第231話 シャルロットと四賢人
「・・ったく、しょうがねえな」
目をつむっていたユーリがクスリと笑った。
まわりからすると突然のことで、いい夢でも見てるのかしら?である。
「違う違うそれよりお客さんだぞ?目的はわかんねけど敵じゃない、味方とは決まってないけどな」
シャルロットを見る目が笑っていない。
おそらくシャルロットにとってひともんちゃくある可能性を示唆している。
「わかりましたわ?わたくしは自分の立場で粛々と対応するだけですもの」
「それでいい」
前方からゆっくり向かってきた馬車が対峙して停止する。
馬車と馬車が向かい合いそれぞれ扉が開いた。
こちらの馬車からはユーリとシャルロット。
相手の馬車からはジョバンと老婆が現れた。
降りる際にジョバンが手を引いているのは、喧嘩し悪態をつかれてもお婆さんを無下にはできない彼の性根だ。それがわかっている老婆も微笑んでエスコートされている。
「お初にお目にかかりますユーリ様。私はマイセル・バッハ、東の帝国では4賢人のひとり。よしなに願います」
淑女の礼をする仕草のひとつひとつ、姿勢も膝を曲げるのも指先ひとつまでが洗練されてエレガント。しわ深い顔にホンワカと温かい笑顔が老婆の人となりを示していた。
「ご丁寧にありがとうございます、ユーリ・エストラントです。この度は東へのご招待ありがとうございます」
王女であるシャルロットより先に挨拶を交わす違和感を感じたのだけど。本来招かれた主賓が自分であるからだと思うことにした。それより先にひとこと言わせてもらう。
「自分にはそんな丁寧な言葉遣いはおやめいただいても?人生の大先輩で帝国の重鎮マイセル様、そんなご丁寧に話をされては恐縮してしまいます」
「お優しいお言葉ありがとうございます。ですがあなたは雲の上の人、あなた様に名前を呼ばれるだけで心が震えるのですから」
うん?
うーん。
品の良さそうな淑女にここまで丁寧されたらどうすりゃいいんだ?
ゴルサットの野郎がとんでもない感じで東に報告あげたのか?
ユーリには先ほどのジョバンとバッハの会話もわかっているので、この格差を少々楽しむ余裕がある。
この老女はジョバンを格下として扱っているわけではなく、自分が妙に敬われているだけだ。
ジョバンは気を遣わずにズケズケ言い合うのが好きなタイプだし、この老婆が彼に合わせてくれてるだけのこと。ちょっぴり辛口なのは若造が図に乗らないようボーダーを引いただけ。
老婆は魔導だけでなくヒトとしてジョバンより格上ということだ。格上の余裕でヤンチャなジョバンを老婆がさばいただけの話。
その証拠に喧嘩したはずがあっという間に仲良くなっているし、自分が斥候であることすら忘れている。
なら俺は?
「ゴルサット殿がワタシを大げさに話したのでは?何かの誤解ですよ、私は一介の魔導士で研究者というだけの存在です」
言うだけは言ったのに。
フフフと笑って『あんなクソ爺に"殿"なんて不要ですわ』とりあってくれなかった。
絶対あいつのせいだ。ゴルサットを締め上げようと心に誓う。
「マイセル・バッハ様はじめまして。王国の第二王女シャルロットですわ」
完全に自分の存在が無視されても丁重に割り込む。
シャルロットの苦労と成長がよくわかる。
くそったれ貴族達にさんざん慇懃無礼な扱いをされているのが想像に難くない。
「おやおやこれはご丁寧に。私が4賢人の一人バッハですよ、今回はどういったご用件で?」
あれ?マイセルさんの言葉遣いが俺にと変わったのは気のせいじゃないよな?
表情をみても何だか国の代表として油断ならない、みたいな。
まるでシャルロットに『なぜいらしたの?』なんとなくトゲを感じるのは気のせいじゃないと思う。こうなると俺はオミソなんだよな。
「ただの付き添いですからお気にされないで結構ですわ?」
「そうもいかないもんでしてね、西の王族が敵国に乗り込んできたのだから!何も勘ぐらないならアタシはお役御免になりましてよ?」
貼りついた笑顔、互いに完璧なお上品、それでいてピリピリしてる!
バッハさんの笑顔がさっきまでのホンワカじゃなく不敵というか腹に一物あるというか、そんな社交界のヤツだ。
国同士のことは俺が混ざれる話じゃない。
俺に親愛の気持ちを示してくれたおばあちゃんだし、ケンカしてるわけじゃないのに割り込むのもなあ。
老獪だなぁ。
「そう言われましても?今回ユーリ以外のことで東に何かを申し上げることはありません。ただしユーリが参加するすべての場に私も付き添わせていただきますわ!」
キッパリと言い切ったシャルロットに老婆は思考を巡らせる。
言う通りなら最大の懸念は晴らされるが、最大の目的は邪魔されそうだ。
つまりはユーリを後ろ盾に西の王国が無理難題をふっかけてくることはないが、かわりに王国を差し置いてユーリ個人と親密になることを邪魔すると言っている。
それが事実ならば、この聡明に見える王女の役割は王国がユーリ様につけた見張りであり、付き添いでお目付け役だということになる。さらに裏があるかまだわからない。
しかしこの王女がこっそりと交渉をしたいのなら。今はチャンスのはずだ、皇帝に話を通すことのできる実力者がやって来たのだから。
だが王女はそんなつもりはないと言う。
バッハはその辺りの動きを探りに来たのだし、無理難題の交渉となるなら少しでも早く詳細を手に入れて検討しなければならない。とにかく『シロクロはっきり』させて対策を練りたいのが本音だ。
バッハが使者として選ばれたのは偶然ではなく彼女の得意分野、つまり相手の考えを読み取ることにあった。
そんな二人のやりとりを、ジョバンは楽し気に眺めていた。完全に他人事、まるで演劇でもみているかのよう。
自分の心はあっさりと読まれたのに、バッハでも王女の考えは読み切れないらしい。二人は言葉での探り合いに必死なのだ。
つまりバッハが自分を読み取っていたのは闇魔法の応用技なのだろうと気づき、『闇魔法を極めるとそんなこともできるんだ』と確信につながる。
そしてやはり人間の限界を知るのだ。
相手がユーリじゃ意味ないな。
ジョバンのようにシャルロットが心を読まれないのは、ユーリの魔力がこの場を完全に制圧しているからだ。完全な魔力遮断がかかってこの場の誰も魔法を使うことができない。ユーリを除いて。
その上いつ外部から狙われても問題ないよう様々な防壁が全員を包み込んでいる。完全にユーリの手のひらの上なのだ。ジョバンは自分の存在意義に疑問を浮かべたが、さっさと丸めて頭の金庫にしまうことにした。
「ならそういうことにしておこうかね?ようこそ東の帝国へ、西の王女さま」
「こちらこそ突然ですのにご対応感謝しますわ?4賢人のおひとりバッハさま」
バッハが手を伸ばしシャルロットがその手を握ろうとした瞬間。
パチリ
静電気のような火花が散ったが、ふたりとも顔色ひとつ変えずにそのまま手を握りあうのだった。
「最後のアレは何だったんだ?」
バッハの馬車が先頭を走り、その後を王国の馬車が連なって続く。
街中に入ると住民たちはその珍しい隊列に手を振って歓迎する。東の4賢人の誰かが西の王国の馬車を先導しているのは誰にもわかったし、隊列だけをみても最重要な賓客であると宣伝しているようなものだった。
「以前にゴルサットがやったのと同じ。外部に出る魔力を俺が妨害してたからな、直接触れてシャルロットに意思疎通しようとしたんだろ?でも姫さんには精霊の守りがついてるから、婆さんの干渉はあっさり弾かれたってことだ」
ジョバンと二人で話している横では姫さんが顎を手に乗せて深刻な表情だ。
なにせいきなり四賢人が探りにきやがった。
自分は同行者のつもりなのに、東では衝撃的に受け止められてるのだから。
俺は姫さんの安全を絶対大丈夫と保証するけど、姫さんが自分の意思でやることには手出しできない。彼女の信念や立場に俺は埒外だ。
もちろん姫さんにうまくやって欲しいけど、東に犠牲が出るのもイヤなんだよな。
今の俺には西も東も関係ない。東だから悪いとか不幸になっていいとか思わない。
俺にとって国という概念が薄れてる。
「ねえユーリ?」
姫さんが久しぶりに口を開いた。
「あなたの執事さんの言葉じゃないけど、ひとりひとりに役割があるのよね」
「ああそうだ。お互いやるべきことをやるだけだろ?」




