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第149話 よくないかもう

「おまえら何ということを!?おまえらがいなくなっちまったらマーサさんが可哀そうだろう?キルリスはどうでもいいけどな!」


聞いた途端にジョバンが叫び出した。

おいおい?いくら酒場だからって大声だすなって。


「結婚式と子供が生まれたらお母さんには連絡することになってるから。どこにいても来てくれるってさ。でも旅に出ちゃったらボクたちすぐに結婚しちゃうんじゃないかなぁ」

キャサリンが上目使いで俺を見るけど当然のこと。


「どうせならタペストリーさんとこで結婚式やろうか?新婚旅行になるし人も呼びやすいし」

「いいねいいね。侯爵ならいろいろ協力してくれそうだしフローラ会長にも声かけられるし」

「じゃあ結局すぐにお母さんと会うことになっちゃうね」

「ちょうどいいんじゃない?心配かけるまえに一度会う感じになって」

「なんかもう今回の合同研究がどういう風に転んでもそうしちゃえばいいんじゃないかって思うんだけど。どうかな?」

「え?俺は全然ありだけど。そうしちゃおうか?ね、キャサリン♪」

「いいねいいね、ね、ユーリ♪」


延々続く二人のラブラブな会話。

そんな触れると大やけどをしそうな会話が続くなか、ジョバンは酒を煽ることしかできなかった。

チョンガーの俺の前でこいつら何やってやがる。

人が込み合ってきて騒がしい店内。3人で来ているはずの彼はひとりきり、孤独であった。



若い二人がかけおち同然に故郷を出ていくという切なく苦しい決断という見方もできなくはない。しかしこの二人に限っては親公認であり実力もあり縁故に困らない。

どこにいっても問題ない。


そうだ、こいつらならうまくやるだろう。


ジョバンには幸せなんてものはわからない。だが楽しく過ごすコツは簡単だ。

メシを食うに困らないスキルを身に付ける、細かいことを気にしない、楽しいことや好きなことを続ける。

これに気心が知れたヤツが一緒にいれば二重丸だ。いつら二人なら全て満たしてる。


二人がいなくなって慌てるのは一部の王族と関係者くらいだろうか。ユーリの実力は公にはなっていない。そしてジョバンは貴族嫌い王宮嫌い。

ユーリの実力がバレて貴族たちがあわてる顔を想像するのも楽しい限り。自分ですら楽しみでニヤニヤ顔に出てしまう。いいぞいいぞやっちまえという本音もあるにはある。


ジョバンは家庭どころか彼女すら作ってる暇のない転勤稼業。

昨日は南に明日は北へ。

そして今日は深淵の森へ・・・。


いいから俺の前でいちゃつくな。


「まあお二人さん盛り上げってるところ悪いんだけど。まずはこの深淵の森の研究作業と、ここから生きて無事に戻ることだろ?」


キャッキャ言って盛り上がってる二人はピタリと会話を止めた。


「危険管理はジョバンの仕事なんだろ?」

「だよねだよね。研究の方はまかせてよ、ボクとユーリがいればなんとだってなるよ!そうだ二人で抜け駆けして速攻で調査終わらせちゃおうか?」

「東も南も王国もほっといてやっちゃうか。王国の研究者はジョバンが無事連れて帰ってくれるだろうし」


「そしたらボクらの研究成果くらいみんなに共有しちゃうよ、絶対納得できちゃうヤツ」

「いいね、いいね、じゃあサッサとすませて二人で湖を見にいこう。ほんっとうにきれいだったよ。ね?キャサリン♪」

「ほんと?うれしいなったらうれしいな。ね?ユーリ♪」


二人がまたはじまった。

トホホなジョバンはとっとと流れを遮ることにする。


「いや。悪いけどな?」


ジョバンは震える腕を必死に抑えながらワインをがばりと呑んだ。

いや、ガバリガバリガバリと呑み続けた、というべきか。

納得いくまで気持ちが落ち着くまで飲み続けてから、ダンッとジョッキでテーブルをたたいた。


「そうなったら俺もお前らと一緒にいくからな!ぶっちゃけ俺がキルリスから頼まれてんのはお前らの面倒みることであってあの研究者や兵士の御守じゃねーし!ユーリがいない調査隊なんて俺一人が生きて帰ってみせるのがせいぜいだ。他のヤツラの面倒見ながらじゃ完全なムリゲーだろう!」


いい大人がキレやがったよ。

仮にも俺の師匠だったはずだけど。


「えーーーせっかく二人の婚前旅行なんだから、そこはほら気を使っとこうよジョバン」

「そうだよー、そんなこと言ってると馬に蹴られて死んじゃうよーー」


「だめだだめだだめだったっら、ダ・メ・ダ!だいたいこれは婚前旅行じゃねえだろ!おまえら絶対に逃がさねーからな、じゃないと死んじまうだろうこの俺が!!!」


本音の男ジョバン心の叫び。

このバカップルどもに懇願しなければならない師匠の俺っていったい何なのよ!?


そんな悲しい叫びは喉まで出かかって必死に止めるのが大人ジョバンのやり方だった。


「ちぇっーーー。でもいろいろ身バレしてこの研究からバックレることになったら後は頼むな」

「そうそう。納得いくまで研究しまくって後はお願いするのが一番だよね!」


うんうんと頷く二人。

結局はそうなるんだからよろしくね?と言わんばかり。

笑顔がハジける二人にジョバンひとりがトホホなのだ。


「いやいやいや。だから絶対に逃がさねーって。少なくともこの研究探索が全部終わってこの街に戻ってくるまでな。好きにするならその後にしてくれって言ってるだろ!!なあ、頼むよ。お前らも俺が死んだらイヤだろ?」


弟子に哀願。

だがジョバンは今日のわずかな偵察でわかってしまっている。

深淵の森の探索。

あんなのユーリ以外は絶対ムリだ。


「うーん?まあ嬉しいかイヤかで言ったらイヤ寄りの方かもな?」


いい笑顔のユーリ。

その横で頷くキャサリン。


え?そんな感じ?

俺おまえの師匠だよな?

安いメシのおごりだけで結構いろいろ教えてやったよな?


飲み込む言葉ばかり。

ああそうさ。

師匠なクセして弟子に置いてきぼりにしないよう懇願している自分があきらかにおかしいさ。


「そうだろう?な?な?やっぱりものごとスッキリした気分じゃないといい仕事もできねーしよ。よし、決定だ、全てが終わってここに戻って来るまではバックレ禁止だ!訂正は聞かねーから忘れんなよ!!」


そんなことをギャグめいて陽気にお願いするジョバンの心中。


おかしい。

王国最強の魔導士の一角として命がけの冒険全てを生き延びてきた。熱い友情と酒とタバコをニヒルに愛する冒険者な俺なのに。

世界中のギルドから引っ張りだこの実力者。その俺がなぜ新人冒険者だったころのようなペコペコしてるんだ?


王国最強の冒険者のひとり、S級冒険者ジョバン。


最強とは必ず戻ること。死なないこと。


最上位のS級ランク冒険者だって生き残っていることが大事。強くなるほど世の中には必ず上には上がいることがわかるのだ。そんなことが身に染みている男は命の手綱を手放すことを絶対にしない。プライドは馬か貴族にでも食わせておけばいい。

地をはいつくばってでも土下座してでも生き残るのが彼のポリシーだった。


翌日には王国軍の副総司令官も同じ思いをすることになるのだけど。



やっかいなバカップルとの疲労困憊の打ち合わせ(という名の飲み会)を終えた俺はホテルの客室をノックする。

士官である彼には一人部屋が割り当てられている。

旧知の男。

王国軍副総司令官のジンだ。


王宮には近寄りたくないジョバンであっても、王国軍の一部とは仲がいい。

戦闘力、経験、人望、さまざまなもので職位が決まっている完全な実力主義で気楽だった。


「誰だ?酒を持ってきてないヤツは入室禁止なんだけど」


「俺だ、ちゃんと土産を持ってきたから入るぞ?」


ガチャリと扉を開けると。

椅子の背もたれに胸板をあずけて腕を組んでるジンが笑って手をあげた。


さては結構呑んでるなこいつらと。


「さすが王国軍だな団結力が違う」


ジンの前には、今日ジンが寝るはずのベットに3人の兵士が赤ら顔で腰かけ、入りきれない兵士がもうふたり床であぐらを組んで輪になって酒を飲んでいた。床にもベットにも、食い散らかしたクズとこぼれた酒がえらいことになっている。

細かいことは気にしない王国軍の気質は脳筋。

早朝こっそり宿屋の店主に頭を下げて心づけを渡すジンが今から目に浮かぶ。


「それで深淵の森はどうだったんだ?ユーリと探検してきたんだろ?」


ジンが興味深そうに聞いてくるのを耳にして、まわりの兵士たちも興味シンシンだ。

こいつらやるき満々みなぎってるところ悪いけど。


「ありゃーダメだ。戦闘するつもりならヤバいことになるからこうして来たんだが・・・おまえらも頼むぞ本当に。俺達にできることはとにかく魔獣たちにバレないよう行動すること、バレたら速攻で逃げること、それだけだ!一瞬でも気を抜けば二度とこの世で酒が飲めなくなるぞ!」



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