第221話 侯爵の頭脳
「この度はパリシヤ領へのご助力まことにありがとうございます。鮮やかな手腕でみな感服しております」
キスリーノがニコヤカに謝辞をのべると、王女はその情報網に舌をまく。
隣のパリシヤ領からは馬車で数日かかる距離であり、問題が決着した翌日に自分たちは出発したというのに。
自分たちが到着する前にすべての情報を手に入れ分析したのだろうし、そんな速さで情報を出し入れするのは国の暗部くらいだ。そしてその力を持つことを最初に明らかにしたのだ。
「随分とお耳が早いですわね?あれは手腕という程のものではありませんわ。侯爵にキスリーノ殿がいらっしゃるように、私にもささやかに力を貸してくださる者がおりますのでその方の手柄ですの」
「もちろん王女が御自分で飛竜の群れと交渉されたわけではないでしょう。竜種の血が流れる強力な魔物ですから、無理やりに話を聞かせられる程の力がなければ役割は果たせません。しかも全滅させず深淵の森に引き上げさせるほど服従させたのですから。ヤツラからすれば争っても無駄であると悟るほどの強者でしょうね(ニマリ)」
うん?
その穏やかで敬意に溢れた表情がほんの一瞬崩れたように見えた。
実際には感じただけなのだけど、完璧に作られた空気の中に一瞬だけ本音が垣間見えた気がする。
もちろんシャルロットはおくびにも出さずに話を促していく。
「それほどの強者が王女の名代として鮮やかに治めたなら、それはやはり王女の手腕と言えるのでは?」
このキスリーノという青年は何を伝えたいのだろうか?
彼の言う情報は全て正しい。それどころかシャルロットが正確に掴んでいなかった飛竜の性質まで言及している。
自分の優秀さをアピールしているのか、情報網のすごさを自慢しているのかと疑問湧き上がる。だがそれにしては言動からはそんなアピールは見られない。
情報を早く正確に仕入れて分析した結果を淡々としゃべっているのだから、王女へ驚嘆の意思を告げただけともとれる。
淡々と?
シャルロットには違和感が走る。
「どうですかな?うちの頭脳はなかなかに優秀でしょう」
侯爵は当たり前のように笑っていてもワクワクした子供のような表情だ。
ビックリしましたかな?とイタズラ心を感じる。
「こいつはユーリ殿の情報には目がないのですよ。それはもう誰よりも早く手に入れないと、夜中でもウロウロと部屋を歩き回るくらいに」
侯爵の言葉を聞いて、ああ、とシャルロットは腑に落ちた。
「それではあなたが私への指示を侯爵に進言してくださったのですか?」
キスリーノは鼻の頭をポリポリとかいて、まいったなぁと苦笑した。
「まあそういうことにもなるでしょうか?ほかの誰もできない力を持った神のような存在があなたのガーデイアンなのですから。神に(ニマリ)守護された王族がこの国を司る、それはとても正しいことのように思えます」
さっき侯爵が話したことの説明に違いはなかった。
それでも疑問が大きくなるのは気のせいなのか。
「そ、それは大袈裟ですわよ?確かに私はガーディアンのことを世界で最強だと思ってますけれども。でも彼は決して神ではありませんの」
「そうですね、確かに世界最強と言っても過言ではないでしょう(ニマリ)、東の帝国で4賢人の武闘派ゴルサット殿ですらユーリ殿に教えを請うたという話ですから」
あら、私の知らないことまで知ってるのね?
シャルロットは若干気分を害した。
そして後でユーリをつねりあげようと心に決めた。
もう名前を隠したトークは終了したのね?
シャルロットは気付いてしまった。
この青年は物腰丁寧だしいますぐ王宮に入れるほど情報網や分析力を持ち合わせている。おそらく国際情勢にも詳しいであろうし、侯爵に変わってサラマンド領の施策を立案しているのだから幅広い経済・経営知識も持ち合わせている。
本来なら「私が部下に欲しいわこんな優秀な人材!」なのであるが。
どうにもひっかかるしシャルロットに対して見えないけどもカドが立つ。
「あ、あなたは随分とユーリのことを買ってらっしゃるのね?でも彼は神様ではないのですよ?」
ここで初めて。
初めてキスリーノは疑問めいた釈然としない表情となった。
「いいえ?少なくとも私にとってユーリ様は神のごとき存在です。北の王国をダマらせ東の帝国を感服させる。世界をまたにかけて国を従えさせていく、そのような方を私は神か魔王しか私は知りません」
シャルロットは呆れてものが言えない、それほど愕然とした気持ちだった。
「そ、そうなのね?もしユーリがそんな存在であればそれはすごいことよね」
いつの間にか話がヒートアップしている。
キスリーノとシャルロットの間には王女と地方侯爵の執事、という立場が随分と溶けだしていた。
もちろんそんなことを気にするシャルロットではない。それよりもこの青年が何を考えているのかの方が気になってしょうがない。
「たとえ今がそうでなくても。きっとそうなるでしょう、それかむしろ・・・」
「むしろ?」
そこでこの青年はハタと気づいたように口を閉じてしまった。
さすがにそこまで言ってはマズイと思ったようだ。
そしてそれはシャルロットが感じている危惧と同じであろうと直感できた。
「つまりはこの国を正しく導いてくださるのはシャルロット様をおいて他にはない、そういうことだろう?キスリーノ」
つまってしまったキスリーロに代わりサラマンド侯爵が口を挟んだ。
さすがに部下の話が王女様への礼を失し始めているから潮時だろうという判断だ。
シャルロットも突っ込みすぎてしまったことに気付いて話をあわせる。
「ありがとうございますわ。多分に私の力を買っていただいた結果ではないようですけど」
わざとらしくプンとむくれた顔をすると侯爵もキスリーノも恐縮して手をふるが、別に本気でおこっているわけではなく少し茶化しただけだ。その証拠にすぐにいつもの笑顔が輝いた。
「これからは私の成すことで皆さまにもご納得いただけるよう努力しますから。引き続き力を貸してくださいませ」
侯爵にはわかっている。
人間味があふれ、本心で民草のために想いを馳せる王族はこの方しかない。
それは地方侯爵である自分の立場と重なる面も多かったし、苦労も無力感もよくわかるのだ。
自分には代々の領主が積み上げた領民からの信頼と少しだけ周りに示せる武威があった。近年はキスリーノという地方侯爵の自分にはもったいない程の切れ者も手伝ってくれている。
無い自分に、無力感の中でも役割をこなそうとする自分に、ひとり、またひとりと力を貸してくれる人が現れる。
それは真摯に生きてきた自分へ神が与えてくれたご褒美だ、そう考える。
縁という名の力がまた自分に役割を与えてもっと大きなことをなす。その繰り返しだ。
きっとこの王女も何もないところからで戦ってきたはずだ。
その彼女のまわりに力が集まり始めている。
もちろんキスリーノのように、ユーリ・エストラントの持つ力はあこがれ崇拝してしまうものだ。
しかし神の力で助力してもらえるだけの努力を続け、自分の想いの正しさを孤独に貫いてきた、その強さに尊敬の念を抱く。施政者としての立場に同胞としての仲間意識がわくのだ。
自分の頭はキスリーノほどはよくない。
だが自分が成すべきことは直感でわかる。
キスリーノは領地を鑑みて立ち止まっていた自分の背中を押しただけだとわかっている。
何も持っていなかった少年キスリーノがここまで自分達のために力を付くしてくれたのだ。
侯爵の胸を感慨深い想いが染めあげ、この純粋な青年に示すことができる感謝を口にする。
「シャルロット王女、僭越ながらひとつ聞いてもらえないだろうか?」




