第19話 仕切り直し
第4話からの続きになります。
王立図書館の正面玄関前。
俺の目の前には二人の有名人。
家庭教師候補のキャサリンさんとその父親のキルリス魔導士団長、この国では有名な父娘だ。
この親子とキルリス邸で大乱闘事件の翌日。
いつも通りに書物を読み込もうと王立図書館を訪れた俺は見事に待ち伏せされた。
両手を地面について説明を続ける二人を立ち上がらせることに成功した俺。
話はここで仕切り直しとなる。
ひとまず話をしてみることになり、庭園の離れにある東屋へと3人で向かう。
キャサリン嬢は泣き虫なので俺が手を引っ張って。
「あらためて先日の話を仕切り直しさせてもらっていいかい?」
キルリスは微笑みながらこちらに聞いてきた。
大人は切り替えが早い。キャサリンさんはまだ涙ポロポロ。
「ええ大丈夫ですよ。こちらとしても気になっていましたから」
吹き抜けになっている東屋で向かい合って腰かけると、係りのメイドさんが飲み物を持ってきてくれた。
ここのメイドさんたちはどこまで目を光らせてんのか。建物の中だけじゃなくってもワゴンを押してきてくれた。サービス精神の塊だ。
「人払いを頼むけどいいかな?」
金髪紳士のジェントルマンから尋ねられる。
魔法学院の学院長、キルリウス・ベッシリーニ。
「どうぞ。ただし呼べば誰かは来てくれるくらいの距離感でお願いしますよ?」
一応注文をつけるけどもそれほど意味はない。相手は大魔法使いだ。
今の発言は単に交渉事で相手のいいなりになるのはよくない気がしただけ。
「それではあらためて。昨日私が顔を出したのはキミと知り合いになっておきたかっただけなんだ」
「知り合い?って何ですか?もちろん知り合いって言葉は知っていますけど、そうじゃなくて」
「魔法学院の試験をうまくやるためさ。そしてキミに無事に魔法学院へと入ってほしくてね」
何言ってんだろう。
裏口入学の斡旋?
急に話がショボくさい。
俺に恩を売って見返りに言うことを聞けとか、そういうことだろうか。
「聞きたいことは山盛りですが。親に頼んで金を出せとかですか?たかりですか?貴族のくせにお金に困っているとか?」
そういう貴族もいるにはいる。十分に生きていける金を持っているくせに。
領民が必死に働いた金を搾り取ってるくせに他人を利用してもっと贅沢をしたがるクズ野郎。
この男もそういうことか?
学院長という立場だとあまりお金が入らないのだろうか、でも魔法師団長で国王の側近が金に困るなんて。いやむしろ、こんなショボイ話をしてくるなんて。
俺の疑問にキルリスは頭を抱えてしばらく悩んでいた。
どうすれば話が通じるか考えていたらしい。
「何故そんなことになるんだい?入ってほしいのはこちら側なのに??」
「全く意味がわからないです。こっちは魔法学院に受かるかどうかもわからないただの受験生ですよ?」
どうも話がスレ違っている。
キルリスの表情を見ていると本気で困惑してるようだけど。もちろんそれも演技でワナだという可能性を捨てる気はない。
「ただの受験生が魔法師団の師団長と魔法対決で相手をボコボコにして負かすのかい?魔法師団の研究所長が書いた論文を理解して質問するのかい?」
俺は結構勘違いしてたという話だろうか。
あと相手からも勘違いされているようだ。
昨日の戦闘を俺の能力だと思われているようだ。
あれは<力の顕現>を使った俺の全盛期の力で今の俺じゃない。それでもそんな説明をするわけにはいかない。強い力はナメられないための抑止力になる。
「だいたいキミが撃っていた光の魔法は12年前に使える人がいなくなった幻の魔法だからね?その魔法を使っていたのはうちの親父だからレベルの問題だと思うけど」
使っちゃまずかったヤツってことか??
どういうこと?
『「照射」は光属性の魔法でレベル300前後の実力があれば使用可能です。最低でもレベル200は越えていなければ放てませんので人間の限界と言われるレベル99では絶対に撃てません』
まともな魔法使いのベレルじゃ撃てないから幻の魔法。
ということは。
勘ぐられたくないなら迂闊に見せない方がいいってことだ。
魔法師団長クラスが見れば「上位元素の光の魔法が使えて」「人間のレベル限界を超えた魔法を放つことができる」までバレちまうことになる。
それでも話を聞いてるとどうもひっかかるんだよな、この人の父親っていうのが。
俺と似た感じの状況にしか思えない。
その人も生まれ変わった感じなのか?神のじいさんのせいで。
『その可能性が高いですが100%ではありません。数千年に一人レベルで神の寵愛を受けた存在も生を受けます』
だよな。
『それより問題なのはこちらの能力や状況をかなり正確に見抜かれていることでは。この人間達をどうするかを判断する必要あります』
だよなー。
『判断材料が足りない時は?』
情報収集。へいへい。
「おっしゃってることがどうもよくわからないです。もちょっとわかりやすく説明してもらえますか?なにせ世間をわかっていない子供なので」
なぜか一瞬キルリスからシレっとした目で見られた。
誰が見ても俺は子供だろうに。
「そうだね、大魔導士であるはずの私を本気で殺しにかかったのは年端もいかない少年だったな。これがどういうことかキャサリン教えてあげなさい」
「へっ?」
さっきからキャサリンさんがおかしい。
下を向いてジーッと手を見て、手をニギニギして閉じたり開いたり。
俺と目が合うとまた赤くなって俯いてしまった。
今も上っ面の返事をしたかと思ったらまた下を向いてる。
それを見てキルリスが自分で話を引き取る。
「ダメそうだから私が続けるよ。教育者としての視点ではあんまり言いたくないことだけど。キミの能力が高すぎて、入学した日に卒業証書渡してもいいくらいなんだけど」
「え?困りますそれ」
即座に否定させてもらう。
魔法学院に入学するのは時間が欲しいからであって卒業証書が欲しいわけじゃない。
「そうだね、こっちもそうはいかないんだよイロイロと。むしろ学院なんて飛び越して魔法師団に入ってほしいんだけど、これもそうはいかないんだ。魔法学院の上位卒業者からしか採用しないことになっている決まりだから」
イロイロで悪いね、という顔をされても。
勝手に決められちゃ困る。俺が望んでいるのはそうじゃない。
「それに俺は魔法師団に入りたいわけじゃないので」
「違うのかい?それだけ力があって魔法学院に入学するのに?」
「全然違います。俺はまわりに俺を認めされるための時間が欲しいだけなんだ」
「どうにもよくわからないね。その力を発揮すれば誰だって君を認めると思うけど」
どうにも腑に落ちない顔のキルリス。
あんたの立場にまでなればそうだろう、でもこっちは世界に認められていないただのガキだ。世間知らずで誰にも知られてない子供だ。
「それだと、さっきキャサリン・・さんが言っていたみたいにいろんなヤツに利用される可能性が高いと思う。いきなり力を知られるんじゃなくて立場に見合って認めさせていきたい。俺は殺されたくないし利用されたくない」
どこまで話したものかと考えた。
だが相手は魔法学院の学院長だ、反応がおかしければ別の道を探すしかない。素直に話したのは先に進むための賭けだ。
「殺すとか利用するとかずいぶん物騒だ。でもそういう話をしたかったんだ。普通に考えれば、侯爵家で蝶よ花よと育てられた子供が言うセリフじゃない。そんなこと言われても誰も笑い話にしか聞かないよ」
それはそうだが茶化されたくはないし笑われたくない。
こっちはガチだしリアルだから。
「親父の話を聞いて過ごしてきた僕たち以外はね」
真顔になったキルリスの目を見返した。
本気で必死な目に見えたから俺も本気で返す。
「だから声をかけた。キミの今の人生の前にどんな生が何年あったのか、そこで何があったのか僕たちには想像もつかない。でも親父には協力してくれた人がいたから、最後は先代の国王と知り合って世界中に名を馳せる大魔導士として認められた。本人はそんなことを求めてはなかったけどね。僕たちは、親父が受けた恩を次の世代に返したいだけさ」
熱がこもっているキルリスの言葉が心を揺さぶった。
でもなんだかすごい美談になってないか?
これだと俺の勘違いなだけで、この人たちってすごくいい人ってことにならないか?
そんな人たちを俺は半殺しにしたと。
世間知らずのガキだからそんなこともある、なのか?それでもこいつらが本物の悪党ならやっぱり平気な顔で熱く語るだろう。俺は悪党しか知らないから善人がわからない。だから判断できない。
こいつはどっちなんだ?
「あなたが俺のことを利用しないと言い切れませんよね」
「そうだね。でもそれを言ったら全ての人間関係にはそういう一面があると思うけど。それなら僕が勝手にやったことには一切の見返りを求めないと断言するよ。私からのお願いはその都度キミが判断すればいい。やってくれるなら私からは必ず同じレベルのものを君に返すよ。そこはWin-Winでいかないとね」
なんだか商売の交渉みたいになってきた。
でも降りるわけにはいかない。コイツが悪人だろうと何だろうと。絶対に対等以上の立場じゃないとダメだ。
それなら条件というか俺の希望を言えばいいのか?
「まず情報を隠さないでくれ。一度でも裏切ったら二度と信用できない」
「わかったよ善処する。ただし私も国王と直接秘密をやりとりする立場だからね。言えないことは言えないよ」
「もちろんだ、じゃあさっそく教えてくれ。なぜ「魔法学院の試験をうまくやる」必要があるんだ?」
何を企んでるのか。
どう俺を利用しようとしてるのか。
俺にどうふるまわせたいかわかれば、こいつらの目的も予想がつく。
だが俺の考えはまたも食い違ったようで、キルリスの表情は「そんなの・・・」当たり前だろうって顔だ。
「え?実技試験で光魔法をぶっぱなす気かい?教授として採用されたいのならわかるけど、普通に入学したいだけだよね?そうでなければ伝説の新入生として世界中から注目されたいとか?」
試験では様々な魔法が飛び交うイメージは俺の勘違い?
魔法学院って魔法のエリートが集まるんじゃないのか?
「魔法学院に集まるのは将来の魔法のエリートだ。入学前にはまだ魔法が放てなくても、自分の魔力をそれなりに体内で操作できれば合格ラインだけど」
・・・・・。
「キャサリンから聞いたけどあまり目立ちたくないんだろう?僕としてもあんまり目立たれて他からスカウトされたくないのが本音だよ。下手したら他国から勧誘されるかもしれないし、反社会的な組織にも目をつけられる。僕らは親父を知っているから成長したキミとドンパチしたくないのさ。間違っても戦場なんかで」
かなりぶっちゃけてくれたから、ようやくわかってきた。
「将来国家の敵となりそうなヤツを野放しにはできない、飼っておきたい、そんな感じでいいんですかね?」
内容が買いかぶりとか失礼とかそういうのはあるけど。そんなことよりなるべく本音を知っておきたい。
俺に何かしてくれるのなら、俺から得たいものがあるはずだ。
無償で何かをしてもらえるなんて考えるほど甘ちゃんじゃない。そんなことは有り得ないのだから。
そこを納得できないと相手を信用することはできない。
「うーん、前半は少しあるかな。私は魔導師団長として国の安泰を維持するのも仕事だから。でも後半は間違ってるよ」
「そうですかね?」
「そうだよ。僕たちがしたい協力は、君を飼うことじゃなくてキミが飼われないようにすることだから。魔法師団に入ってもらえなかったらそれは残念だけど、でもそれでキミがハッピーならOKだ。そのことが国のためになればもっと嬉しいし街は平和で国は安泰さ」
あっけらかんと笑い飛ばされた。
そんな単純な話か?
疑問は残るけど俺でもわかるようにハッキリと言ってくれているのはわかる。
ダマシが入ってるか今は判断できない。
俺に都合がいいいように聞こえるのは怪しいのか?よくわからない。
「今のところは信じましょう。それで、どうすればいいんですか?」
「まずはキャサリンを正式に家庭教師に雇ってもらえるかな?そのことでキミに約束できるのはキミの安全と魔法学院の合格だ」
なんだか随分と遠回りして、結局はもともとの家庭教師の話に戻ってきた感じだ。
でもこんな事情を知らずにキャサリンが家庭教師になっていたら。それを後から知ったら、俺は絶対に彼女を信じることはできないところだった。
「対価は?」
「そこはキミの両親へ家庭教師代を請求させてもらうよ。もともとそういう話だから。こちらとしては魔法学院に入学してくれればそれでOKだ。もし個人的に借りだと思うようなことが起こったら、その分だけキャサリンが困ってるときに助けてあげてもらえるかい?」
「そんなことでよければ。交渉成立ですね」
「よろしく頼むよ。これでも私は子煩悩だからね」
これからGW4日間は毎日2話更新します(日中と夜間それぞれ1話)
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