第223話 再会
全然酒を飲んだ気がしない。
なんだってんださっきの食事会は?
ジョバンと飲みなおそうかと食事の間から退散したところでシャルロットから呼び止められた。
この侯爵邸の執事長と二人で打ち合わせをするように丸投げされる。
シャルロットは侯爵夫妻と会談の続き。
また領地のお悩み相談か?
シャルロットも詳しくはわからないらしい。そんなところでしょ、と突き放される。
俺は現場の問題の方が向いてるから願ったり。貴族社会の話をされても困る。
ジョバンと一緒に顔を出せばいいかなと思ったら『執事長と二人で』と念をおされた。
指定された部屋をノックしても返事がない。
「キスリーノさんでしたよね?ユーリ・エストラントです、打ち合わせにきましたけど」
声をかけても返事なし。
そのくせ扉越しに魔力反応を感じる。
動きがないから倒れてたかケガしたのか?
慌てて開いた扉の先は暗闇で部屋に灯りがついていない。
窓の外は星が宝石箱のように連なって外の方が明るいくらいだ。
暗がりのなか目をこらすと俺が扉を開けた正面に彼はうずくまっていた。
いやうずくまるのとは違うのか?
彼は土下座していた。
意識は・・・あるようだ。
暗闇でも彼が俺を見つめているのがわかった。
「ユーリ・・さま・・・っ」
必死に口を動かしてるけども、極度の緊張で言葉を吐き出すのもやっとだ。
必死に言葉を絞り出している。
「ごっ・・・ぶさた・・を・してお・・・りました」
詰まりながら言い切ると、勢いよく頭を地面にひれ伏した。
ちょっと待ってくれ
浅黒い肌はおそらく南方系の人間だろう。このサラマンド領では見かけない人種だ。
南の王国の人間か、南から理由があって王国へ流れ着いた不法入国者か、あるいは人身売買で奴隷として連れてこられたか。強い肉体で土方労働にコキ使われているばかりだけど、思いやりがあって仲間思いで義理堅い。これは南の国全体の特質も同じ。
彼らからすれば西の王国は鼻もちならない貴族が跋扈するうさんくさい国だし、冷たく権威主義と営利主義に満ちている。
目の前の彼は細いくせに鍛え抜かれた体に見上げた目は理知的で、理性と知性を兼ね備えた細マッチョだ。肉体強度も武芸も魔法レベルも、人間のレベルとしては年齢よりはるか高みに達しているし、このまま鍛え続けるなら王宮で認められる男になりそうだ。
土下座して頭をあげなてくれないけど
どういうこと?
膝まづいて言葉もしゃべれないほど緊張して、そんな再会をする相手なんて覚えがない。
南の出身は義理堅いタイプが多いからだろうけども。何かの縁で彼を含んだ集団を助けたことがあるのか、北の大軍を退けた防衛戦を見られたのか?
「キスリーノ執事長やめてください、俺には何がなんだかわからないですよ?」
頭をあげない執事長に俺も片膝をついて肩に手をかけた。
何なら腕をつかんで無理やりにでも立ち上がってもらわないと話ができない。
顔を上げた執事長はすがるような目で俺を見る。
目に涙をためた必死な顔で。
それはいつか、ずいぶん昔の記憶で見た表情だったから。
思わず言葉が口をついた。
「どこかでお会いしましたね?」
キスリーノ執事長の頬をブワリと涙が伝った。
無理に作った笑顔にほほが引きつってそれでも喜びが伝わってきた。
「はいっ・・・はいっ・・・もう十年も昔になりますが、あなたに命を救われたものです」
落ち着かせようと抱きしめると、彼の涙はいつまでもいつまでも止まることがなかった。
俺がずいぶんと小さいころの朧気な記憶。
高熱が続いてベットに寝込んでいた。
少しウトウトして寝がえりを打つたびに体をえぐった傷の激痛に目が覚めてしまう療養の日々。
朝も昼も夜も関係なく襲う痛み、ゆっくりと体を休めることができずに混濁する意識。
起きてもボーッとするし意識を手放しても激痛にすぐ起こされて疲れがとれない。
意識は夢と現実を行ったり来たりしたし、何が現実で何が夢の中なのかも判断つかないそんな日々。そんな状態で数か月も過ごしたらしい。
夢か現実なのかすらわからずに残った薄らぼんやりと覚えている記憶、その中で見かけた顔だ。
少しでも動けば痛がる俺をベットの横で見守ってくれていた顔。
少し元気になった俺となんだか会話をした気もするけど、何を話したかなんて覚えてない。
やっと言葉を話すくらいの年頃だから意味のあることなんて話してないだろう。
元気?とか大丈夫?とか、そんな簡単なやりとりだと思う。
その日も男の子は俺の顔を心配そうにのぞき込んでいて、目を開くと言葉を二言三言交わした後にキラキラした目で俺の手にのっけてくれた。
カブト虫。
小さい体なのにギチギチと力強く動いて、俺は図鑑でしか知らなかったこのプレゼントがずいぶんとうれしかったことを思い出した。こんな宝物を同い年くらいの子から貰う経験なんて前世からなかったことだったから。
その子を見たのはそれが最後だったし、そのあと病状が悪化してずいぶんと意識を手放していた。
目が覚めるとカブト虫もいなかったから、結局それが夢だったのか現実だったのかわからなかずじまいに記憶も消えていった。
「あなたはあの時僕を見舞ってくれてた人ですか?」
そう思えば目や口元に少しだけ面影がある。
もちろん肌の色も。
「そうです、そうです・・・」
俺の両手をしっかり握って涙を流し続けるのは、やはりあの時の少年だった。
ユーリとキスリーノが再会した部屋とは違うフロアーの接客の間。
二人の再会にいっさいのノイズが入らないよう侯爵が配慮したため、違うフロアの一角。
豪華な調度品に囲まれている貴賓室で侯爵夫妻はシャルロット王女を迎えた。
「彼はずいぶんとユーリびいきなのですね?」
シャルロットは口を押えて笑っているが苦笑いも含まれており、ちょっぴり引いてる感じだ。
「あいつは自分の命も人生もすべてをユーリ殿のために使うことしか考えていません。ユーリ殿が神様かわかりませんがアイツにとってはすでに神なのですよ」
笑顔で答えるサラマンド侯爵の表情も、実直な部下への思いやりながら若干引いているに違いない。それでも自分に尽くしてくれた部下で少年時代から見ているから親心が先に立つ。
「あいつがユーリ殿にお供させてもらえるなら笑って送り出そうと決めているのですよ」
サラマンド侯爵夫妻はシンミリとした表情で遠くを見つめるのだが。
ぶっちゃけるとシャルロットは『えええ?』飛び出しそうな声を無理やり胸中に押しとどめたが、驚愕の表情は止められなかった。
なぜこんなユーリの周囲には脂っこい仲間達が集まってくるのかしら!
才能も素質も実力も知力も、すべてにおいて優秀な仲間たちが続々とユーリのもとに集まってくる。
正直うらやましい限りではあるのだけども、その全員がずいぶんと脂っこく妙な執着?粘着?そういうものを持ってユーリを縛るように感じる。
そんな深い思いをも受け入れるのが神様の深淵なる懐の深さなのだろうし、彼の信念であればどんな粘着にも曲がることはないのだろう。
それは王族であり王位継承権を争う自分にだって手をかしてくれるくらいなのだし。
ユーリだって試されているのかもしれませんね?
それは自分も同じだ




