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第220話 サラマンド侯爵領

砂塵を上げた軍勢が屋敷にせまってきた。


かの方はすぐそこまで来ている。


門を抜けた入り口に使用人がズラリとならぶ。

中央にはサラマンド侯爵と奥様、坊ちゃんお嬢ちゃんも勢ぞろい。

一家総出のお迎えも当然のこと。


侯爵家にとって最たる賓客は王国の第二王女であるシャルロット様だ。

王女初の外遊の宿泊地として選ばれたわが領主。

サラマンド侯爵は随分と早く、まだ誰も王女に見向きもしない時期からシャルロット王女を援護し絶対的な忠誠を誓ってきた。だからこそ今回の宿泊地に選ばれたのだ。『シャルロット派』の筆頭侯爵だと認められたも同然だろう。


侯爵が馬車から降りる王女を恭しくエスコートし、一郎全員で歓迎の意を表して邸内へと案内する。

そのまま最上位の接遇の間で改めてのご挨拶、そしてここからサラマンド侯爵領の新しい未来が始まるのだ。


シャルロットにとってサラマンド侯爵は真っ先に自分へ忠誠を表明してくれた地方貴族だ。ガイゼル、キルリス、そしてもちろんユーリといった面々が陰に日向に味方してくれていたが、それは派閥といえるものではない。

サラマンド侯爵の宣言が呼び水となっていくつかの地方貴族の恭順の意思を表明してくれており、まだまだ弱小派閥といえシャルロットは確実に王選にむけて力をつけていた。

サラマンド侯爵が自分へ示してくれた忠誠はユーリ・エストラントへの大きな期待に間違いなかったが、それでも侯爵への深い感謝の念はつきない。

ユーリに対する感謝は淡い想いとともにしまってあるが、サラマンド侯爵へは明確に表立っての大感謝しかないのだった。


「ようこそサラマンド侯爵領へ!長旅に不自由はございませんでしたかな?」


大きなひげを携えた筋肉質の大男は豪快な笑顔で王女を迎えた。

シャルロットを見る目は優しさを讃えていたが、頬には大きく傷が走り体中の筋肉は太く力強い。

そこらの戦士では敵わないだろう歴戦の勇士であり、王国の東端における守護者の役目も担う。

周囲の地方領地とも協力しあう間柄であり、王国東部の防衛はサラマンド侯爵に皆が頼り援助を求めるのだ。


「おかげさまで。最近この地区はいかがですか?東や南はサラマンド侯爵が抑えてくださるので国防が成り立っておりますわ。王族を代表してお礼を言わせてくださいまし」


子供たちが父親である侯爵を見る目が輝く。

この国の王女が名指しで自分達の父に感謝を伝えたのだ。慌てて口を結んだが全身から嬉しさと誇らしさがあふれ出ているのであった。


挨拶がひと段落したところで侯爵家の小さな娘、まだもの心ついた頃だろうか。キラキラした目でシャルロットへと寄っていく。


「王女様、きれーーーー」


「こ、こらっ。王女様に対して何というっ・・・!」


思わず感嘆の声を上げた娘の口を後ろからあわあわと侯爵が手でふさぐ。これが王都なら完全な不敬罪だがそこもまた辺境の田舎なのであった。


「ありがとうございますわ?お嬢様もきっと美人になりましてよ、お母上に似て整ったお顔立ちに健康的なお肌がきれいですし」


やんちゃそうな少女の頬に手をそえて微笑む様は天上の女神様にも見えたことだろう。


「は、はわわわわっ!わ、わたしもキレイになるって、なるって王女様が!!」


真っ赤になった少女がパタパタと音をたてて侯爵夫人の後ろに隠れる。

そのくせひょっこり顔を出して見つめてくるしぐさに王女もほっぺが落ちるように微笑む。

シャルロットは末っ子であり、欲しかった妹のように感じるのはしかたがない。


「東も最近はさっぱりと悪さをしてこなくなりまして楽なもんですよ。森の共同研究が聞いてるのかもしれませんが・・」


今がそうであっても、国防とはそんな簡単に安心できるものではない。

友好条約が結ばれたわけでもない不可侵条約が結ばれたわけでもない。お互いが攻め入ることを留める何かが明示されているわけではないだから。


「おそらくは大丈夫でしょう。私の個人的な見解です」

シャルロットはチラリとユーリの方へ一瞥をくれたが、すぐに侯爵へと向き直った。

侯爵も同じようにユーリに目をくれて同意するようにうなずく。


「おそらく東は西の出方を伺っていますわ。東のエージェントをあぶりだして追いやった初めての国ですし、北の奇襲も簡単にしのいでしまった大国。おそらくはこちらの力を見誤っていたことに気付き、その対策に大わらわかなのでしょう」


シャルロットは用心深く事実から得られる当然の推測を述べた。


「そうとも考えられますな?しかして昨今の王国は随分と他国をやりこめておりますが、まるで何かの力が働いているようにしか思えませんなあ」

「力、ですか?」

「そうです。まるでこれまでの力を超越したような力。そうでなければこれまで出来なかったことがいきなり出来るようになったことの説明になりませんぞ?」


侯爵にシャルロットを問い詰めたり責めたりする口調はいっさい感じられない。

ただ、わかりきった事実をのべるように淡々と口にしているだけであった。


「そうですわね、そういう力も働いているかもしれませんわ」


西の王国をまもるため、などという大袈裟な理由でなくて。


「王様、ガイゼル司令官、キルリス師団長。そしてもちろんシャルロット王女。そしてその方々が関わる王宮、王国軍、魔導士団、魔法学院。皆さまが困りそうになると超越した力が働く。面白いではありませんか?」

侯爵は白く長い髭をなでるように伸ばしながら楽し気に語った。自分の信じたものが間違いないと満足しているかのようだ。


「面白い推測ですが何か根拠は?」


「根拠?実は今の話は単なる受け売りなのですよ。私はこの辺境の地のまとめ役で武人ですが、そこまでが限界です。王宮や貴族たちの読みあいや権力闘争なんて気にしているヒマはありません。私の代わりに考えてくれてる男から説明を受けたのですよ」


それが本当なら随分と人任せですがよろしいのでしょうか?

シャルロットの疑問は当然で、頭が良い者はそれだけ危険をはらむ。絶対の信用が担保できなければ施政者にとってはいつ寝首をかかれるかわかったものではない。だがその男がかなりの情報通であり分析力を持っていることは違いない。


「ワタシを支援してくださるのはとても有難く感じてますが、それも誰かの入れ知恵か何かですの?」


「どうやら少々誤解されてしまったようだ。我らが仕えるのは国王のみ、あなたがいくら正しく王道を学ぼうとも王として選ばれなければ意味はない。しかし第一王子や第二王子がなされている貴族社会の力くらべや揉め事には意味を見つけられない」


どういうことですの?


自分がいくら王として理想を追求しようとも、王選では王宮内の力関係が結果へとつながる。王宮内で有力者を思い通りに動かすのは王の資質であるのだから。

そんなことは侯爵もわかっているだろうに、でもそれは自分達とは関係ないと言っているのだ。


「どういうことですの?王にならなければ仕える意味はないならば、王になりそうな力のある派閥を支持するのが筋ではありませんこと?」


「まだおわかりになりませんか?国を救うほどの超越した力があなた達を助けているではありませんか?」


「あら」


どうやら暗黙の話題を放っておいてはくれないらしい。

シャルロットからすれば国王や関係者以外に秘密事項であり自分から口に出せないことを、侯爵はツラリと口にする。


「金の匂いに敏い貴族たちが何人集まろうと我らには関係ないのですよ?王とは国を救える力を宿すものであるべきだ、だから我らはシャルロット王女を応援するのです」


「・・・あれは私の力ではありませんわ」


「そうですね、あなたが友と呼ぶ者の力ですな。もうおわかりでしょう?超越した力のことを」


どうやらこれ以上隠しながらの会話は無理だろう。

かなりの事実をこの侯爵がつかんでいるのは違いない。


けれどどこまで知っているか注意する必要がありますわ。


「侯爵がそれほど信用されている方の翠眼(すいがん)には驚かされますわ。侯爵は世界一の情報屋さんと契約されているのですか?」


半分はあやふやに肯定し、もう半分はぼかしておく。

情報源となるもの。それが人なのか組織なのかはわからないが、善なる者か悪なる者かまだわからない。

果たして本当にそんな存在があるかどうかも真偽は証明されていないのだから、味方であってもうかつなことを口に出すわけにいかない。

実は侯爵自身が卓越した情報網と野心を持ってシャルロットに交渉を望む、そんなことも想定内だ。


しかしそれは王都の貴族社会的な考えでしかないことも理解している。サラマンド侯爵の身許、経歴、領地経営のすべては暗部によって調査済であり、侯爵の姿勢は正しく王国と領地に向けられたものだ。

飛びぬけて優れた施政ではないし、武力においては卓越しているがそれはこの地方に限定されるものだ。周辺の地方貴族に頼られるほどであってもガイゼルやジンやキルリス、そしてもちろんユーリの足元にも及ばない。

田舎の人格者であり武芸者が頑張って自分の役割を果たそうとする、そんな善なる領主だ。


「キスリーノをここに」


領主が賓客である王女との謁見にほかの者を呼ぶことはない。

呼んだ者が何か粗相をすれば王宮では打ち首だ。

しかし侯爵はむしろ嬉々としている。


「お初にお目にかかりますシャルロット王女様。サラマンド侯爵邸執事長の任を預かるキスリーノと申します」


王族の対する臣下の礼が見事に様になる青年であった。

動きに無駄な力が入っておらず、さもそれが当たり前のように毎日繰り返された所作のような丁寧で美しいお辞儀。

王宮内の貴族でも上位であろう所作と相手を安心させるかのような微笑み。それでいて敬意がしっかりと伝わる。


シャルロットは優雅に立ち上がると臣下に対する礼を行った。


「シャルロットですわ。随分ときれいな所作をされるのですね?」


侯爵にしたのと同じ礼をたかだが邸宅を管理する執事長に行ったのだ。

いくら侯爵からの紹介とはいえやりすぎだし、サラマンド侯爵だって不満に思う可能性がある。

なにせ自分が紹介した部下に王女は同格として接したのだ。


シャルロットはこのキスリーノと名乗るこの青年を一目見て悟った。ただものではない。

現に侯爵は満足そうに二人のやりとりを眺めている。


「うちの執事長です。いろいろな施策の立案や交渉ごともやってくれてるのですよ?」


侯爵はさらに自慢げにキスリーノを紹介する。

施策の立案?そう侯爵は言った。

補佐ではなく立案。

それではまるで。


「そうですそうです、もう私の頭脳というところです。本物の私のオツムは筋肉で強化されているので細かいことを考えるのに向かないのです」


ガハハハと笑う侯爵と、それを見て苦笑するキスリーノ執事長の間に厚い信頼関係が見て取れた。

貴族社会の格式ばったやりとりでなく、"いい関係"であることが見てとれるし、何とも微笑ましい光景であった。


それを受けてであろう、キスリーノは王女に深い礼をすると、その力の一端を披露するのであった。


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