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第228話 東の思惑


「ずいぶん騒がしなってきたね」


まだうら若い男が瀟洒な椅子で足を組んだ。

向き合った随分と体の大きい老人へ声をかける。

いつもの穏やかな笑顔には影がさし、取巻いている状況があまりよくない流れであることを心配している様子だ。


「申し訳ありません。どうにも反発する勢力を抑えきれませんで」

年齢や体格に反して筋肉老人は華奢な青年に丁寧に答えていく。

心配いらぬとにこやかな笑顔をふりまくが、青年はその目の奥に一筋の弱気を感じ取っていた。

それは覇気の弱りとも活力の低下ともとれる。

気力と覇気の塊であるハズのこの老人には珍しいことだった。


もちろん巨躯の老人はゴルサット、東の帝国では4賢人のひとり。

4賢人は闇魔法における四人の至高の使い手の呼称だが、皇帝に次いでもっとも権力を付与された4人の爵位でもある。それは政府機関の最高官僚であることも意味する。

東の帝国の政策は皇帝と4賢人により決定され、それぞれの政策を担当した賢人が実行機関へと勅命を発するし実行後の管理監督も担当する。

4賢人とは東の帝国で皇帝から最も頼りにされる最高位の施政者4人のことを指した。

ゴルサットはそのうちの一人であり、表舞台に立ったユーリ・エストラントの動向を監視し、友諠を結ぶことを賢人会へと提案した男である。


半ば強引とはいえユーリエストラントとの友諠を結べた結果に皇帝はホホを緩めた。瀕死のユーリを救おうと命を賭して戦った仲間であり、確かな絆と信頼関係を築けたのだから大きな功績だ。

賢人会はゴルサットの意見を尊重しユーリ・エストラントとの融和政策を決定する。相手は神の力をもったオーバー・スペックだと確定したのだから、他の3大国と比べるまでもない最も敵にまわせない相手なのだから。

オーバー・スペックとは神へと至る道を進むとある。神が『滅べ』と口にすればどんな大国も一晩で姿を消すのがこの世の常だ。


問題はユーリ・エストラントを取巻く状況だ。

偉大な力を持つオーバー・スペックは西の王国に席をおく。かの国では上層部ともつながり、特に第二王女シャルロットからは護衛者を超えた絶大な信任を受けている。

王選では大穴のシャルロット王女がいつの間にか第一王子・第二王子と肩を並べており、それはすべてユーリ・エストラントの力だ。


この事実はユーリ・エストラントが西の王国の王選に参入しているということでだ。つまりユーリがこの大陸の中で西の王国を『選んだ』と受け取られてもおかしくはなかった。

自分が選んだシャルロットが女王となれば彼は西の王国を見捨てることができない。

それがゴルサットの見立てだ。


そこには西の王国が大陸の覇者となるという危険が見え隠れする。

『ユーリ・エストラントが覇者となるわけではない』のだ。神が治めるなら神から恩寵を受けられる。だが神は後見するだけで人の世の争いに興味はないのだ。


東の立場はどうなるのか?

西の王国と友好を結び共同で覇権を握るのか、従属するのか、はたまた隷属せねばならないのか。

共同で覇権をにぎることを西は許すのか?


議論が紛糾しているところに渦中のシャルロット王女の参加がねじ込まれた。賢人会のみに伝達されたのだから、つまりは東の皇帝と4賢人の『賢人会』と極秘会談を持ちたいということだ。ユーリ・エストラントのいる席で、神へと至ろうとする男の威光を借りた会談を持ち掛けてきたのだ。


何を言われても東は飲み込むしかない。

4賢人最強のゴルサットが稽古相手にすらなることができない圧倒的武力だ。彼が東の王宮でシャルロット王女の横に座るということは、その時点で皇帝と東の全国民を人質に隷属を求められるのと同じ。

4賢人であっても止めることができないのだからどうする手立ても見当たらない。


西の王選で渦中にいるシャルロット王女が東の帝国を制圧して凱旋したならば?

西の王は王選で彼女を選ぶに違いない。数十年にわたる敵対国を無血で手に入れた女王が生まれ、西は栄華の時代が始まる。

ユーリ・エストラントがいれば国家の優位は絶対に崩れないのだから。なにせ後継人は神様だ、そんなのは反則だ。神に祝福された西の王国が東を手始めに大陸中を制圧する、そんなストーリーが見えてくる。


もちろんこんな予測はゴルサットの思惑と逆噴射しているが、しかしコレは当然に考えられる未来なのだ。彼を表でも裏でも翻意させようとしている思惑が宮廷には散見している。


今回の訪問。

西の王国の意思かシャルロット王女の独断か、はたまた別の思惑が及ぼした偶然か。


皇帝や四賢人はユーリにひとりで来てほしかったのが本音だ。

神にいたろうとするオーバー・スペックとの会談。国を揺るがす大事であって他に手を出す余裕がない。

こちらの希望や想いを全力で伝えて、ユーリ・エストラントの考えや気持ちとすり合わせる大変な道のりが待っている。

当たり前に考えるならシャルロット王女は西の王国を代表して、こちらの思惑を邪魔しにくるのだ。


本来であればユーリ・エストラントはこちらの願いを聞く義理はない。

それでも発表会の主催国の皇帝からの正式な依頼として、そして友であるゴルサットからの願いであれば会談へ応じてくれるに違いない。これは西の研究団の団長という立場なのだから既定路線なのだけど、定まっているのはそこまで。

ユーリ・エストラントの考えや気持ちをはき違えてしまうと一瞬で終わる会談だし、武力で脅して無理やり会談するには相手が悪すぎる。


国際関係をたてに会談を無理強いすれば西の王国がだまっていない。武力で取り囲もうとすれば逆にユーリ・エストラント一人で国家が滅亡させられてしまう。逆鱗に触れてしまえば、その瞬間に東の帝国の首都を焦土とする核激魔法がさく裂する。東の帝国すべてが人質となっている爆弾処理のような作業となるのだ、まさにユーリ・エストラントは全てを焼き尽くす強大な弾頭だ!


「皇帝にはそれほど気に病むことはあるまい?シャルロット王女はユーリ・エストラントの同行者というだけ。西の国王とシャルロット王女も世界的な視野を持つ賢実な施政者だ。ユーリが認めておるのだから間違いない」


ゴルサットはなぜ単純なことを複雑にするのか、と肩を落とした。

もちろん西も東も宮廷は様々な思惑が交錯するし、それが外交へとつながる。

だが今回の件では結局その中心はユーリであり、そしてユーリは単純でまっすぐだ。

だいたい神になろうかという男が人間社会の思惑に左右されるはずがないし、それこそこの世界ではただひとつの種族でしかないニンゲンのウヌボレでしかない。


「おぬしはずいぶんとユーリ・エストラントを認めておるのだな?」


「ヤツを守るためなら自分の命が惜しくないほどには、ですかな?認める認めないというのはワレラのウヌボレでしかないでしょう、ワシは単純にヤツの気持ちの有り体が気に入っておるし信じておるだけのこと」


ふふん、と鼻息あらくひげを引っ張るゴルサットは自慢げで、皇帝にはそれがほほえましい。

本来それは危険な思想だし、自分が気に入った相手だから正しいなんて理屈になっていない。

しかしそれをゴルサットが言うのであれば話は異なる。


今でこそ四賢人きっての明るくあけっぴろげで社交的なゴルサットだ。

だがゴルサットの心根は数えきれない傷に心をエグられてきた。4賢人というこの国の最高爵位まで上り詰めるまでの道のりで切りつける嫉妬や妬み、裏切りや殺意。

4賢人は彼が望んだ爵位ではなく、彼は帝国と皇帝のために身を削り続けてきただけなのだ。


様々な逆境とそして仲間達の死を乗り越えてた彼が、それでも開放的で楽天的な社交性を手放さないのはこの男の胆力によるものだ。

距離が近づけば罠や暗殺の危険と隣り合わせになる、それでもこの男はスタンスを変えることがない。

はた目には誰に対しても開放的で親しみやすい老人だ。

まさに4賢人のひとりとしてふさわしい、酸いも甘いも嚙み分けた偉大なる賢人として皇帝から認めていた男。


その彼が老齢にして得た若い友人を自慢げに語るのだ。


なんだかおかしくなって、皇帝はプフフと息を噴き出して笑ってしまうのだった。


「では我も余計な思惑なぞ気にしないことにしよう。ユーリ殿と率直な想いを交わし臆せずぶつかるがよいだろう?」


「それがよろしいでしょうな、ユーリは激しく真っ直ぐしか進みませぬ。そして視点は世界の国家間の思惑を超えたところで見ております。ヤツと話していると世界は単純であり、むしろ大国がそれをややこしくしているように感じるでしょう」


それが良きとも悪きとも思いませんがな、とゴルサットは付け足した。


代々の皇帝や賢人たちがやってきたすべてが東の帝国民を守るためのこと。

立場に即した自負もある責任もある。

率いる自分たちが全てに善良ではいられない、ある方向から見れば邪悪でしかない。だがすべてを飲み込むのが施政者の役目なのだ。


ユーリの考える簡単明瞭な世は正しくも幼くも見える。

それはユーリだってわかっているだろうし、だから彼は人の世の狭間でゴツゴツとぶつかり合っている。自分の不満をその絶大な力に乗せたりせず、人間として生きている。


「シャルロット王女へ下手なちょっかいを出させぬことが絶対条件だな?王女の思惑も真摯に話を聞くとしよう」


「下手な心配をする必要はありませぬぞ?ユーリの友人である王女が俗世的な交渉を持ち出すタイプとはとても思えませぬ」



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