第216話 懐かしい記憶2
薬をつけられ包帯を巻かれてタンカに寝かされた俺に高級な身なりの貴族が声をかけてくる。
さっきまでより意識が戻ってきたせいだろうか。
もっと激しい痛みが全身を覆って体中が熱かった。
「話はできそうか?」
声は碌に出なかったので頷いてみせた。
親方が水を飲ませてくれる。その横では商人が貴族に平服していた。
出来ないって言える空気ではなかったし、何がどうなったかさっぱりわからなくて誰かに教えて欲しかった。
貴族の顔は逆光で顔はよくわからなかったけど、静かな様子なのに何だか曲がらない圧力を感じた。
それが使命感と呼ばれるものであると気づいたのは数年も経ったあとのことだ。
「息子があなた達の取り込みの邪魔をしたようだ。どうしてこうなっているか説明してくれないか?」
この貴族もまた真実を知りたがっている。
曲がらない強い意思が感じられた。
俺は自分がわかってる全部を貴族に説明して、その後には商人も親方も貴族の馬車に呼ばれて話を聞かれたらしい。
親方から後で聞いた話だ、自分の話を終えると俺はもう気を失っており、次に気付いたのは親方の自宅のベットの上だったのだから。
その瞬間からだろうか。
いやきっと瀕死の俺に強い力が抱き着いた瞬間からだろう。
焼けるような痛みが俺に何かを目覚めさせてくれたんだ。
何もないはずの運命が歯車を回し始める。
まるで抜けていたネジがはまったようだった。
体を動かせるになるまで1週間ほど親方の自宅で療養。
馬車でエストラント侯爵邸に移送されるとさらに2週間ほど療養。
次の2週間でリハビリを行うとその後はサラマンド領へ移った。
執事見習い、要は下働きとしてだけどもサラマンド領では領主の館に雇われる話が決まっていた。
そこには食べる物があり屋根のある寝床があった。幸運に恵まれた。
サラマンド領は辺境で何もない場所であり、起こる問題全てを自分達で何とかするしかない。
辺境特有の価値観があり、都会からきたものをハジきたがるところがある。だがそれも当然で都会のように分業された専門家なんてここでは相手にされないのだから。
この田舎では領主ですら身の回りのことをするし、森へ分け入って夕食の食材をとってくる。
月に一度の食材の仕入れで隊列がやってくると領主もメイドも関係なくその場にいる者全員で食料の詰まった麻袋を倉庫に搬入するし、領民から頼まれた領主は馬を駆って領内を駆けずり回り働く。そんな領主の邸だ。
でも、だからこそ俺の性分にあった。
都会の贅沢な貴族の邸宅では、きっと俺は何をすればいいかわからなかったろう。
でもここには俺ができることがある。
そして俺にこの働く機会を与えてくれたエストラント侯爵に報いるために、役立たずでいるわけにはいかった。
水汲みに害虫退治に夜間の見張り。俺は嫌がるらしい仕事を率先してやった。
皆に溶け込み必死で働く俺にはこの辺境の人たちが大層やさしかく感じた。
仲間として必死に働くヤツに田舎はやさしい。
おかげでいろんなことを教えてもらう機会もできた。
文字や計算を憶えたし学問も教えてもらえた。
周りのみんなに俺の生い立ちややらなければいけないことを伝えると、皆が応援してくれた。
さすがに王都のように魔法学院もないし教授達もいなかったが、執事長は魔法学院の卒業生だったし、メイド長も高いレベルの学校を卒業していたおかげで俺は二人の師の元で学べた。
必死に働き続けた俺にいつか使命のようなものが胸に宿る。
俺にチャンスをくれた、人として生きる機会と仕事をくれたエストラント侯爵に報いる。
俺達が住んでいた廃墟を買い取って孤児院を立ててくれた奥様に報いる。
そして何より俺の命を救って侯爵ご夫妻とのご縁を生まれるきかっかけとなったユーリ様のお役に立つ。
4歳児の貴族の子供が俺をかばってムチを受けたんだ。
肉体労働で普通のやつらより余程頑丈な俺ですら皮がさけ肉が見えるほどのムチだ。俺の半分の年の貴族の子供が2発も受ければ死んじまうのが当たり前だ。
これは俺が聞いたから親方は言いにくそうに言ってくれた。
親方のムチは背中にも腕にも派手に音がして血しぶきが飛んでいたけど、本当の急所にはあたらないようにコントロールしてくれてた。
でも俺をかばったユーリ様は小さくて、俺の背中にその小さい体ではりついて庇ってしまったために、頭にも顔にも首にもムチは激しく体をえぐって瀕死となってしまった。
俺を痛みから、そしてくさった人生から解放してくれるはずだった死。
代わりに痛みを引き受けてくださったユーリ様によって救われ、俺はくさった人生からも解放された。
エストラント侯爵夫妻はいっさい俺をせめたりしなかったし、俺はリハビリの最中に意識の無いユーリ様の寝室に顔を出すことも許された。花を摘んでかざり、山で珍しい果実をとってきては枕元に置いた。いつ目が覚めても大丈夫なよう出来る準備。
俺が新しい勤め先としてサラマンド領へと旅立つ数日前のこと。目を覚まされたユーリ様にお礼を言う機会に恵まれた。虚ろな目で微笑んだだユーリ様はまたすぐ寝込んでしまわれたが、次に目をさまされたときにはいくつか話ができ、俺が旅立つ前にはカブト虫をつかまえてきて小さな手のひらにのせることができた。いつか一緒に森に入る約束をして、でもユーリ様の体調はその後悪化して寝込んでしまい、それが俺が旅立つまでの最後の会話になった。
こんなにか弱くすぐ寝込んでしまうすぐに死んでしまいそうな命の恩人。
俺はサラマンド領で毎日夜寝る前に恩人の無事を祈り続けた。
そのうち領主が彼の回復を教えてくれて、俺はあらたな目標を見つける。
救われた命なら捧げよう。
俺の為に自分を投げ出してくれる人のためにならこの身を喜んで投げ出そう。
そのために力をつけよう。
あの小さい可愛らしくて勇敢な少年を護り支える男になろう。
後になって知ったことだ、エストラント侯爵が国王を支え政治を司る宰相であること。
長男であるユーリ様は当然その後を引き継がれることになる。
次期宰相?
そんなエリートのユーリ様を支える男になるには時間なんていくらあっても足りない。
俺は自分を投げ出してくれたユーリ様に恥じない自分でいたかった。仕事に精を出し開いた時間は徹底的に学んだ。ユーリ様が貴族として爵位を得るころにはエストラント邸の一番下っ端でいいから雇ってもらおうとして。そしてユーリ様が宰相として力を振われる際には執事長として邸宅をお守りするために。
国内では質の悪い貴族連中が跋扈し、外を見れば列強がしのぎをけずる政治の世界。
護身術も魔法も鍛錬した。
主を庇うためではない。主が生きて逃げのびる時間をかせぐためだ。
二度とこんな目には俺があわせない。
そんな俺が。俺の勝手で終生の主と定めた恩人と再会するのだ。
きっとユーリ様は俺のことを憶えてはいない。
病で生死を彷徨っている病室に見まいに来た子供ひとり。
俺も大人になっているから容貌も変わってしまった。
本当なら、地べたに這いつくばってあの時のお礼をいいたい。
いつでもあなたの為に自分の命を投げ出す覚悟があると誓いたい。
そして俺のことを気にいって欲しい。
認めてもらって、俺を雇ってもいいと言って欲しい。
そんな気持ちが俺の心を落ち着かせない。
再会できる喜びと、当然忘れられているだろう寂しさ、そして俺に価値を見出されなかったことを想像する不安と恐怖。
更に俺を不安にさせることがある。
ユーリ様についてはここ数年の間に信じられないような偉業の噂が何度も流れてきたからだ。
2話目です




