第204話 竜の使命
<解錠>
パチンッと音がして竜達に広まっている呪いが小さくなる。
「俺の仲間に出会ったら死んじまう」呪いは解呪。
今の竜種には何の影響もしない錨だけが下りている状態だ。俺からマーキングがついているだけ。
でも俺がこの呪いを辿れば何だってできる。もう一度呪いをかけることも違う呪いを送り込むことだって。
「もう大丈夫ですよ、竜神様?」
天に向かって一声かけると、この子についていた守りの加護がスウと消えてなくなった。
この子には俺の呪いが発動しない特別な加護が発動していた。
「ありがとうございます!これでみんな安心です!」
抱き着いてくる竜の子はずいぶんと不安だったろう。
ウルウルしてる目で見上げられるとかわいくって、ついオデコとオデコをひっつけてグリグリしてしまう。キャッキャ喜ぶからまだまだ子供。
「く、くすぐったいです、ユーリ様、嬉しいですっ!」
「いいからいいから。キミは俺の仲間だし預かる形だけど家族みたいなもんだ。いつだって甘えておいで?」
「は、はいっ、光栄ですっ!一番の家臣として絶対に役に立ってみせますっ!!」
こんなに小さい子がこれだけ気を許しても気にしているのは自分が役に立つこと、かあ。
きゅうと抱きしめてホッペとホッペをひっつけると、プクプクの感触が俺をとろけさせる。
小さいお手てがギュウっと俺を抱きしめて離そうとしないので、俺もぎゅうっと抱きしめ返した。
「っつーわけなんだよ、頼むよ」
リビングでキルリスにお願いする。
願いは二つ。
この竜の子をこの家に住まわせたいことがひとつ。
もうひとつは・・・この子を魔法学院へ入学させられないか?
もちろん基本的なことは俺が先に教え込む。
竜族の共通認識みたいな常識を上書きしたい。
「何がなんだかサッパリわからんぞ?きちんと一から説明しろ!」
いきなりのお願いに当然キルリスが首をかしげる。
竜に関する細かいいきさつなんて話してないからなあ。
男の子はソファの横に正座して座り、半立ちになっておれの耳にコソリと告げる。
「この人間ちょっと生意気なので殺しますか?」
うん。
この子もやっぱり竜だ。
何というのかな?力技?
「やっぱりちょっと席外すから。キャ、キャサリンは俺と一緒にきてくんねーかな?」
そのまま子供を抱き上げて。
「もちろんいいよ?でもギンさんも来てもらった方がいいんじゃないかな?」
俺に否応なんてない。
「ギ、ギンさんもいいかい?」
「お主とワレの仲じゃ。ワレでなければわからぬこともあろうし一緒に聞かせてもらおうぞ?」
もう何が何だか、何をどうすればいいかわからん。
俺一人じゃだめならキャサリンを呼ぶしかないんだ。
そのキャサリンが必要だって言うなら、ギンさんにもお願いするしかない。
よく考えると俺って、育てるとか教育するとかどうすりゃいいの?
あらためて気付いてしまったんだ。
この子が悪意をもって悪いことをしたらそれは叱ればいい。
じゃあどうやって?
説得しようにも固い『竜の常識』はすぐにやぶれそうにない。
この子が悪意はないけど悪いことをしたら・・・叱る?教える?
人間の子なら当たり前だってことを否定したら?正す?教える?
だいたい教育って、常識って、どうやって教えるんだ?
教育ってなんなんだ。
俺の中では教師なんてクズな記憶しかない。
まじめだからいい教師?生徒にやさいいからいい教師?それとも生徒に人気があるのがいい教師か?
だいたいあいつらってナニを教えてるつもりだよ。
じゃあ俺はこの子にどうやって常識を教えればいいのか?わからない。
立派な教師像なんてない。俺はセンコーに教わったことなんてない。
さっきの一言でわかった。
この子にとっては俺か俺以外かだけだ。
上か下かそれしかない。そして上は俺と竜神だけだ。
ウサギちゃんがビビったのも察しが付く。どんな子供でも本気の竜から威嚇されれば大抵はああなる。
俺には100%全幅の好意。
それ以外の、俺に少しでも敵意があるように見えるとか、自分を否定してくるとか、そういうのには・・・どうだったんだろうなあ。そこはあとでウサギに聞くとして。
この子がどう考えてるかもじっくり聞く必要がある。
そんなことをツラツラと考えると、やっぱりギンさんに来てもらって正解だ。
あの子竜よりレベルが上で人間やほかの魔物の事情もそれとなくわかっている存在だからだ。
2階の俺達の部屋にしてもらった広めの部屋で座り向き合った。
小さなソファだけど俺とキャサリンが並んで、テーブルごしに男の子。
俺の膝にはギンさんが飛び乗って丸くなった。
「ちょっと話をきかせてくれるかい?それと先に教えておくことに気付いたんだ」
「ユーリ様がおっしゃるならなんなりとお応えします。でもちょっと待ってくださいね?」
可愛らしく微笑んだ子がソファをまわって俺の方にツトツトと寄って来る。
ギュッとして欲しいのかな?まだ小さい子だから、正面きって話すと緊張しちゃうかな?怒られてるみたいに感じちゃうかな?
ムギュリ?
「ギャッ!?」
何の悪意も敵意もなく。
その子はギンさんの首を小さな手で掴むとおもいっきりに壁に向けて投げ飛ばした。
タン、タン。
下手な魔物ならそのまま壁にぶちあたってペチャンコになる勢い。
ギンさんは慌てたりしない。壁をこわさないように勢いを消して回転しながら優雅に着地した。
「無礼者め。ワレの許可なくユーリ様に触れようとは恐れ多い!万死に値する」
竜の子は可愛らしい声でそう宣言して俺を庇うように両腕を広げた。
「我はユーリ様の一番の臣下なり。ユーリ様に無礼を働く者は我の裁量にて断罪するっ!!」
ニマァ。
宣言した竜の子にギンさんが妖艶めいた笑いを浮かべた。
「面白いねおまえ。ワレとの力の差もわからんとは、ヤンチャな子供にシツケねばならんの?」
俺が止める間もなくギンさんはそのまま跳躍するとガブリと子供の足首にかみついた。
そのままブンブン振り回して壁に放り投げる。
ただやり返したのとはちがう。
壁に吹き飛ばされる相手にひっついてギンさんも飛んでいき、着地しようと子供に前足で顔面を壁にたたきつけた。
「うわっ!?」
竜の子は壁に大きく弾かれてそのまま地面に落下した。
激しい衝撃で体がバウンドする。
「ギ、ギンさん?」
ちょ、ちょっと。
俺は子供を庇うようにギンさんに確認する。
「無礼な竜に礼儀ってのを教えてやってんのさ?それよりユーリ、お主がこの竜の子の教育係だというのなら、アタシに言わねばならん言葉、この子に言うべき言葉があるのではないか?」
先に手を出したのはこの子の方だ。
そして上位者に対してそれだけのことをしたなら消滅させられても文句はいえない。
竜の子には傷一つついてない。
ギンさんはただ自分の方が強いということをハッキリとさせただけだ。
「新しい子が無礼を働いて申し訳なかった。お詫びするよ」
「あ、主様っ!」
俺がギンさんに深く頭を下げたのが気にいらなかったらしい。
竜の子は慌ててムッとした。
「さあキミも頭を下げるんだ。一緒に謝ってあげるからね」
「な、なぜ?」
「俺の友人にキミはいきなり襲い掛かってしまったんだよ?ギンさんにはお世話になりっぱなしだし、ギンさんが膝に乗ってくれるのは俺にとってうれしいことなんだ。ギンさんもそれがわかっている。それなのにキミは考えと違うからって襲い掛かったんだよ?」
「か、神様に気安く触っていいものではないでしょう?それに、触れることが許されるのは第一の家臣である竜族であるべきではないですか?」
こういうのも選民な意識であってるのか?
自分たちだけは許される、とか認められる、とかそういう。
レベルは違ってもエルフの長老たちだってそうだよな、ってよぎったら少しだけエルフの短剣からピリッと注意がきた。エルフを悪く言う気はねえって。
「俺は仲間を同じく扱ってるつもりだから竜族は特別なんかじゃない。俺はキミを大切に育てたいと思うし俺の仲間とうまくやって欲しいと思ってる。いろいろ衝突するかもしれないけど、それでも関係を作って学んで欲しいと思ってる」
「し、しかし我らは最強の種族である竜種です。ユーリ様を一番にお支えしてこの世界の秩序を守らねば・・・」
やっぱりそんなこと考えてたんだ。
彼は竜種の代表だから。竜神様に選ばれて遣わされた。
これまでの価値観を引きづりながら。
竜種は自分たちが「世界の秩序を守っている」と考えて行動しているのは何なんだ?
それこそ神様たちの世界の話だろうけど。
彼らはこれまで「オーバー・スペックを淘汰する」ことで秩序を守ろうとしいたのに対して、今は「オーバースペックの俺を支える」ことで使命を果たそうとしてる。
きっとそうしなければ、これまで竜種が世界の為だとやってきたことを否定することになる。
『世界の秩序なんて守る気はないよ』といえばいいんだろうか?
でも『世界の秩序なんてなくなってしまって構わない』と思ってるわけじゃない。
今の世界がこのまま続いて欲しい気持ちはあるんだ。
そこでキャサリンとノンビリ生きていきたい、というのは自分勝手になるのか?
誰かが必死になって秩序を守ってる中で、楽しいところだけいただくみたいなのか?
ギンさんを見るとフフンと鼻で笑って目をそらされた。
冷たくて突き放すやさしさだ、そんな風に感じられるだけ大人になれたかな。
自分で考えなければいけないこと。
キャサリンはニコニコして俺を見てる。
『キミの好きなようにしていいんだよ』って口に出さなくても言ってくれてる。
「キミは俺のことを信じてくれるかい?」
顔をあげた竜の子からキョトンと見られた。
「当然です。ユーリ様の言うことは絶対です」
「じゃあいったん世界の秩序のことは置いておこうか?」
「・・・えっ?」
驚きが顔だけじゃなくて言葉に出た。
「キミが成長して俺が"ヨシ"というまで世界の秩序のことを考えるのは禁止だ。キミが大人になっても竜の首長になってもOKは出せないかもしれないからそのつもりでね?」
「なぜですかっ!?」
食ってかかってくるのは世界の秩序が譲れないところだからだろう。
竜族にとっては存在意義だ。
「お主はユーリを謀ったわけではあるまい?」
ギンさんが面白そうに、そしてちょっと皮肉めいて竜の子に語り掛けた。
「ユーリの言う言葉は絶対なのじゃろう?なぜ臣下のお主がユーリを問いただそうとしておる。お主の言う所なら『随分と無礼』であろう、これでは竜族が滅ぼされても文句は言えまい」
「っ・・・しかし竜族は・・・っ」
気持ちはわかんだけどなあ。
でもここはきちんとしておかないとまずいだろう。
教育が始められん。
「竜族として譲れないというならばしょうがないよ。ただしキミが俺のところに来る話はなしだ」
「!!・・・っしかし・・・」
「しかしもへったくれもないわ!何故わからぬ?おぬし達竜族が『世界の秩序を守る資格があるか』が問われておるのだぞ?強いだけ、言われたことを忠実にやるだけでは足らぬと言われておるのがわからんとは!お主では話にならんからさっさと帰るがいい!」
「くそうっ!」
竜の子が燃えるような憎悪の籠った目でギンさんを睨みつける。
怒りに燃えて我を失うようでは話にならない。子供だろうと竜族を代表している。
ギンさんが恨まれる役で申し訳ない。
「今日はいったん竜のコロニーに戻りなさい?竜族が目立った動きをしなければ呪いは解呪したまま様子を見るから。どうすべきかもう一度しっかりと考えて?」
そして俺は天井に、天に向かって語り掛けた。
「そうでなければ彼を受け入れることはできまえんからね、竜神様?」




