第224話 旅路
翌朝
「それではまいりましょう!」
出発する馬車にはいつの間にか一山の荷物が積み込まれていてびっくり。
少しだけのぞくとさまざまな服装や装備にアイテムの数々。王宮の晩餐会から深淵の森の探検までどんな場面にも対応できそうな品で、侯爵からの贈り物だと執事から説明を受ける。
男性モノばかりでオレ宛だろうけどそこには触れてはいけない。おそらくキスリーノにむけられた手向けみたいなもので、執事として俺に恥をかかさないよう金銭がかかりそうな部分を援助してくれたようだ。
「でも本当にいいのか?リーノがいきなりいなくなっちまったら侯爵邸は大変じゃねえの?」
本人に聞いても首をふる。
侯爵夫妻に確認しても首をふる。
そしてシャルロットに確認すると、ヤレヤレとお手上げ状態でため息をつかれた。
昨日の夜に感動の再会を果たしたリーノことキスリーノに一晩中スガりつかれ泣き落されてしまった。
配下にしてほしい、一緒に同行させてほしい。
最初は冗談なのかと思ったその願いはすぐに魂からの叫びだとわかる。奴隷でも荷運びでもなんでもよいのですと熱い目線で足元にすがりつかれた。
その後いかに自分がユーリに恩を感じているのかコンコンと語り、これまでの活躍をいかに憧憬しているかを嬉々と告げられたのだった。
ユーリの前世はただひたすらに一人であり、古い友人同士の再会で語られる懐かしい昔話など縁がないものだ。それは今生も似たものであり、少なくとも屋敷の使用人を除けば昔を知っている相手などいないし、彼らは仕事であってそんな話なぞすることはない。
ユーリからすれば稀有な経験となるはずの再会であり、なんだか自分が『普通の』『よくある』存在であるのだと安心しちょっぴり嬉しかったのだけど。
違う、これは違う。
ユーリが止めければ何時間でも何日でも語り続けるに違いない熱意、次から次へと出てくる賛辞。
懐かしい友人との再会なんかではない。まるで信者が崇拝する神にであったかのような扱いに、心中の自分がガックリと膝をつきそうになったのだった。
そんな感情はさしおけば、この仲間希望者はかなりの部分で噂話の本質を突いており、その情報網と分析・推察力には舌を巻く。とにかくユーリに関してすべてを投げ打っている。
その能力に感心していると、すべてユーリのためのものだと話は続き必ず役に立って見せるという決意表明へとつながるのだった。
呆れかえってしまったユーリ。
どう説明しても理解してくれない妄信者を納得させられず、侯爵夫妻の許可がもらえることとシャルロットが同行を許可すればという条件付きで折れたのだ。あり得るはずがない。
侯爵邸を支える切れ者の執事長がいきなり出奔するなんて許されるわけがない。そしてシャルロットがいい顔をするはずはない。貴重な後援者に不義理を行うはずがない。
そんな考えは甘かったようだ。
もう始まる前から侯爵夫妻はキスリーノを応援する姿勢で、ユーリと別に打ち合わせしたシャルロットは侯爵から彼のことを頼まれたに違いない。なぜかあきれ返っているのはよくわからない。
これまでより少しせまくなった馬車はそれでも6人乗りだ。ユーリの正面に座るキスリーノは満面の笑顔でユーリの一挙手一投足をチェックしている。
王女の横に座っているユーリの側は2人で座るので変わらないが、対面の座席は大の男が3人で座ることとなった。ジョバンが居心地悪そうにキスリーノを睨むが彼はそんなことを気にする男ではなかった。
彼にとってユーリ以外の存在は王女ですら眼中にないのだから。
「ユーリ様のどは乾きませんか?塩味やレモンの酸味に甘みをくわえた炭酸水です。飲むとスッキリしますよ?」
銀の筒は水筒だろうか、いい音で開けてユーリに進めるのは気遣い執事。
「ああ、わりいな。・・・って冷たいしうまい!!」
ジョバンやザハトルテはもちろん王女すらいないように二人の世界が展開する。
「私の氷魔法で最適な温度で提供しております。この程度はお茶の子でございますのでいつでもおっしゃってくださいね?」
満足いったかのように頷くキスリーノ。
そのやりとりを取り残された3人がシレッとした目で眺めるのだからやりずらい。
「それは大変興味深いですね?でしたら私にも一口っ」
ザハトルテさんが伸ばす手をとさえぎるようにナイフの刃が現れた。
「これはユーリ様専用の飲み物ですからご遠慮願えますか?」
ニッコリと笑うキスリーノの目は全く笑っていなかった。
その目はたとえ誰であろうと引くことがない覚悟を示していた。
「それはわるかったね、あはははは・・・・」
ザハトルテさんすら引かせてしまう新しい執事。彼はユーリのためだけに存在する。
そんな道中はいよいよ国境線を超えて進む。
まずは南の砂漠地帯をかすめるように進み、乾燥地帯を抜けると東へ入ることになる。
西と東の接するあたりは『深淵の森』が広がり馬車で通れる道はない。森を迂回するしかないため北か南の領域を通ることになる。もちろん南経由の俺達に、同じ発表会に参加する南はあっさりと通行許可を出してくれた。その上で実は南の王宮へ招待もしてもらったのだけど今回はご遠慮させてもらった。
今回キャサリンを置いてくるにあたり、余計な寄り道はせずに最短距離で行って帰ってくる約束なんだ。
南の王宮から誘われた話にキャサリンから笑顔がスッと引いたから。
「え?それならボクも絶対に行くけど」
静かで落ち着いた声は目が全く笑ってなくて。絶対に譲らない気迫がほとばしっちゃってる。
行かないよ、早く帰ってくるよ、とさんざんなだめることになった。
深淵の森における共同調査は終わり次第速やかに南の王宮でも報告がなされた。
波紋をなげかけたのは研究の内容ではなく、ユーリ・エストラントに関して。
西で語られる『ユーリ・エストラント伝説』は神のような御業で奇跡をおこない続ける英雄譚。もちろん南にも伝わっているが王宮では話半分の笑い話として扱われていた。だが報告では4賢人ゴルサットが彼を随分と気に入ったらしい。
ユーリ・エストラントと東の4賢人が突然に太いパイプでつながったのだから話に信ぴょう性が出てきた、そうなれば南としてもユーリを放っておけなくない、というのが実情なのだった。
なお、この『ユーリ・エストラント伝説』はキスリーノがつかんでいる内容と似通ったもので、東や北の諜報部門も同じ情報をつかんでいる。各国の情報局が得た情報を整理して整合性をとったものが『ユーリ・エストラント伝説』、それを大衆受けに脚色したものは西の地方領地で舞台になっている。
各国の王宮はユーリとつながりを持ちたいと動き始めているのだから、これは調査隊を画策した東と同じ思惑となる。つまり東の宮廷はゴルサットが早々にユーリと友諠を結んだことで鼻高々であり、北の帝国は攻め込んだミスに焦り、南は共同研究のつながりを活かしたいと考えていた。
ユーリの知らないところで次の舞台が準備されていくのだ。




