第208話 ある研究者のささやかな冒険(中)
「おやおやジョバン隊長どうされました?」
シラッととぼけるザハトルテ。ジョバンが向ける目は冷ややかだ。
「今回の遠征におけるあなたの役目は研究ではないはずですがね?」
口調は静かでも語気は鋭い。
「ええ。でも気になった研究テーマを思いつきましたのでちょっと確認しようかと」
「わざわざ護衛の監視の隙をかいくぐってですか?下手すれば間諜ではないかと疑われますよ?」
「ははは、私なんかがありえないのは皆さんご存じでしょう?壮大なテーマが見つかりそうな気がするんですよ、あれを見て下さい?」
眼下に広がる広大な森林地帯。降り注ぐ月光は薄く輝いて見える。
荘厳な風景が胸を打つ。闇と光と大自然が織りなす絵画のような景色。
二人でしばらくその風景を眺め続けた。
「神の作りし自然の壮大さ、照らす月明かりが醸し出す荘厳さ。これがただの『自然が偶然見せた美しい風景』でないことは魔力感知できるあなたならわかるハズですよね?」
ユーリの前ではただの研究バカでしかないくせに。この研究者はなぜか自分には気持ちや考えを伝えようとするから面倒くさい。
言いたいことがわかってしまう自分がいて、しかしユーリに理解してもらうのは無理かもしれないのだから余計に面倒なのだ。
研究バカが溢れる研究所で副所長になるほど一番の研究バカ。
独特の視点と洞察力に実行力まで備わっているやっかいなタイプ。彼はきっと世の中の謎をいくつか解決し、夢中になりすぎてどこかでポックリと逝ってしまう。ジョバンからはそんな風に見える。
学者先生に縁が無かったジョバンだが、この男のやっかいで面倒くさいバカさ加減をちょっと面白いと感じてしまう。
そして人間の限界にあがこうとする研究者の想いを感じて気持ちが通じてしまう。
ユーリのように神域へ近づけなくても、神の領域を少しでも覗き見たいとあがいてる小さな羽虫の気持ち。
相手は地面を這う自分が見上げても空にはいない。輝くお月様の宮殿で神々と会話してるんじゃないか、自分と同じ尺度で物事を図るのには到底無理がある。
でも見てみたい。
あそこには何があるのか知りたい。
この広大な風景は美しさ荘厳さと同時に断絶と癒しのオーラが立ち上っている。空間すべてに神聖なオーラが浸透している。
おそらく様々な条件を満たすと発動するマジックフィールドだ、世界には当たり前に起こる偶然の産物だが短い人の生では数千年に一人見ることができるかどうか。ザハトルテでなくとも研究者なら気になるに違いない。
このオーラを研究することで何かを生み出せるかなんて知れない。何かには役立ちそうな気配はあってもそれが人の生の内でまとまるなんて思えない。
人間は矮小だしそんな自分に気付いてるものはごくわずかだ。誰もが何でもできる気になっている。
だがそれはこんな小さな山の合間から夜空に輝く星々に手を伸ばして掴もうとするような話だ。
このはるか一帯に発生しているフィールドも、ユーリならば説明がつくだろう。
今のユーリを取り巻く仲間達であれば再現してしまうかもしれない。
そんなユーリに人間の探求心を理解させることは難しいだろうし、それがわかっているからこの男は俺に言ってくる。
言っていることが理解できる魔法力があり、同じ気持ちを受け取れる俺に向けて。
世界のこと自然のことなんてわからなくとも、結局魔導士は魔術の学徒に違いない。
研究者であろうと魔導士の冒険者であろうと。魔導自然学や魔術学は学ぶか経験するかの違いだけで理解しているのだ。
「それでどうするつもりだったんだ?」
「あそこまで行ってみようかと思ったんですけど。水辺の魔力や空気を感じてみたくなりまして」
指さした先は数百メートル先の湖で意外だ。
もっと森の深部まで迷い込むつもりかと思っていたが、どうやら一応は立場を考えているらしい。
「行ったら一晩中あれこれ調査するつもりだろう?」
「まさかです明日も1日移動ですからね。15分ほど時間をいただければ、ね?」
さりげなくねだってくる。
交渉事では使えなくても仲間内では有効な甘えだ。
人の機微なんて関係ないようでいて、実はわかってやっているように見える。
顔かたちは整っていても20代後半のズボラ野郎だ。こんなヤツに甘えられるいわれはないのだが。
何度もこちらの目を盗んでフラフラされるよりはマシだと判断する。
小さな人間のワクの中でも、こうやってもがくヤツがいるから前に進んでいく。神様からすればほんのわずかの歩みだし所詮は手のひらの上でもだ。
そんな風に自分を納得させたジョバンはしょうがないなと頷いた。
「15分の約束ですよ?破れば明日は1日魔法で拘束させてもらいますから」
大きくうなずくザハトルテの肩を抱いてポーンと夜空へと飛び出した。
崖の上からの下り坂。風魔法でちょっと後押しで飛び出すと重力を反転させて着地する。
ジョバンの闇魔法も随分と手慣れたものになった。
二人は一瞬で湖畔に到着したのだった。
「湖に近づきすぎて落ちないでくださいよ?」
このあたり周辺の森は魔力感知済みだ大きな反応はない。
湖も浅い辺りは大丈夫だが、さすがに深部までは湖水が邪魔をしてうまく探知が返ってこなかった。
こうした森の奥では、深さのある滝壺や池そして湖にも主と呼ばれる高レベルの水性の魔物が住み着いていることがある。だが今のジョバンなら咄嗟に身勝手な研究者を抱えて逃げるくらいはできる。
どこかの森のように飛び禁ではない。
声をかけたザハトルテはとっくに姿をくらませていた。
周囲の魔力濃度を測りに飛び出したのだろう。
急いでいる様子はどうやら本気で15分という時間を守るつもりらしい。
姿は見えないが、このあたりをチャカチャカと動き回っているのは魔力探知でわかるし、おそらく彼もそれがわかった上で動いているようだ。
「まったく」
ユーリと一緒にいると雑用が多くて困る。
アイツの方が俺より何倍も面倒に巻き込まれているのがわかるから口に出さない。でもユーリのそれは『力があるヤツの宿命みたいなもんだ』俺を巻き込むなよと思う。
だがこの年になれば、そんなヤツは次々と周りを巻き込むと知っている。デカいことをやるヤツには周りが引き込まれる、巻き込まれる。
ユーリのは特大のヤツだ、なんせ世界の規模で何かやるに違いない。逆説になるけども面子が揃っているのだから。
選ばれた自分を光栄だと思うのか、めちゃくちゃ面倒だと思うのか。なんにしてもコイツが俺のことを仲間だ師匠だと呼ぶ間はやってやろうと思っている。
大岩の上に飛び乗って輝く星空と湖面に映る満月を眺めて目を見張る。
ユーリにワインを預けたのは失敗だった。
15分もあればいい月見酒、いい星見酒ができたはずだ。
湖面にはさざ波ひとつたっておらず山々の影とお月様とお星さまが鏡のように映り込んで、空と湖が光の祝福を与えてくれる。
この一瞬の偶然が照らす世界
「美しいな」
そうだな
ザパァ
一瞬に魔力感知をかいくぐり巨大な水竜が頭を出して空を見ていた。
・・・っ?
ジョバンの頭には疑問符がいくつも浮かんだ。
湖の底から上がってきたのであれば、魔力探知のゲージはそのスピードであがるはず。
しかしこの水竜はまったくの一瞬でこの場に現れたからだ。
もたげた頭で風景を見つめる瞳は美しい景色を堪能しているようだった。
敵意も魔力の高まりも感じない。
まるで千年も生きた老人がじっと景色を見ているようだ。その静けさがこの美しい景色と調和している。
俺はこの神獣をみたことがある。
あの時はユーリと一緒だった。
神竜ヴォルテックス。
神竜の佇む姿そのものがまた美しい景色のピースとして、神秘の絵画の1枚として。天が顕現させた美の絵画を完成させるのだった。
2話目です




