第227話 戦士たちの挽歌
「ジョバンさんは大丈夫ですの?」
シャルロットは残念そうな顔でユーリに尋ねる。
もちろんユーリと戦闘に出ることが叶わなかったからだけど、ジョバンを心配する気持ちも本当だ。
巨大な砂丘が一瞬で吹っ飛び数百メートルも砂塵の柱が立ち上がるのだから、本来S級冒険者数名がパーティを組むSS級パーティがきちんと対策を講じてから対処する案件に違いない。
「ジョバンひとりじゃあちょっと難しいかもな」
飛んでいくジョバンを楽しげに見つめるユーリにシャルロットが焦ってかぶせた。
「じゃあユーリも行くの!?行くなら私も一緒に・・っ!!」
どうどう落ち着け、とユーリが手を上下にふる。
「そうじゃなくて、あそこで戦っているのは東の帝国でゴルサットの副官なんだ。ジョバンひとりじゃ無理だしマスク副隊長ひとりでも厳しいだろうけど、副隊長とジョバンの二人ならいけるんじゃないか?マスクさんは闇魔法のエキスパートだからジョバンと戦い方が違うけど強さはためをはるぞ」
マスクは東の帝国流儀で闇魔法に特化しているが、闇魔法を取得する前提で全属性の魔法元素も高度なレベルだ。
これは闇魔法が『すべての定石を破る』ことに起因しているからで、森羅万象の定石を崩すには高度なレベルでその定石を理解する必要がある。
それに対してジョバンは闇魔法こそまだ中級クラスだが、彼本来の得意分野は闇と光の特殊魔法を除く上位魔法元素だし全ての上位元素を圧縮した激魔法すら放つ。
冒険者や軍隊としては上位魔法をバランスよく極めたジョバンと闇魔法に特化したマスクは攻撃職として補完しあう存在であるし最強の組み合わせとも言えた。
「東が私たちに差し向けた監視でしょうか?」
どうしても
シャルロットには東が敵国だと頭から離れない。
だがユーリの感覚は違うようだった。
「監視・・・ってのは違いないけど、どっちかというなら『俺たちを邪魔せず見守ろう』としてくれてるよな。俺たちは大陸を西から東へ走ってるけど、西と南の国境あたりから俺たちに並走してくれてるよ。大きな魔獣の気配がするたびに倒してくてるし」
大陸の国境線は縦横にすっぱりひかれているわけではない。
東の繁栄は大陸東側の海沿いが中心になる。だが東はその周辺だけにとどまらずに大陸中央へと細長く西へと領土を伸ばしている。行きつく果てが深淵の森になる。
細長く遠いがそれは東から西へと向かう大街道沿いであり、治めにくい国の形ではあるがそれは東の栄華にもつながっている。南と北は西と東が間に入ることで直接はつながっておらず、とくに東は南北の繋がりの大部分を通過させており、ささやかな関税の恩恵とともに2つの大国の情報が思いのままに手に入った。土地柄は砂漠と森林で南北が手に入れてもうま味がなく、東が設定した通関税も安価なものでわざわざそれを求めるほどではない。それでいて南北は敵国との間に緩衝地帯が出来ているのだから互いに取って都合がよいことも幸いした。
西は深淵の森を超すことができないため直接攻撃できないのだから世界の地形的は東に味方しているといえたし、これこそが弱小国の東が生き残ってきた理由のひとつだった。
それにしてもとシャルロットは考える。
随分に私とユーリの受け止め方が違いますわね?
シャルロットはユーリの考えにひっかかりを感じていた。
事実に対するとらえ方といえるかもしれない。
東の行動をシャルロットは否定的に考えるしユーリは肯定的に考えているのだから。
シャルロットにとってユーリは最強なくせに純朴で、本人には言えないが『ウブな』青年だしそんなところが好ましくあるのだけど。そんなユーリだから気づけない罠を何重にも仕組まれているように感じる。
ドゴオオオオォォォンッ!!!!!
派手な破裂音がして空中で巨大な何かが破裂した。
周囲の空中に飛んで見えたのは東の帝国軍とジョバンだろう。
「50メートル級のサンド・ワームだったな。素早い動きですぐ砂中に潜っちまうくせに魔法防御もある。マスク副隊長の重力操作でアイツを掘り出してもとどめはさせないし、ジョバンの核激魔法だけじゃ攻撃がヤツにとどかないってわけ」
「最初にすごい砂塵が立ち上がったのはなんですの?」
「最初は東の帝国軍が全員協力した重力操作でサンドワームを上から押しつぶそうとしたんだな。普通のワームならそれで終わってたけど、あれはこの一帯のヌシだから地中に逃げられちまった。ジョバンが手伝った途端に一発でケリがついたみたい」
空中をフラフラと漂うように飛行しながら、まさに辿りついた体でジョバンが戻ってきた。
砂まみれでボロボロなジョバン。今回の旅程では珍しいがユーリからすればこの姿こそが冒険者ジョバンのデフォルトだ。
「おーいそのまんま入ってくんなよな?ちゃんと洗ってこいよー」
馬車の天井にジョバンはなんとか張り付いた。
「水場なんてこの辺りにゃないだろうが!」
フラフラのところをやっとこ戻ってきたのに馬車から拒絶されるとは。
「ちょうどいいから馬車止めて休憩にしようぜ?ジョバンがきれいになるまでな」
馬車が止まると大きな日よけが建てられる。
馬と人とが集まり中央に巨大な氷柱が建てられたのは、ユーリからジョバンへのさりげない『お疲れさん』なのだが、ジョバンはブーたれながら水魔法で体と服をきれいにしていた。
「お疲れさまでしたわ?さすがにS級冒険者の面目躍如というところですわね」
「人使いの荒い団長のせいで冷や汗かきましたよ。あれくらいユーリにとってはどうってことないんでしょうけどね!」
二人がそんな会話をかわしていると、馬の世話を終えたキスリーノがウロウロしながら戻ってきた。
「ユーリ様がどちらへ行かれたかご存じでしょうか?」
いつの間にか姿の見えないユーリを探しており、見つけられずに尋ねにきたらしい。
その顔には不安とも焦りともとれる表情がはりついている。
「先ほどまではそのへんに・・・」
シャルロットもキョトキョトと見渡すけど姿は見えなかった。
「どうせ東の連中に挨拶に行ったんだろ?気にすることはねえよ?」
ジョバンが当たり前のように口にするのがシャルロットはびっくりだ。
思わず口をついた言葉が
「なんですかそれ!?」
であったのもシャルロットが通常ではない証。
「戦闘になんてなるわけないから大丈夫だぞ?ユーリを何とかでるヤツはいなし東の連中もよくわかってるから。だいたい調査隊で仲間だったから久しぶりに顔を見に行っただけだって」
平気な顔で手を振るジョバンにカチンとくる。
そうやってユーリを取り込む算段がすすんでいるのですわ
「ジョバンさん、今すぐそこへ私を連れて行ってもらえますか?」
シャルロットがうつむいてプルプルと手を震わせるのを見て、ジョバンは慌てて手を振った。
「危険なんてないですってば!あと申し訳ないですが今は魔力もヘロヘロなんで厳しいですね」
戦闘から戻ったジョバンがヘロヘロなのは誰の目にも明らかで、シャルロットを抱えてもう一度飛べというのはコクであった。
コクなのだけど。
ジョバンのいう『危険』なんてありはしない、そんなことはわかっている。
ユーリの身の安全を心配するなんて過度の心配性でしかない。
シャルロットが心配するのはユーリの気持ちの話だ。
西の王国の仲間のために動いてくれているユーリは、縁ある者と友諠が深まれば仲間だと認めてしまうに違いない。東の帝国は自分たちが同じ世界に生きる仲間だと認めさせようと狙っているだろう。
シャルロットには東の軍に見守られているというユーリの認識は甘い。彼女からすれば東は『あざとい』のだ。見守る必要なんてない、最強のユーリにそんな必要はないのだから。ここにはジョバンもいるし王国軍の護衛だっている。バカにするな、なのだ。
ユーリが東と交流するのであれば、それはシャルロットがいる場所でなければならないのだ。つまり西の王国公認の上で結ぶ東との友諠でなければならない。
「本当に役に立ちませんわねっ!」
ガーンとショック受けるジョバンは立ち直れないのだけど。シャルロットが気づく余裕はなかった。
だってシャルロットは自分に対して腹を立てたのだから。




