族という立場で扱っていいよな?
数段高い場所にいる皇帝とシャルロットに向けて、膝まづいて首をたれ口上を述べる。
「このたび深淵の森への調査と盛大なる研究発表の機会をお与えくださった皇帝アヴィスバー殿、西の王国を代表する研究団の団長として学問の徒として感謝を申し上げます」
なんだか呪文みたいになっちった。
俺は王様でも皇族でもない。対等な立場で御礼を言うわけにもいかないから科学者として感謝する。
「ユーリ殿よ顔をあげてくれないか?」
皇帝の一言をいただいて顔を見ることができた。
俺よりは10歳も年上だろうけど30歳になっていないだろうか。
若くて精悍で、でも顔に刻まれた多くのシワが実際より年配に見せている。
深いシワのひとつひとつが、この男がどれほど国のために悩み決断してきたかを物語っている。
若き皇帝はゆっくりと段差を降りて俺の目の前で立ち止まった。
そのまま膝まづくと、俺と同じ高さで目線を合わして真っすぐ向き合ったのだった。




