第237話 皇帝と王女
話は1日遡る。
つまりは西の王国の研究団が到着した後のこと。
ユーリと別れたシャルロットは4賢人のバッハに案内されて東の王国の宮殿を上層階へと昇っていくことになった。
最上階では朱に金で彩られた壁画のような重厚な扉が目の前にドンと塞がる。
扉が開かれると一人の青年が待っていた。
彼はシャルロットに向けて穏やかな微笑みを浮かべ優雅に手を差し伸べた。
「はじめまして西の王国の第二王女であり第三王位継承者シャルロット様。余は皇帝アヴィスバーン」
自分のことを正確に言い当てられたシャルロットはスカートの端をチョンとつまみあげて礼をする。
差し伸べられた皇帝の手を両手で握る。
「シャルロットですわ。突然の訪問にご対応いただいて感謝します」
非公式ではあるが、歴史上数百年ぶりに西と東の国の王族同士が手を握った瞬間となった。
「お互いに伝えるべき話や考えもあるでしょう。譲れない立場もある。だがこうした場を設けることで避けられる争いもあるかもしれません。出来うるなら互いに有意義な時間にしたい」
皇帝と名乗る青年は王族特有の威圧も覇気もなく穏やかに言葉を発した。
それは数百年にわたり敵国として緊張関係にあった国同士の施政者同士ではなく、まるで気心の知れた相手へと互いに譲れないもののために話し合わないかと声をかけたように感じる。
シャルロットの感覚を信じるならば、互いにとって良い結果を目指し難し難問を一緒に解きほぐそうと同士を集めているように感じるのだ。
シャルロットは勝手にユーリについてきただけで東の帝国から招待されてはいない。
今回招待されたのは実質ユーリでシャルロットは明白な『お邪魔虫』だ。
そんなシャルロットには4賢人であるバッハがそうであるように『おとなしく』しておいてほしい、そんなのは彼女だってわかっている。
だが皇帝はシャルロットの来訪を尊重した上で、互いに有意義な時間にしたいと自分から提案したのだ。
相手は東の大国を代々治めてきた今代皇帝。
大国のトップであるだから、わずかな権限を国王から与えられたシャルロットでは役不足だ。
国王からの全権大使として正式に訪問すれば別だが、彼女は王位をつげるかわからない立場だったし、他の王子が王となればただのお飾り王女でしかない立場だ。
皇帝が対話を求めるなら敵対してきた歴史や恨みつらみはいったん封印ですわね?それよりもユーリを間に挟んだ未来へ向けての話し合いとみるべきでしょう
シャルロットがさんざ予想した東の帝国からの対応の一案だ。ならば自分はどういう立場で話をすべきだろうか?
国の代表者でないなら勝手に取り決めをするわけにはいかない。慎重さを求められる会談になりそうである。
「承りましたわ?西の王国としても無為な争いは望みません」
無為な戦争を裏から仕掛けてきてるのはそっちでは?とは言わず事実だけにとどめる。国として意味もなく争いをしないと言い切ってすらいない。望まないという希望的な観測を述べたのだ。
「ところでシャルロット王女とユーリ殿とは絆の深いご友人であるとか。ぜひいろいろとお話しを伺っても?」
「結構ですわよ、しかし私の護衛者も随分と有名人なのですわね?皇帝がご所望されるほど」
少しだけカマをかける。
ユーリが東でどれくらい評価されているのか知らないと下手を打ちそうだから。
「それはもうオーバー・スペックとして絶大なる力を持ち神へも至ろうかという存在ですから。人類の希望と呼んでも大仰ではないでしょう?」
ズバリと『オーバー・スペック』を語る皇帝は穏やかな口調のままだった。つまりは元からシャルロットに伝えようとしていたのだろう。
「わが帝国はどの国よりもユーリ殿を評しています。南も北もそれなりでしょう、残念なことに母国とする西の王国では粗雑な扱いのようですがね?」
ニコリと笑う笑顔は優しいが目は冷たさをはらんでいる。そんな扱いをする西の帝国がなぜ彼を利用しているのかと責めている。
だがシャルロットはそんな東の思惑を止めるために来ているのだ。
「東の帝国からはそのように見えるのですね?彼は自分のやりたいようにやっているだけですわよ?」
ここにユーリがいれば言葉の上っ面だけを受け取って『いやそれは微妙に違うぞ』と突っ込みをいれたかもしれない。
シャルロットからしても本当は半分だ。ユーリはやりたいようにやっているし勝手に突き進むがもう半分は微妙だ。ユーリの味方は現国王派だけなのだから最強であっても一派閥にすぎない。
それに東の皇帝が語ったのは国として彼への接し方であって、派閥や個人がどうだかは本来関係ない。
「そうでしょうか?もしユーリ殿が東の帝国とともに歩んでくださるなら」
お互いがギッと鋭い目つきでにらみ合ったのは一瞬であった。
互いが互い譲れない話の本質に入っている。
「帝国の最高指導者として招き入れるか、新たな人神として帝国の開祖にお招きしましょうか。少なくともワタシは皇帝として民を治める立場を担いながら彼に仕えることに何の疑問も感じませんよ?」
そこまでか?
そうまでしてなのか!
シャルロットはあらためて皇帝と名乗る青年の表情を探るが、風一つ吹かぬ湖面のように変わることがない。穏やかであり確かで揺らぎない決意が宿る。
国を代々治めてきた王族や皇族が、最高権力者としての地位にいる者が。
配下に下ることをいとわないと発言したのだ。
つまりユーリと友人であるシャルロットは厚遇し、ユーリを護衛者として使用する王女としては卑下されたのだ。
わかりやすく言うなら『うちらの神様をなぜおまえごときが使ってるのだ』と責められたのだ。
友人関係ならいい。それはユーリが自発的にシャルロットを護衛しているのだから彼の意思だ。神の意思に疑問を挟む方が不敬なのだから。
しかしただ一つの国がユーリに護衛者としての義務を課すなど東には承諾できない事態なのだ。
西の王宮ではそこも含めて国王夫妻やシャルロットがユーリを王宮内で動きやすいように立場を与えているのだけど。国王派が立場を与えること自体が不敬なら返す言葉はない。
そして東では最高位の施政者が自分より上の立場で向かい入れると発言したのだから、たしかに東が考えるほどには厚遇していない。
「しかしそれは皇帝のお考えでしょう?ユーリの望みではありませんわよ?」
ユーリの想いを言い切ったシャルロットはわかっている。すべてを知っているとは言えないだろう、それでも彼の心根は十分に理解しているつもりだ。彼本人よりも。
誰にも侵されない心の自由を愛し、心の奥底には友や仲間達への愛がつまっている。
地位も名誉も権力も興味がなく、自分の扱いが最上であろうと雑であろうとかまわない。彼の信念以外の何物にも縛られないしどんな上等な扱いにも価値を見出さない。
この皇帝が語る内容は彼が望むものとは位相が違う。そうしておそらく永遠に交わることはない。
「さすがですね、話には聞いてますよ?お二人は西の宮廷における上下に実は縛られていない。ただの親友同士であるという話は本当なのですね?そんなあなただからこそ」
先ほどまでの人を射抜くような視線はどこへやら、皇帝を名乗る青年は穏やかな視線でシャルロットへ微笑むのだった。
「私は今回あなたと会談の場を設けたのですよ」




