第229話 王女の心配
砂漠と同じ色をした岩の影。肩寄せ合って休む東の隊列の目の前で、空間が陽炎のようにゆがんだ。
マスク副隊長は突然現れたユーリに動じることなく頭を下げ、ほかの団員はビクリとしたのだけど平然とそれぞれの役割に戻る。
「ユーリさんお久しぶりです」
ニカリと笑うマスクさんと手を握り合った。
「みなさんお元気ですか?こんな灼熱の砂漠で」
よっと声を出してユーリが腕をふるとドラム缶ほどの大きな樽が現れた。
中には冷えた液体がたっぷりで大きな氷が浮かんでいる。
隙間にはプカプカと果実も浮いていて甘すっぱい果実水であることが見て取れる。アクセントにちょっぴり岩塩。よく冷えているのだろう、樽の周りでは水滴が膜になっている。
「差し入れですからどうぞ。道のない砂漠を並走するのも大変でしょうに、無理を言ってるゴルサットが目に浮かびますよ?」
笑うユーリのひとことがツボに入ったのか、クールなマスクからも笑みがこぼれる。
「しょうがないと思ってますよ?最近はユーリさんを東に呼ぼうと駆けずりまわってましたけど、楽しみでしょうがないって顔でしたから。あんな顔されちゃあね」
笑いがこぼれるけど笑っちゃまずいのだろうなあ。
上空で砂を含んだ風がヒュウとふくのを感じながら、ユーリは遥か東の帝国へと思いをはせる。
暑苦しい筋肉バカな戦友のアクセクしてる姿が目に浮かんだ。
「ここだけの話ですけども」
唐突に切り出したマスクに耳を傾ける。
「合同調査の後から隊長の周りにやっかいな連中がウロつくようになりましてね。この任務は隊長が自分で来るつもりだったようですが、その連中もゾロゾロと引きつれちまうんで」
「・・・ゴルサットのじいさんに何かできるヤツなんていないでしょう?」
四賢人のひとり東では最強の魔導士だ。
そして帝国軍の総大将なのだから、手を出せると考える方がおかしいだろう。
「それが当たり前なハズですが、それでもきな臭い。ユーリさんと帝国との関係に文句があるのでしょう。今回はユーリさん達の訪問を妨害させないよう命令されてます」
「なるほど?俺をわかってるマスク副隊長が護衛してくれるのが不思議だったけど。招いた側の帝国が姫さんや俺を襲えばそれだけで戦争になりますね」
俺達をワナにハメたと見えればよいだけだ。それで宣戦布告になる。
「ヤツラはユーリさんたちに仕掛けるだけでいいのですから。東西を揉めさせれば掴まろうと殺されようと目的達成ですからね」
世の中簡単じゃない。
いろんなヤツラが勝手な思惑で動きやがる。
「俺の方でも注意しておきますから。マスク副隊長もくだんねえヤツラに足元救われないでくださいよ?」
拳で胸を叩くとニヤリ笑うクールな副隊長。
砂漠の密談は誰に聞かれることもなく終わり、俺達は帝都での再会を約束してもう一度手を握り合った。
「ユーリ、どちらへ行ってらしたの!?」
こっそりテントの裏側へ戻って何食わぬ顔してたのに。シャルロットにバレてつかまっちまった。俺を探してたのか?
「ちょっとした所用でさ」
「ユーリ様どちらへ行ってらしたので?」
さらに執事がカブせてきた。
いやいや?今答えたからよくないか?答えてないけど。執事はアヤフヤを許してくれないらしい。
「マスク副隊長に挨拶でもしてたんだろ?なんかしらねえけど姫さんも執事さんも気にしてたぞ?」
ジョバンが助け舟出してくれた。
俺にさりげなく状況を教えてくれてるつもりらしいけど細かいところがわかんねーのがコイツらしい。
「なに暑中見舞いだ、こっちに気を使ってくれてるからな」
「それで?どんな話だったのですの?」
お姫様がしつこい。グイグイくる。
問い詰められたってどこまで話してよいのやら。
さっきのはマスクさんが状況判断した『多分こうだろう話』だし、ゴルサットがどう考えているのか直接聞いてない。
不確かなもめごと話を王族のシャルロットに話してよいものか?せっかくの合同調査なのに東を警戒して協力関係に水さすのももったいない。だけど何もわからず襲われたら、それこそ戦争に繋がっちまうかもしれない。
うーん面倒くさいぞ
夜中にこっそりゴルサットに会いに行って話を聞いておくか?
バレると面倒だから避けたい感じもするけど。
「そんなに気を使わなくていいって話をしただけだ。むこうはお役目だからそうもいかねーみたいだけど」
「ふうん」
俺がごまかして何も言わないつもりなのがバレたな。
シャルロットが能面のように表情を消した。
そういうの怖いからやめて欲しい。
「ぼちぼちいこうぜ?もう少し進んでおかないと日程が足りなくなるぞ」
場の流れを変えるための言葉だけど、それはさらに状況を悪化させる。
移動を始めれば狭い馬車で横にシャルロット、目の前に執事。膝つき合わせる近さの二人が俺をジットリ睨み続ける。
ジョバンは馬車の御者台へ移ってる。魔法で砂漠の山を突き破る役目に手を上げ、執事は喜んで役目を譲ったのだ。わかりやすいヤツ。
「ユーリ様、王女に言えない状況でも私には教えていただけますか?影に日向に主を支えるのが執事ですから、ご自身で薄暗い世界に足を踏み入れる必要はございません」
執事は横に王女本人がいてもお構いなし。
王女を無視しているようにも聞こえるけど、おまえそんなこと言ってんじゃねえよ!わざわざ波風たてる執事にシャルロットはやっぱりくってかかる。
「あら、私に言えないことがありますの?私と護衛者の間に秘密なんてありえないと思いますけど?」
シャルロットのいうことも一面では正論だけど、いろんな場面ってのがある。不確かな情報でも進まなきゃならんこともある。執事は簡単に矛盾をついてひっくり返す。
「現在が戦時であればそうかもしれません。ですが今回ユーリ様はこのチームの隊長で招待された主賓にございます。対して王女は王族で国の代表者ですから。王族が知っておくべき話と、聞いてしまうと立場上何らの対応をせねばならなくなるのでこちらが対処すべき話がある。ご理解いただけますでしょう?」
滔々と理論立てる執事は頭がいい。
そこまで予想できるその想像力っつーか仮定力っつーか。
「まあそういったこともありますわねっ!」
「そういうことを裏で調整するのも今回はユーリ様の役目ですし、ならば執事の私が実行部隊となるのが筋でしょう。シャルロット様が王女であるからこそお伝えできないやっかい事は私が引き受ける役目です」
「お、王女の私が知りたいと言っても、かしら!?」
これまでシャルロットが理屈をやりあう相手なんていなかった。俺もジョバンもそういうの面倒くさがるタイプだからな。
「シャルロット様とユーリ様の関係が王族とその臣下ならば、ユーリ様は問われてお答えするでしょう。これ以上は私の口からは何とも」
シャルロットはパクパクと口を動かしたが、そのまま悔しそうに唇を引き絞った。
それを言われてしまうとシャルロットとユーリの関係性が崩れてしまう。
シャルロットとユーリは仲間であり、シャルロットからすると恩人で親友だとも思っている相手だ。護衛者とは王国で行動を共にするための立場的な方便でしかなくこの場では関係ない。
もちろん王宮ならばユーリは罪に問われることになる。王族の権威をけがす行為であり、王族の命令に背くのだから。しかしこの身内しかいない馬車の中で、その立場をこの場で適用するのですか?と優秀な執事は王女に確認したのだ。
ユーリが東に引っこ抜かれないためにシャルロットは来たのだ。そして彼は王族だからと仕たりしない。
王国に愛想をつかせば東へと移り住めばよいだけだし、東は歓待するだろうし西は止めようがない。だいたいにそれを防ぐ為に来たのだ。
この場で王族の立場をたてに情報をせまるのは滑稽でしかない。
この話を深追いして下手な言葉を口に出さずにすんだだけ、この執事はシャルロットを気づかせてくれたと思えた。
すべての結果がユーリのためであることは変わっていないのだけど。
「東にも面倒なヤツラがいるってことだ。まだ状況がハッキリしないから言えないが姫さんは気をつけた方がいい。あんたの言動次第で西と東は戦争だろ?東だって協調路線で一枚岩じゃないかもな?」
少しボカしてはいるが長年の付き合いがある。
さといシャルロットは気づくのだ。
今回の自分はユーリに付いてきたオミソであり、どうせ自分は相手にされないからユーリにひっついて東の思惑を妨げばよいと考えていた。
しかし敵国の王女がくるのだから、それをダシにいろいろしかけてくる輩がいるかもしれない。油断せず言動に気をつけろと注意されたのだ。安全面ではなく国家の体面としての話だ。
この後シャルロットは口を開かず静かに思考を練り続けた。この旅への想定が甘かったことに気付いたのだ。




