第210話 バリシヤ侯爵領
パカラッパカラッ。
翌日の馬車の中。
ジョバンとザハトルテさん側の窓はブラインドが下ろしてある。
何も見えないように。
抜け出したザハトルテさんはもちろんだけどそれを許したジョバンも同罪だ。
昨夜『1日謹慎して反省』を申し渡した二人はうなだれて下を向くばかり・・・かと思ったらそれはジョバンだけだった。
ガタゴトと揺れる馬車の中で下を向いたザハトルテさん。書類をめくりながらノートにペンを走らせるので忙しい。昨日のまとめとこれからの計画?な感じだな。
「なんだか昨日までと雰囲気が違いますわね?何かありましたの?」
今日もプラチナ・ブロンドの髪をなびかせて、王女の笑顔は日光で健康的に輝いている。
仲間が元気だと俺も嬉しい。
ドヨンとした空気が流れる無精ひげのジョバンと対照的すぎる。
二人はちょうど対角に座っている。ジョバン側は窓を閉めてて薄暗くて対照的だなあ。
大森林を抜けた俺達。もう王都の範囲外まできた。
この先は王国でも地方貴族がおさめる領地、さらに先は他国の領土へと入っていく。
地方領地ではフローラ会長のタペストリー領が最も大きいけど、他も広いしそれぞれ経済も軍事も力をもっている。それぞれが独自の裁量でドンパチしたり交易したりしている。
ギャアッギャアッ
「あれ飛竜か?」
頭上から響いた鳴き声で天を見上げると、数匹の飛竜がグルグルと獲物を探すに円をかきながら空を飛んでいた。
「随分といるなあ?あれじゃあオチオチ放牧もできねえだろうに」
森を抜けてなだらかな丘陵地帯が続く一帯。
牧草が新緑の絨毯のようだけど、放牧してある家畜はいない。
ジョバンの言う通りだ。
「あなたなら何とかできますの?」
シャルロットがワクワクした目で俺を問い詰める。握りこぶしでワクワク感満載なんだけど。
「俺でもジョバンでも大丈夫だとけど姫さんでもいけると思うぞ?」
「え?私は無理ですわよ、あんな高くまで弓も魔法も届きませんもの」
飛竜達は上空300メートルってところ。
魔法学院を卒業したばかりの魔術師なら手の打ちようはない。
普通のヤツならそうなるけど、姫さんは精霊の祝福とサラマンダーの加護を受けている。使い方をわかっていないだけで何とかできると思うぞ?
自然を司る精霊に突風を起こしてもらってサラマンダーの獄炎をボワン?とか。
「おいおいユーリ、姫様を危ない目にあわせたら俺達の首が飛ぶぞ?」
「危険はないと思うけどな。でも竜って頭悪いから恨まれたら面倒だよな」
俺が王様やキルリスから文句言われちまうな。却下だ。
「飛竜には本物の竜ほどの知性なんてないぞ?賢い獣みたいなもんだぞ?」
「いやいや知性がある方が面倒なんだけど。むしろ獣なら・・」
それから数時間。
牧歌的な景色に馬車は進んでいく。
進めば飛竜でもっと進めば違う飛竜が出てくる。いつまでたっても途切れることはなかった。
日が傾くころバリシヤの街へと到着する。街に近づくと飛竜が空を舞うことはなくなった。
中央通りにある巨大な建物の裏に回って馬車止めにつけてもらう。今日宿泊するのはこの街一番の大ホテルだ。侯爵が手配してくれた。
案内されたお高そうなお部屋。
姫さんは超VIPルーム、俺達もかなりお高いだろうお部屋。
代表の俺だけじゃなくザハトルテさんやジョバンにもだ。国の研究機関の代表として移動しているからだろう。そしてホテルは侯爵領の兵士が厳重に見張り付き。
通路や階段ごとに衛兵が見張ってくれて蟻の子一匹通さない厳重さ。侯爵は俺達を『国の超重要人物』扱いで警備体制をひいてくれたようだ。
姫さんに何があれば侯爵は王様に会わす顔ないだろうけどこの旅団には王族なんていない(ことになってる)。
俺達は王の勅命を受けて他国の研究会に参加する学者一行。王宮からは通過する際は気にかけてやってくれ、と言われた程度(という体)だ。
「一服されましたら喫茶室までおいでいただけますか?領主様がぜひお会いされたいと」
受付を通る際に老執事さんに言われて「あ、はい」と皆で答えて顔を見合わせる。
シャルロットもさすがに馬車での疲れもたまってるだろう、揺れ続ける馬車にずいぶんお尻も(失礼!)痛くなってさすりながら馬車から降りてきたらこんな話。
さすがに王女から一瞬「ぐむっ」とうなるような声が聞こえた気がしたけど・・・すくなくとも周りには聞こなかったようだ。俺とジョバンは魔力探知があるから丸聞こえ、いや丸伝わりなんだが口に出すのはヤボってもんだ。
「わたくし時間がかかりますのでその間は繋いでおいてくださいませ?なるべく急ぎますけど女性は時間がかかるのよ」
姫さんに会いにきたんだと思うんだけど。
「大丈夫ですわ、あなたのことも気にかかってるから。お父様は信用した相手にはあなたのことを面白おかしく伝えてますから。頼みましたわよ隊長?」
本当に急いでくれる気はあるらしい。
メイドさんと一緒にバタバタと超VIPルームへと入っていった。
「わたしはよろしいですね、この中で一番下っ端ですしこういうの無理ですし。副師団長がいればいいでしょう?」
ザハトルテさんはスルリと抜けてさっさと自分の部屋へと入っていった。
自分の研究の続きをするつもり満々。もちろん俺に押し付けて。自分に正直な人だ。
もう呆れるのを通り越して潔さを感じるぞ。
わざとらしく(絶対わざとだ)ガチャリと音を立てて部屋の鍵をかける念の入よう。
絶対に行く気がないからよろしくっ!って聞かなくても通じてますよ。
「なあジョバン・・・」
「俺はどっちでもいいけどよ?こいつ(と言いながらザハトルテさんの部屋の扉を指さす)放っといていいならそっちにつき合うけど。俺からすればどっちも面倒は変わんねえから」
わかったわかったって。
要は俺がひとりでコッチをやっときゃいいんだろ?
超特急で体を拭き泥でよごれた顔を洗い、侯爵様と面会しても恥ずかしくない身なりを整えて。ダッシュでホテルマンさんに声をかけまくって協力してもらう。
あちらもプロ、俺が呼吸を整えるまで待ってくれてから案内してくれた。
「パリシヤ侯爵様。ユーリ魔導士団副師団長をご案内しました」
「ご苦労。入られよ」
王様が信用するタイプの貴族は金々キラキラの服装で偉そうにこっちを見下したりはしない、と思うけど。貴族ってのは会ってみないとわからない。
正直俺の中には面倒くさいって感情しかない。
最近研究所絡みでいろんな貴族の間を飛び交ってる俺としてはキルリスだとかタペストリー侯爵とか、そういうタイプは圧倒的にレアだって重々身にしみてる。
油断は禁物。
それでもパリシヤ侯爵は王様から信頼されている地方貴族だし、王国一の畜産地帯を治める領主だ。
いろんな貴族と接してるからわかるけども、地方の貴族は個性的な人が多いし王宮での権力闘争に興味が薄い。自分の領地に関係ないことは中央におまかせな人たちだ。
自分達の領地をおさめることが第一。頑固だけど話がわかる現場的な人が多くて、王都の貴族たちに比べれば話やすいし早い。
「初めましてパリシヤ侯爵。今回王国を代表して国際カンファレンスに参加する研究団の隊長を仰せ使ったユーリ・エストラントです」
目上に対する貴族の礼をビシリとこなす。
初めての相手に当然だけど、地方貴族はこの辺り礼儀にうるさい年寄りも多いから。
俺の立場はかなり微妙というか不明だけど、エストラント家の家督を継いでいないから侯爵ではないし、だけど魔法師団の副師団長なので男爵か子爵くらいの待遇だろうか?
考えると王宮の中ではかなり勝手やってることになる。借りれる虎の子は全部使ってる。
王宮でやりとりする貴族たちが相手してるのは副師団長の俺じゃない。王様や国王軍と太いパイプのある俺、あとシャルロット王女の後継人兼守護者としての俺。
さすがに王家とつながりのある公爵あたりには敬ってみせるけど、侯爵以下は普通に話してるのだから生意気だ。相手も今後を考えて俺にはうかつな態度に出れないようだ。王選はどう転ぶかわからないし、誰が王様になろうが軍部をないがしろにはできないのだから。
こっちは研究資金の融通でお願いする立場だから話が面倒くさい。結局はお互いペコペコと米つきバッタで『つぎはそっちが頼むぞ』やり合うことになる。
「こちらこそお見知りおきを。私も王都で話題のユーリ殿と会えて嬉しく思います」
スッと立ち上がって俺と同じ礼を返してくれて、大層驚かされた。
俺がやったのは相手の立場が上向けの礼なので、互いに同じ礼をすることはない。
同じ爵位同士であればこんなに深く頭を下げたり、形式ばって胸に手を当てたりしない略式の礼になる。
俺より10歳も年上の侯爵はせいぜい20代後半から30歳過ぎたくらいだから貴族としては若造だ。
親の爵位をつぐには早すぎて自分で褒賞を立てるにも若すぎる。
「わたしなんかにそんなことを言っていただいて恐縮です。こちらこそいろいろ手配いただいてありがとうございます。おかげでゆっくりと体を休められそうです」
さわりの会話をしている傍からお茶が出ると後は俺達二人となった。
姫さんは1時間はかかるだろうしなあ。
それでも王族の姫が人と会うのに1時間で準備するなんてすごいことだ。
「謙遜なされる必要はありませんよ?数々の武勇伝がこちらにも届いていますので」
ニッコリ笑うその笑顔は興味津々の男子の顔だった。
王様は侯爵にナニ吹き込んだんだ?
また一年はじまりました
よろしくお願いします




