第2話 黄金の瞳
俺の家庭教師候補キャサリン・ベッシリーニ嬢。
キルリス・ベッシリーニ氏の娘さん。貴族か貴族待遇の娘さん。
魔法が好きで魔法科学分野に詳しい才女。
そして明るくて面倒見がいいお姉さん。
楽しそうに全身で笑うし思っていることはすぐに顔に出る裏表のない人。
そんな人だと思っていた彼女が自身の目を指さす。
俺をじっと見つめる金色の不思議な瞳。
金色のオーラが噴き出しているように見える不思議な瞳だ。
その輝きに全身を精査されて全て見透かされている気がする。
「風と土だけじゃなく全属性に適性がある。レベルも1じゃなくもっと高いね」
「え?」
「魔力も桁違い。武闘系の才能ある」
「え?え?」
「神様からの祝福も受けている。ボクにはわからないけど固有スキルまで貰っているでしょう?」
彼女の輝く瞳に何が映し出されているのかはわからない。
しかし俺の隠していた本当のステイタスが見えていることは間違いなかった。
俺とナビゲーターしか知らない秘密が正確に言い当てられていく。
誰にも知られずにいた秘密が暴露される。
「ちょ、ちょっと」
止めればいいのか?
口に出した真意を問いただせばいいのか?
なんだこいつ。
なんだこいつ。
なんだこいつ。
なんで俺のステイタスボードの中身知っているんだ?
あの輝く瞳に見透かされたとしか思えない。
気付いた俺の頭の中では警告が鳴り響く。
善人で優しい先生じゃなかったのか?
おっさんとキャサリンさんはグルで二人して俺を利用しようとしているのか?
「そんな怖い顔しないでよ。キミを利用しようとかダシに金儲けしようとかそういうのじゃないから」
慎重に言葉を選びながら探るように言われるけども。
さんざん俺の秘密を暴露したくせにどの口が言っているんだ?
俺の情報を口に出したのは「わかってるぞ」という脅しのつもりか?
強い疑いが俺の頭を強烈に縛る。
やさしく聞こえる言葉に疑惑の棘が心の底まで突き刺さる。
前世の俺へ優しい言葉をかけてくるヤツなんて存在しなかった。
やさしそうな言葉には裏がある。
俺を利用しようとする奴だけだ。
信じられる人間なんて世の中にいない。
いるはずがない。
出会ったこともなければ知り合いもない。
魂が深く大きな闇の渦に巻き込まれ暗黒の中に飲み込まれていく。
頭の中のスイッチがパチンと切り替わった。
敵か?
そうだ。
こいつらは敵だ。
「こいつら殲滅できるか?」
『・・・相手の戦力が未知ですので断言はできません。現時点において「力の顕現」は10秒が限界です。相手が大魔法使いレベルだと不意打ちを除き失敗します。10秒を使い切るとただのポンコツに成り下がります』
頭の中に神の使いナビゲーターの分析が響く。
ポンコツ。
魔力切れを起こして翌日までぶっ倒れたのはつい先日のこと。
俺の力を一気に引き上げる固有スキル<力の顕現>。今の俺には使用に難がある。
成長しきれていない体では万全にスキルを使いこなせない。
災害級の魔法すら打ち出すことができる俺だけのスキルなのに。
今の軟弱な魔力回路ではすぐに限界がきて魔力は枯渇するし回路はズタボロになる。
『今の魔力容量なら光魔法のレーザーで敵を打ち抜く魔法が最も効率的です。魔力と時間の消費が最短になります。ただし高位の魔法使いであれば鏡面の魔法で反射される可能性があります。眉間を撃ち抜いて殲滅に成功した場合は殺人の罪で捕縛されます。』
「ダメなヤツだろそれ!」
戦闘に負ければ勝負に負ける。戦闘に勝っても人生の勝負に負ける。
ダメだろそれじゃあ!
『この屋敷ごと跡形もなく異空間に放り込む空間魔法も可能です。ただし自分が脱出する力が残らないため永劫の死を覚悟する必要があります。現実的にはこの二人だけを放り込めば魔力は節約できます。ただし相手も逃げようとしますから先に戦闘で無力化する必要があります。』
どれもこれも俺が死にそうなやつ。
俺だけが持つスキル<力の顕現>を使っても完全な対処ができない。
実力不足で修行不足は仕方がない。誰にも知られたくないスキル。誰にも見られないようにしか修行できていない。でも俺を利用したいヤツラは待ってくれない。
行き当たりばったりになるしかなくても、神様から特別に与えられた「いつでも全盛期の力が使える」スキルで生き残るしかない。
『代替案として逃亡もしくは洗脳を提案します。逃亡する場合は転移魔法を使用することで高確率に脱出が可能性がです。この部屋の四隅に埋め込まれている魔石が魔法封じであれば失敗しますが、ここにあるのは情報を漏らされない為の秘匿系の魔法装置と判断します。ただし別室のセバスをつれて転移することは時間と魔力的に不可能です」
ナビゲータからの分析と提案が頭に響き続ける。
逃げるのはアリだけどセバスは放っておく選択肢はないからダメだ。
俺が死ぬ選択肢と同じくらいにナシだ。
彼はただの執事長ではない。
いつも俺の面倒を見続けてくれている。俺のことを放っている親よりも。
表も裏もない言葉を向けてくれる。
この世界で俺が素直に言葉を受け取れる数少ない大切な人物だ。
逃亡するにしても俺の素性は全部知られてしまった。
ならどうする?
相手が生き残れば罠を貼る時間を与えてしまうだけだ。
敵は地位が高い大人、こっちはまだ何も持っていない世間知らずの子供。
時間があって得なのは策を弄することができる方。
不利な俺は奇襲してこの場で殲滅するのが上策になる。
前世の俺と同じ。
大人は有利だし負けると思っていない。子供相手なら好き勝手できると思っている。
今生の俺は神様から生き残る力を与えられたハズなのに。
たった一人の子供の力はなんと弱いんだろう。
大人や集団の力にあっという間に飲み込まれてしまう。
どうにでも簡単に追い詰められる。
『洗脳してあなたを「見なかったこと」にすることは可能です。しかしこの場所での発言は魔石に記録されていると考えられます。大魔法使いクラスは洗脳に気付けば自分で解除することが可能です。』
やれることの種類と条件を正確に把握すること。
分が悪い不利な状況でも逃げずに全て認識すること。
そして。
思考を停止しないこと考え抜くこと。
俺が子供であっても弱い存在であっても。
大人の力でこのまま嵌められる気はサラサラない。
二人にあらためて向き直って脅しをいれる。
「あなた達は何をたくらんでいるのですか?」
ドンパチ始める前に情報を少しでも探りたい。
俺に何をさせるつもりなのか。
仲間はいるのか。
他に誰が知っているのか。
吐かせておかないと追い詰められる地獄が続く。
悪い目つきでギロリとにらみをきかせるのはピンチにあったときの前世からのクセだ。顔のつくりは変わってもこれだけは変わらない。
前世の俺の顔。
悪い目つきと相手を逆なでする態度。
今の侯爵子息として貼りついた笑顔よりも。当たり前に俺の顔に浮かんでくるから根っこはこっち側。
二人は完全に無表情を決め込んでこっちを眺めている。
腹に一物あるやつがこんなガキに睨まれてもビビるわけがないか。
怯んでくれれば少しは話が聞けたかもしれないのに。
何も言う気はないらしい。
「それともここでドンパチやるつもりですか?」
最後にもう一度だけカマをかけても反応は無い。
手でピストルを作って人差し指を彼女に向ける。
目の前の大人には子供のオドシと思われてるかもしれないが本物だ。
この指先から魔法で集積した光線を照射することで相手の額をブチ抜ける。
光魔法の<照射>。
こいつらは知らない魔法。神から力を与えられた者だけが使える魔法。
今は拳銃の銃口を相手に向けているのと同じだけどこいつら気づくはずもない。
弾丸は光の速さだ。この距離なら絶対によけられない。
二人は少しだけ目をあわせたけどキルリスの野郎が首をふった。
なめられているのか?
それとも何かの合図か?
気が焦るのを悟られないように。
でも心はもう「もうやっちまえ」言っている。
相手に何かを準備する時間を与える前に殺してしまえとアラートがうるさく主張する。
突っ走ろうとする自分を必死に引き留めてその後のことまで考える。
こいつら二人をやっちまった後にセバスを先に帰して屋敷の人間を洗脳?死体を二つ異空間へ放り込んでしまえば証拠は残らない。まさか上位だろう魔法使いの大人二人がこんな子供に始末されたなんて想像もできないだろう。
敵が普通なら。
「回答がないってことはそういうことですね」
最後通牒終わり。
あとはいかに逃げ切るか。
残念ながら得られた情報はゼロだ。この後を考えれば証拠は残したくない。
わずかな証拠から甘い匂いを嗅ぎつけた敵がウジのようにわいてくる。
ここはきれいに一掃して退散できればミッションは完了。
頭の中で詠唱を開始する。
<力の顕現>
<光魔法>
<照射っ>
「ま、待てッ!」
光線を放つ瞬間、必死に叫ぶキルリスに腕をつかまれた。
魔法の放出直前だった指先が、俺の腕を抑えようと掴まれた勢いでキャサリンの額から向きがズレた、ハズれた!
パシュウウゥゥゥン・・・・
この男はやっぱり只者じゃない。俺の動きを見た瞬間に何が起こるか予測された。
まるでこの魔法を知っているかのように。
ズレた光線はキャサリンのホホに一筋入れただけで、そのまま壁に小さな穴を貫通させた。
一瞬の動作で光線を防がれた。
俺には後がなくなっていく。
明らかに敵は上位の実力者。
こちらの手の内を察知られた上に<力の顕現>の制限時間がある。
そして時間が過ぎれば意識を失って敵に捕まるしかない。
こんなことで今までのすべてを無駄にするわけにはいかない。
焦る気持ちを必死に抑えて即座に頭を切り替える。
俺の腕はもう一本あるんだよこの野郎!
左腕の指でヤツの顔面を指さす。
<照射っ!>
<反射っ!>
お互い同時に叫ぶ。
レーザーの魔法が発動する瞬間に、ヤツの目の前に反射の鏡がカベを作ってキルリスを守った。
キイィンと音がしてレーザーがはじかれる。
光線はねじ曲がり今度は天井に小さな穴が開いて空まで貫通する。
コイツは間違いなく"ナビゲーター"が言っていた「大魔法使い」だ。
それならこれはどうだ!
<肉体強化!>
肉弾戦なら当然使用する魔法。
体の筋力を出力魔力にあわえて増強する。
神様から武闘の才能も与えられた俺が。全盛期の力を使える<力の顕現>とあわせて使えば、鎧だろうと城壁だろうと粉々に貫通してみせる。
そして奇襲にもってこいだ、なにせ今の俺はお子様の体だ。
ソファーに座っている子供が突然拳で襲い掛かって来るなんて大人は思わない、それがわかって使う。
格上に勝つには奇襲なんだよ、必死なんだよコッチも!
「おらああっ!!!」
振りかぶって全力のパンチをキルリスの鼻っ面にぶちこむと見事にヒット。
ヤツの顔面に火花が飛んで激突した壁はヒビが入り崩れ落ちた。
意識なんて残るわけがない。
ボコリッと埋まった壁から体が前に倒れそのまま膝をついて白目をむく。
しかしまだコイツは生きている、目を覚まされると手に負えなくなる。
<力の顕現>は?発動してもう何秒たった?
時間なんてどうせほとんど残っていない。
コイツだけでも仕留めておかないと分が悪すぎる。
大魔導士であるコイツを残すのは危険すぎる。
倒れたヤツの眉間に指先を突き付けてレーザーの照準を定める。
俺を利用しようとするヤツは死んでもらう。
まず1匹目、これでジ・エンドだ。
「照・・
「イヤアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!」
キャサリンの叫び声が響き、俺はビックリして手を止めてしまった。
キルリスの顔面は俺の拳の形にへこんでおり完全に気を失っている。
放っといても死ぬならいいか?
10年後か20年後か知らないが全盛期の力で打った顔面パンチ。抜群に効いたようだ。
「や、や、や、や、やっぱりこーなったーーーー!!!だからちゃんと関係できるまでダマっててって言ったのにいぃぃぃ!!!」
ならコイツを回復させるわけにはいかない。
指先でキャサリン嬢の眉間を指して魔力を込める。
「ほんっとーーーーに悪気はないんだよー!!!しんじてよーーーーーー!!!!」
キャサリン嬢は床にへたりこんでワンワン泣き出した。
え?
突然のできことに、もうこの人が何を言っているのか全然頭に入ってこなかった。
大人の女の人ってこんなに大声で泣いたりすんの?
泣き叫ぶキャサリンさんがあんまりで。おれの心は冷水がぶっかけられたようにシュンと収まっていった。
すっかり戦闘意欲?毒気?を抜かれた俺は頭を抱えるしかない。
こんな場面は前世でも今世までも遭遇したことなんてないって。
修羅場?ってやつ??
ひとまずこの場から逃げ出す算段で頭をフル回転させていた。