第20話 初めての家庭教師
二人と別れて図書館から帰り道の馬車の中。
迎えにきてくれた執事長セバスに、キャサリンを家庭教師として雇って欲しいと話した。
「ぼっちゃんがよろしいのでしたらそれで」
できる執事は仕事が早い。
翌週にはさっそくキャサリンが家庭教師としてやってきた。
お久しぶり、と手を上げるとモジモジされちゃったけど。あれ?
「どうも」
なになに?
清楚な薄い青色のワンピース、おさげ、めがね、ちょっとツバの広い白い麦藁の帽子。
どこかのいいところのお嬢様がお散歩するみたいな恰好。
「行きましょう。楽しみにしてたんですからね?」
モジモジがなぜだか不明だけど、彼女の手をとりエスコートする。
俺としては本当に楽しみだったから。これで堂々と以前図書館で教わった続きが聞ける、新しいことが知れると思うとウキウキする。
「あ、あ、ちょっと、」
「大丈夫大丈夫、ほら、そこの段差気を付けてね」
言い終わるまえに、キャサリンのサンダルがひっかかってコケッとつんのめた。
ドジっこ?
ギュッと手を握って転ばないように引き寄せる。
「も・・・もう、もう、もう!!」
恥ずかしいのか赤くなっちゃった。
ぎゅううっと手を握り返されて逆にグイグイと引っ張られた。
「いきなりだけど社会経済歴史からいくよ。もう時間もないし憶えることが多いから、しばらくは社会学が中心だから寝ちゃダメだよ」
「え?魔法科学やらないの?」
「やらないよ」
「ひ、ひどいっ!なんのための家庭教師なんだ、おーぼーだ!」
楽しみにしてたのにひどすぎる!
厳重抗議します、これは講師への厳重抗議案件です!
「気持ちはわかんなくないけど違うでしょ?魔法学院の受験に合格するためでしょ?」
「それはそうなんたけど。ええぇぇ?」
楽しい勉強ができるかと思ったら、前世の学校みたいな感じになりそうな気配。
興味ない勉強オンリーかあ。
「そんな顔しないの。暗記って考えるとただの作業だけど。この世界でみんなが普通に生活している仕組みとか生い立ちとかの話だよ。これを知っておくと、今みんなが何に苦労しててどうしようとしてて、これから世界がどうなっていこうとしているか見えてくるよ」
「そういう風に王国が見せたい内容を覚えるってことでしょ?」
どうせヒネくれてますよ、歪んた見方しかできませんよーだ。
俺にとっての世界は歪んでいるのだからしょうがないじゃない。
困ったチャンねー、って顔されたけど。
「そうかもね。だったら」
ぎゅううっと顔を近づけて、しっかり目を見つめられた。
春の花の香?がフワンとした。
「知ったうえでどこがおかしいのか自分で突き止めてみれば?常識を知らなければ考えることもできないよ」
そ・・・そりゃそう・・・なのか?
これが正しいって思わされるのは、洗脳みたいなもんでは?
「それはあなた次第。でもそんな風に考えれば少し興味がわくでしょ?」
笑った顔は相変わらず人を引き込んで楽しくさせる笑顔だった。
午前はガッチリ座学でヘロヘロ。
しかも昼飯前にはテスト。
なんで違う世界まできてテスト受けてんの?俺。
お昼ご飯には木陰で昼食を食べながら話もした。
「初日だから特別だよ」
キャサリンが作ったクラブハウス・サンドイッチを食べたらおいしくて。
侯爵邸の料理人が作る外向けの味じゃなくって、家庭料理でほっとした味だった。
おいしいよ、と言ったら嬉しそうにうつむいて「当然でしょ」とつぶやいた。
「数学は問題なし。言語学と魔法科学は1冊づつ参考書を読めば大丈夫かな。受験対策本出てるから今度持ってくるよ。わかんないところがあれば聞いてくれてもいいけど」
聞いてくれてもってそんなあなた。
わかって当然よね?って期待されてるようだけど。今さら言えないけど。
俺、勉強ってやったことないんだけど。頭悪いんだけど。
「随分テキトーな家庭教師じゃない?」
これじゃ聞くに聞けないじゃんハードルあげないで。
こういうのナビゲーター先生教えてくれないし。
『興味ありません』
ほらあ
「受験対策のね。わからなければ教えるけど必要ないんじゃないかな。ユーリ、くん、でいいかな?」
あ、そういえば呼び方。
「ユーリでいいよ。俺もキャサリンって呼ぶから」
お姉さんのくせしてプンッとむくれた。
年下のくせにって顔に書いてあるのも可愛いもんだ。
生きてきた年齢の合算なら俺の方が上だからね。
「呼び捨てとは随分ね」
「だってねえ。がん泣きされて手を引いて歩いた時から俺にとっては大きな妹みたいなもんだし。頭のなかではキャサリンって呼んでるし」
「バカね!大人にはそういう時がありゅのよ!」
顔真っ赤。
思いっきり噛んだのがカワイイ。
あの日のことは思い出したくもない歴史、これがキャサリンの黒歴史ってヤツ?
「じゃもうそれでいいから、このまま午後やるわよ!暑くなったら大変だからこの木陰で続けるからね!」
「とは言ってもね。ボクも少しは出来る魔法使いのつもりだったけど。破壊光線はだせないなあ」
破壊光線って言い方ちょっと。あれは<照射>でしょ勝手に名前変えないで?
「どんな魔法が使えるかとか魔力操作がどれくらいできるかとか聞くけども。いい?」
「そりゃもちろん。受験のためでしょ?」
俺があまり目立ちたくないから気を遣ってくれてるみたい。
少なくとも破壊光線はやめておこう。
「でも2属性使えるってことで受験するんだよね。属性あるけどデキないのも目立つし。2属性の魔法使ったらどんなにしょぼい魔法でも20番以内には入っちゃうよ」
「じゃあ20番目くらいでしょうがない、のかな?」
ダメな方でナメられたくはない。
人はいろんなことでレッテルを貼ってくる。
そして差別する。一度差別したやつらは集団になると頭おかしくなる。
おかしな行動が当たり前にみえる。
周りと一緒だからって。
学校なんて場所は世間知らずの教師が管理してるんだから。おかしいことにも気づけないから偏った方向へ突き進むカルト集団ができあがる。
俺としては目立たずナメられずの立ち位置希望。
「一応教えておくけど、20番以内に入っちゃうとクラスが特Aになっちゃうから。そもそも2属性持ちってなだけで超レアの期待の新入生扱いだよ」
げー。
「どうしたらいいと思う?」
わかんねー。
なんだか最近は大人と話すること多くなって頭痛い。
俺が思ったようにすすまない、難しいことが多い。
もう誰かの言うこと聞いてそのまんま従いたくなる。
「はい、手を出して」
?
キャサリンに向けて手をのばすとその手をギュウっと握られた。
「好きなようにやっていいんだよ。別に特Aでもなんでもね。その場所でどう生きるかの方が大事だよ」
そのまま引き寄せられて、手の甲にチュッと口づけされた。
「ボクが見てるから大丈夫だよ。思った通りにやってみなよ」
ちょ、ちょっと、え?なんで?
唇がふれた場所にやわらかい感触が残ってる。
お、俺の顔、今どうなってんだ?
「初めて慌てた顔したね。これでおあいこだよ」
その後のことはあんまり覚えてない。
なんかキャサリンがやたらニコニコしてて、恥ずかしくてそっち見れなくていつの間にか授業は終わっていた。
夜、ベットに入ってやっと夢から覚めたみたいに今日のことを思い出す。
「なあ」
『・・』
「なあって」
『・・』
返事する気がない主張だ。
そういえばキャサリンのおじいさんの話で「神託」だっけ?
それコイツのこと?
『神託と言っておきながら"コイツ"扱いですか。意味わかってますか?』
話が替わったところでやっと返事しやがった。
コイツなりのこだわりなんだろうけど面倒くさいヤツ。
「意味はわかってるけど。返事しないヤツがわりーだろ」
『思春期の恋愛相談に返事する神託もいないと思いますけどね』
確かにそういう話だけどよ。
ナビゲータなんだろ?
「そういうもん?なんか話しちゃダメ系かこういうの?」
『あの女の言葉を借りるなら「あなたはどう生きてもいい」のですよ。私からすると「勝手にやっとけ」ですけどね。彼女を信頼するもよし、疑うもよし。愛するもよし、嫌うも憎むもよし。それをどうこう言う神託はいませんよ』
「オマエやっぱり神託なわけ?」
『少なくとも私はこの世界の創造神から遣わされていますから。神の代理からの言葉という意味ではそう呼ぶ人もいたでしょう』
「憶えてないのか?そのおじいさん」
『同じ役割の者はいたでしょうけど、私はあなたに向けて遣わされたので最初から知りません』
「じゃあ、他の遣いの人はもっとやさしかったり丁寧だったり??」
言った後に、なぜだか頭の中に強烈なオーラが噴きつけた。
「ビックリした」という意思がはっきり俺に主張する。
『まず御使いは人ではありませんけど。今の質問に回答するなら可能性はゼロです。むしろ私より優しい者などいられるハズがない』
え?
激オコったぞ。
『こんなめんど・・・手間のかかるガ・・・少年を相手にここまで丁寧に話をしていることに感謝されてもいいですよ』
そして突然の感謝要求?
そのまえに「めんどくさい」と「手間のかかるガキ」って言おうとしたろお前。
『神の遣いを「お前」扱いするのはあなたくらいです』
怒んなよな。
神の御使いなんだろ?
広い心っつーか、なんかあるんじゃねえのソコは。
なんならこれからは「みちゅかいちゃまー」とか呼んでやろうか?
『・・・・・・』
完全に怒らせたようだ。