第153話 やぼう
キッキッキッキッキ
ホヒョッホヒョッホヒョッホヒョッ
カラカラカラカラカラ・・・
怪しい鳴き声がうっそうと茂る木々の間から響く。
垂れ下がるツタが突然あらぬ方向へと動いているのは、そのツタをひっつかんで移動している木上動物のせいだろうか。はたまた虫や小動物までを捕食する植物であろうか。
一行は不気味な暗がりへ胡乱な目で注意を怠らず、しかし続く緊張にその糸は途切れそうになっていた。
魔力探知のできない者にとっては。
出発時にさんざんと油断しないよう注意された上、かの有名な深淵の森へと踏み込む危険を諭され、研究者を守る屈強な兵士たちですら挫けてしまわないよう必死に耐えている。
魔力探知ができない研究者を除いては。
当然のことのように先頭をジンと一緒に歩くユーリ、そして最後尾のシンガリを務めるジョバンは魔力探知を行っている。
この鳴き声のヌシの他にも、鳴き声はせずともこちらを伺う獣、魔物、敵対生物の全てを把握しており何時こちらへと牙をむけようとも対応できる体制をとる。
用心する彼らはそれでも過度に緊張なんてない。状況を正確に把握しながらいつでも対応できるように意識を集中させている。
無駄な緊張とは無縁なのは二人が圧倒的な実力を保持しているからに他ならない。
それとはうってかわり2名の研究者、研究所長キャサリンと未来の副研究所長ザハトルテについてもやはり緊張とは無縁であった。
この二人に緊張感がない理由はユーリやジョバンとは違う。
ユーリに手を引かれて進むキャサリンが緊張しないのは絶対的な安心感だ。
彼女の愛する存在が最強であることを疑っておらず、その彼が自分を守ってくれるのだから。
全ての種族を通じて世界最強の護衛者が一緒なのだ。心配するだけ無駄というもの。
ならば二度と来ることがないであろう深淵の森をその目に焼き付けようと割り切っただけだ。
もしユーリですら敵わない相手が現れたとしたら、ユーリと一緒にヴェルハラへと旅発つだけの話。
一緒にというところは譲れないけど、そうであるなら何も恐れる必要はないのだった。
ユーリに引かれる手にたまに力をいれてギュッギュッと強く握ると、こちらを振り向きもしないくせに返事でギュッギュッと握り返してくれる。
それだけで嬉しくてポカポカした気持ちになれるキャサリンにはラブラブという麻酔もしっかり効いているのだ。大好きな彼氏と大好きな研究という幸せの時間の中。彼女は恐怖と縁遠い世界をフワフワと漂っていた。
かたや研究員ザハトルテは隊列の中段で前後左右をがっちり兵士に囲まれた中、ものめずらしそうに森の木々に目をやり、鳴き声がするたびにそのヌシを確かめようと目を凝らしては見つけられずにガッカリと首を落とすのであった。
彼に効いている麻酔は『好奇心』
研究者にとっては最強の麻酔である。同じものはキャサリンにも効いているが、彼のものは他の誰かと比較にならないほど度を越していた。
キャサリン女史が己の極めたい世界の真理のために命をかけることすら厭わないのに対して、この男の好奇心はあまりに奇天烈であり己の命の価値は低すぎた。
己の中の物差しで興味が湧いたものに強烈に引き寄せられ気になって調べずにはいられない。
確かめなければ気が済まなくなるのだから、ひとたび己で謎と認識すればその解明にすべてを捧げるだけだ。
不思議な色で輝く石をどうしても確かめたくなってポッケに入れる。実は擬態していた魔虫であり吸血虫であったため1時間も血を吸われ続けてぶっ倒れる。
誰が見てもおどろおどろしい色と香りの花弁に手を伸ばして拳より先が食べられかけたり。
高い木に登って鳴き声の主を確かめようとして滑ってつかんだのが豹型魔獣のしっぽであったり。
そんな彼を知っている人間にとってはお約束ともいえる行動を脊髄反射で続ける。
彼の中に恐怖という気持ちが存在しているのかは謎であり、少なくとも自分の身の安全については何の頓着もしていない。
そんな彼にとってこの深淵の森は楽しいイベントがひたすら続く遊園地のような場所であり、まわりの兵士は自分を諫めるためにいる邪魔者でしかないのだった。
「なかなか油断ならない気配だな」
王国軍の副総司令ジンが周囲の注意を怠ることはない。
彼は剣闘士であって魔力探知ができるわけではないが、剣の達人の域に達している彼であれば目立つ気配は探知することができた。
進めば進むほど強者の覇気と濃厚な魔力が漂い、もしここにいるのが自分ひとりであれば180度転進してこれまでの道を帰りたいほど。
「ですが敵意も感じませんので大丈夫ですよ」
ブフゥブフゥと鼻をならすウサギちゃんも同意・・・いや、そのまま俺にスリスリしてるから単に俺の肩にひっついて嬉しいだけか?
"え?だってこんなに安全な移動なんて生まれて初めてだもの。いいわーやっぱりいいわー安心安全"
「どうせ3日間だけだからいいけどな」
"ちょいちょいちょいちょおおおおぉぉぉーーーーい!!何だか不吉なことをおっしゃってるようですが、それはどうしようもなくなくなったらとかそういう話でしょーが!!どのみち3日もアタシと一緒にいればいない時間が耐えられなくなるんだから。もう何いってんのほんと"
ペチンと俺のホッペにやさしいパンチが。
「モフモフはギンさんで間に合ってるし。おまえより大きくてモフりがいがあるし毛並みも銀色できれいだし」
チラリーィィィ♪
必殺〇事人のファンファーレが鳴り響いた。
ような気がした。
"アタシよりきれい?ふーん。それで、その娘はなんなの?アタシよりかわいいの?美しいの?モフモフなの?セクスィィィなの?いいからおねえさんに言ってみなさい?"
おねいさん。
うーん。
おねいさんなの?
「ああシルバー・フォックスだけど俺とおんなじオーバー・スペックだぞ?知り合いと契約している従魔だけど王都ではよく俺の膝で丸くなってくれるからナデモフ放題なんだ」
"くれる?あーーーー、そう。銀狐。へーー。アタシというものがありながら、ほーーーー。人間のメスはまだアナタの同族だからしょうがないにしても愛玩ポジをわたすわけにはいかないわよ?だいたいオーバースペックの銀狐なんてどうせスカしたババアでしょうが。あいつら一見キレイだけど牙は鋭いし根っこは狂暴だしツンツンしてるしキツネは人をだますって相場が決まってんのよ!しかも主は別なくせにあなたを誘うなんて悪女だわ、そう悪女よソイツ!"
コイツといると退屈だけはしない。それがいいところ?
でもウルサイ。だからまあ差し引きゼロ、いやいやマイナスだな。
「いやなにいってんのホントおまえ。だいたい愛玩ポジってなんだそれ?」
"ユーリったら随分と多方面にタブラかしてんのね?やっぱりあなたにはアタシのようなしっかり者のパートナーが必要なのよ。そこのところ理解しなさい?"
「おまっ・・進化したら悪女のくせに・・・だいたいおまえ何ができんだよ。ギンさんは俺のピンチを魔法で助けてくれたぞ!」
"ユーリの女まわりの整理だけど?"
あほだ。
こいつは間違いなくアホだ。
「キャ、キャサリィ~~ン。こいつ、このウサギなんだか頭がおかしいんだけど~!」
そんなウサギちゃんはこれから続々とユーリの元に集まる強者たちから「姉御っ!」「姉さんっ!」とチヤホヤされる幸せをかみしめてニマニマしていた。
もちろんただの想像でしかない。