第234話 呪われた賢人
「ユーリ様、お初にお目にかかります」
スッと膝まづいて挨拶するカタマリは、人であるならば小さな子供くらいの背丈しかない。
人なのか判断できないのは全身をローブが覆いかぶさるように着込んでいるせいだ。深いひさしで顔は闇に塗りつぶされているし表情も見えない。
ユーリには黒い闇から人を射抜く深紅のオーラが見えている。
「無礼な恰好でご挨拶することをお許しください。われの顔も体も下らない呪言で闇に包まれております。この全身を覆うローブが無ければすぐにでも暗黒に引きずり込まれるでしょう」
随分と深い闇の呪いがこの男をとりまいている。
ほんのわずかの隙を見せれば魂へ忍び込み乗っ取ろうと待ち構えて渦巻いている。
魔力に抵抗力が無ければ近ずくだけで気を失ってしまう。
「膝なんてつかないでください、あなたが嘘を言っていないのはわかりますから。それより・・・」
ユーリが目を向けてもゴルサットは首をふった。
この呪いの解除をした方がいいのか確認したのだがそれには及ばないと返したのだ。
ゴルサットは笑いながらダゾールと呼んだ男に確認をとり、問題ないとうなずいている様子だった。
「ありがたいお言葉にお慈悲を賜りました。しかしこれは自業自得という類のもの、己で乗り越えるのが筋でございます」
呪いは凶悪でどんなに優れた闇魔導士でも一人で解呪するのは難しい。およそ人間には不可能だといえる。どうやら本人は解呪しようと考えてはいない。
顔が見えないので表情はわからないが、伝わってくる雰囲気からこの呪いは死への道ずれにする覚悟が垣間見える。
そんなことよりも、とダソールはもう一度首をたれた。
「ゴルサットがさきほど申し上げていた通り、大神殿はワレの管轄下にあります。さきほどお手を煩わたのは隕石落下の術、アレは神殿内で厳重に管理されておる帝国の秘術でございます。どうやら高位神官の中に狂信者が紛れておるか、それとも他国の工作員でも入り込んだものか?」
「狂信者というならお主もその『気』があると思えるがな?ユーリが必ず何とかすると考えたか、そうでないならこの国の中枢ごと西の来客を葬ろうとしたか?」
他人事なダソールの言い分にゴルサットは厳しく問う。
無関係とは言わせんぞ?と強く非難している。
「おいおい調べがつくのだから慌てるな?確かにユーリ殿がいらっしゃれば何ら問題ないと考えておるし、どうにもならなければ神からの天罰と受け止めるだけ。それが神を信じるということだろうに」
なんだかきな臭いこと言って欲しくない。
俺を信じる前提なのか?言ってることが危ない気がする。
俺達は今日初めて会って挨拶したばかりなのに。
「立ち話もこのあたりでワレの部屋までご案内してもよろしいですかな?東の珍しい茶葉をユーリ様に捧げさせてもらえぬものかと」
ゴルサットが嫌な顔になったけど危険はなさそうだ。
心底イヤがってるには違いないけど。
「ゴルサット老師は不服かの?ワレが招待したのはユーリ殿でお主はいらんぞ?」
「・・・行かないわけはなかろう!この国にユーリを招いたのはワシじゃぞ?何を勝手に連れて行こうとしておる油断も隙もない。茶葉についてはせめて前回の半分も味が良くなっておれば我慢するが、そうでなければとてもユーリに飲ませるわけにはいかん。ワシと一献する前に飲み食いできなくなっては困る!」
どんなのだよ、と突っ込みたくなるけど、そこまで言われると試したい気がするのはしょうがない。
怖いもの見たさってもあるけど、東にいるなら東のものを味わいたい。
王宮にいるなら王宮のものを、4賢人ならではのものを。
ゴルサットは俺と肩を組んでからダゾールを包むローブの端をつまんだ。
「ひょっ」
そして次の瞬間には、呪符と魔道具でびっちりと壁を埋め尽くされた部屋へと転移していたのだった。
いくつも照明が輝く明るい部屋だけど窓はなく全面が壁になっている。その壁に何重にも張り巡らされた呪符と、奥にある祭壇のようなもの。元は透明だったろう大きな水晶は暗い闇が沈み溜まっている。
入口も出口も窓もない部屋。
呪い部屋にも見えるけどすべての呪符が裏返して張られて壁に隙間もない。
呪符の方向と張られた陣をみるに誰かを呪う部屋ではなくて、呪いを外へ向けて跳ね返すための部屋だ。
「ココは空間の隙間でしょう?呪具にこういう使い方があるなんて興味深いですね」
「ユーリ様には児戯にも見えることでしょう、これが人の限界でございます」
この宮殿の中にこの部屋分の空間は確かにあるだろうけど、その空間の次元を少しズラしてある。
現実に存在しているし存在していない場所だ。今すぐこの宮殿が全壊してがれきに埋まってしまったら?俺は亜空間転移で抜けられるが、この老人では異空間の通路を確保しきれないからがれきに体を突き刺されて死ぬに違いない。
この老人がやったのは亜空間転移で次元を跳躍するほんの初歩的な空間魔法だ。それでも人間のレベルで空間転移にたどり着いたのだから敬服する。
「我が国の者が無礼を働いたことをお詫びします」
ダゾールは体が折れ曲げて頭が床につくほどの深い礼をした。
国の者、というだけならゴルサットも詫びなきゃなんなくなるような・・・と目線をゴルサットにやると、ニヤリと笑って俺の肩に太い腕をまわしてくる。
『面倒くさい男ですまんの?筋道通さねば気が済まんヤツなのよ』
ダソールさんの下げた頭からゴルサットに向けて突き刺すようなオーラが出てるから、お前も一緒に詫びろって言ってるぞ?それでいいのかよ
「・・・すみませんな、ワレが面倒くさい男で」
俺とゴルサットの念話を読み取れる存在なんていないだろうけど。バレバレだ。
「この空間でもそのローブは必要ですか?」
これだけ丁寧なのに全身を覆うローブを取らないなら脱げないのだろう。俺で力になれることはないのか。
「気にしていただいてありがとうございます。この空間であれば呪いの攻撃を受けることはありませんが見ても楽しいものでもないでしょうし・・でもそうですね。神の前で隠し事をしてもしょうがない」
スポリ
言うとやダソールはローブを脱ぎ捨てた。
出てきたのは黒いモヤが人型に集まっている姿だ。
本来皮膚や筋肉がある場所にはすべてうす暗いモヤのようなものが漂って、全身の骨が透けて見える。
頭蓋骨で眼球があるはずのくぼみは片目がオーラで赤く光り、もう片方は深い闇で頭蓋の奥は見通せない。
「話には聞いておるが初めて見るわい」
この状況を彼が受け入れているなら他人がどうこういう話ではない。
闇をまとったスケルトン?そんな存在だ。
「見た目が人間でないとお気に障りますかな?」
「大丈夫ですよ?俺には人間なんてひとつの種別でしかないので。竜だろうと妖精だろうとウサギだろうとスケルトンだろうと見た目は関係ありません。あなたはあなたというだけのことです」
「そうですな。私も齢130を超えてからは年を数えておりませんので、果たして自分がいまだ人族なのか違うものなのかもあやふやでございます。スケルトン、いやゴーストやもしれませんが、ユーリ様がお気になさらないのであればなんの問題もありません。ただまあ、人間以外のものが人間の祭りごとに参加するわけにもいきませんので、形だけは人族ということにしてあります」
表情はわからないが、ダソールはふふふと笑ったようだった。
くち、というか頭蓋骨の口がカタカタと震えただけだったが、にこやかなオーラが伝わってくる。
この人?にとってヒトかどうかは形式的なものらしい。なら俺もそういうもんだとお付き合いすることにしておこう。必要ならいつでも力を貸すだけのことだ。
「私にとってもレアなご縁ですね。ダソールさんはダソールさんだと受け止めておきます」




