第209話 ある研究者のささやかな冒険(下)
「初めまして神竜ヴォルテックス、俺のことはユーリと呼んでください」
超上位存在の気配がしたので俺も転移することにした。ジョバンでは荷が重いだろう。
「わ、あああああぁぁぁ、い、いきなり出てくんなおい!」
ジョバンのヤツってば、ポンッと肩を叩くとビビッて飛び上がった。
俺の師匠ならそれらしく余裕ぶって恰好つけろって。
ザハトルテさんとジョバンのやりとりはわかってたけど、暖かく見守らせてもらった。面倒に関わりたくなかったからだけどちょっとだけ知れたことがある。
研究者の気持ち?みたいな。俺の感覚も他のヤツラと随分違ってること。
この人間の限界だとか一歩一歩積み重ねてこの世の真実を知るだとかそういうのわからない。
俺には<力の顕現>があったし、神の御使い様からこの世界の人間たちが理解できない理論を叩き込まれたのだから。
ザハトルテさんはジョバンに対してなら案外まともだとわかったし。
非常識の研究者なのはそのままだけど自分でわかってワザとやってる。
案外ザハトルテさんの感覚はエルフに近いかもしれない。
ヒトの時間は短いし、ヒトが知ってることなんて世界の一握りだ。巨大な世界、膨大な疑問だらけ。過ぎ去ったら二度と出会えるかもわからない不思議だらけ。
自分たちの小ささをわかって世界の謎に取り組むのはエルフ達と変わらないけどエルフには長い生が与えられて人間にはない。ザハトルテさんはそれがわかるから、目の前のひとつひとつに全力で飛びついてしまう。
「おぬしがユーリかい?」
水面に頭を出した巨大な水竜はいつの間にか姿を消して、目の前で柔らかくて神聖なオーラが漂う。息がつまるほど美しい女性が俺に微笑んでくれて、長い髪が月光に照らされて白銀に輝いてる。
他の誰も寄せ付けない美しさと穏やかさ、すべてを癒す波動が心地よい。
「きれいですよね」
一緒になって眼前に広がる湖と湖面に映る光の瞬きを眺めた。
「この世界がマバタキする瞬間だけ見せてくれるご褒美よ」
俺達はもう目に焼き付けるよう何もしゃべらず景色を眺めた。
やがて月が雲に隠れると森はうっそうとした闇に飲み込まれていく。
「竜種をどうするおつもり?」
光の饗宴を名残惜しそうに眺めながら、女神様は俺に尋ねてくれた。
この存在が神の系譜なのは間違いない。
「どうもしませんよ?世界の一員として話が通じて欲しいと思ってますけど」
「そうね。彼らはこの世界が美しく輝いているなんて気にしない。自分達が守るという使命だけで守るべきものを知ろうともしない」
「強いってのも考え物なんですかね?なかなか困ってますよ」
彼女は俺が困っているのがおかしかったらしい。
ふふふと口に手を添えて笑った。
「あなたが何とかしてあげて?悪い子たちじゃないのよ」
そういうとスウと存在が薄くなっていく。
あの、ちょっと待ってくださいますか?
「あの、いつかは力を貸してもらってありがとございました。おかげで何とかやれてます」
口には出さなくても、言葉にはなってなくても、清廉なオーラでわかった。
俺の魔力回路が破壊されたときもそうだ。
それだけじゃなく全ての癒しの光の根源だ。
「久しぶりにお礼なんて言われたわ?竜たちのことよろしくね」
今度こそ消えていなくなった彼女は、次はどんな美しい景色を眺めに旅発ったのか。
「あなたに頼まれて断れるヤツなんかいませんよ?月の女神様」
「さあ、帰ろうぜ」
ジョバンに声をかけると完全に呆けてる。
こいつなんだか瞳がキラキラして魂が浄化されてないか?
おまえには似合わない、その赤ん坊のような純粋な瞳を今すぐやめろ!
「なあユーリさっきのって本当に女神様だったのか?」
「違いない。いつかお前もお礼を言っとくといいかもな」
「どうやってだ?なんか会える方法でもあんのか?」
「教会に行けって。癒しの女神像は大抵の教会に置いてあるだろ?」
そういえば王都の教会にいた孤児のチビ達は元気かな?
「なんだかお二人で楽しそうですね?」
ガサガサと藪の中からザハトルテさんが出てきた。
ジョバンと約束した15分ちょうど。
「ええ。今夜は月が美しくて」
「私もおかげで新しい研究テーマが見つかりましたよ?」
ふふん、鼻息荒いけどこの人は何を見つけたんだか。
「月の明かりと回復魔法とそして」
「?」
「癒しの女神様・・・月の女神様と申し上げた方がいいのでしょうか?」
聞こえたし見てたよこの人は。
この人だってA級魔術師だからフィールドが揺らいでたのはわかったろう。
何が起こっているかじっくりたっぷり確認されたわけだ。
「ひとまずここで見たことは内緒にしておいてくださいね?」
「おや何故でしょう?癒しの力の謎を解き明かすのは人類の役に立つと思いますけど?」
意外なことを言われたと首をかしげる。
当然の疑問であるかのようだ。
「それはそうなんですけど。神様にもいろいろご都合があるでしょうから騒ぎたてるのもね」
「それもわからない理屈ですね?もともと<回復>などの癒しは女神様の御力をお借りするもの。これは魔法学院でも教えている常識ですし、月光や大自然のオーラが人間の生命力の回復に関わると言われています。つまり私は今までの通説を紐付けて解釈しなおそうとしているだけですよ?」
「そう言われてしまえばそうなんですけど。でも・・」
面倒くさいな。
言ってることは正しいかもしれないけど。
そんなことで騒ぎ立てんなって思うのは、ザハトルテサンみたいな研究者と視点の違いだろうか。
「でも副師団長の力が公になるのは望ましくないということですか?」
まともな意見でこの人からギクリとさせられるとは!
だって女神様と会わせろとか言われても困るし。
誰かから東を攻略して来いとか言われても困る。
「おいおいザハトルテさんよ?」
詰まった俺の代わりにジョバンが口を挟んでくれようとする。
「いくら私が鈍くても副師団長が大きな力を持っていることくらい気付きますよ?ジョバンS級魔道士より自由に飛翔してますし、ガイゼル総司令官をボコボコにするしあげくは女神様と当たり前に会話ですから。でもそれはそれ、別に私の研究に影響ないので興味ないですけど」
気付かれてたか、このヒトならって思ってた俺が甘い。気付けばアレコレ聞いてくりハズだと思っていたも思い込みだった。
「私は自分が知りたいことを追いかけるだけですよ、あなたにとっては知ってることでもね」
嫌味ではないだろう。この人がそんな面倒くさい性格じゃないのを知っている。『聞いてこない』のがザハトルテさんらしいのだろう。
自分が疑問に思ったことを自分で調べて自分の結論を出す。
他人から渡されるつもりがない、そんなもの関係ないし興味がない。誰からも利用されない生き方だ。
発明は勝手に利用されしまうけど多分それはこの人にとって重要ではないのだろう。
「もういいんじゃねーか?帰って飲みなおそうぜ」
「そうですね。私も今日の調査を部屋で纏めてしまいたいですし」
穏やかにお開きへとすすむ
わけがないだろう。
それはそれこれはこれ。
危うく流されそうになったぞ、宣言させてもらう!
「ダメだ、二人とも俺の部屋に直行してもらう。勝手に屋敷を抜け出したことをたっぷり説教してやるからな!」
夜が終わらない。
次回は本編に戻ります




