第148話 報告会
暗くなって随分と街の近くまできてから、俺達二人は浮遊して街を目指した。
なるべく低空飛行で。
ホテルの前ではキャサリンが今か今かと目を爛々と光らせて待ちわびていた。
「さあ、聞かせてもらうよっ!」
街の大通りの傍にある居酒屋へと3人で突入。
ホテルの食堂じゃないのは俺のことあんまりバレたくないから。
込み合ってる店内は誰も俺たちを気にすることはない。
ジョバンは一仕事終えた安心感と高揚感でジョッキを一気に空ける。俺もキャサリンもゴクリゴクリと一気に飲み干した。ダンッとテーブルにジョッキを叩きつけて第一声はキャサリン。
「おつまみ適当に、お腹減ってるだろうから最初はたまるものにしてあげて!ワインは大きいボトル置いといてくれたらいいから!!」
ドカンッとワインのマグナムボトルがおかれて、肉、パン、サラダなんぞもワサワサと続いて出てくる。
王都のレストランのお上品な盛り付けとは大違いの、ドカンドカンとうまそうなものが積み重なって出てきた。みんな食べたいだけバンバン自分で切り分けて取る。足りなくなったら勝手に追加する。
「さあ後は喋るだけになったよ!いつまで待たせるつもりだい、ドンとこいだよドンと!!!」
キラキラした目で俺達をせかすキャサリン、後ろに燃え上がる炎が見える。気合十分だ。。。
いつもこの3人なら俺はキャサリンの横にいて正面にジョバンやキルリスがいるのだけど。なぜだか今日は男二人が並んでキャサリンの尋問を受けるように座る。
キャサリンが楽しみなのはわかるけど、さっきまでの夕暮れのオレンジと精霊の光の余韻で俺たちは心地よく惚けてる。
正面に座ると、キャサリンの喋ってる顔や聞いてる顔がよく見えた。
お酒を飲んでるところも食べてるところも。
おいしそうに飲み、美味しそうに食べ、素直に笑って「美味しい」と声をあげる。
マーサさんの血統だ。
キルリスはどっちかっつーと修練した上品さを自分の意思で崩さない感じ。お高く気取りやがって根っこはコッチのクセに。
「じゃあ明日のミーティングの事前打ち合わせもかねてだな。俺達は経路の1/3くらいまで行ってみたが道については研究者諸君でも大丈夫だろう。フィールドワークしているタイプしか今回はいないんだろ?それより森の危険度が想像以上だ」
なるべく素面のうちにしゃべっときたいんだろう。
ジョバンが危険担当として研究担当隊長のキャサリンに報告をあげていく。
「ほうほう。なんか出たってこと?」
「ほんの少し入り込んだだけなんだが、ベアやボアのような野獣、ベヒモス、水辺でアリゲータあたりはあたりまえにいたな。ユーリが戦闘をしない前提で言えば、俺達が確実に討伐できるのは野獣までだ。魔獣以上の相手はとにかく先に探知して気付かれないように離脱するしかない。後でジンくんとも打ち合わせるが金属製の鎧を着用してガチャガチャ歩くなんてのは自殺行為だ」
「空を飛ぶと竜種が襲ってくるらしいから俺もジョバンも地上を歩いたよ。途中で見つけた湖はキレイだったなあ」
「あ、バカ、そういうこと言うなオマエ」
余分なこと言うなとジョバンに頭をはたかれるが、どうせキャサリンには二人になったら話しちまうしな。キャサリンのお目目がキランと光る。
「ほうほう湖があったんだ。さっきジョバンも水辺っていってたしねえ」
「そうそう。波ひとつない湖面に夕焼け空の茜色が映ってキャサリンにも見せてあげたかったなあ」
「一緒に行けば見れるよ、ぜったい見なきゃだね!そうだろジョバン?」
嬉しそうなキャサリンはワクワクして興奮が止まらないお子ちゃまのよう。
この森でしか見れない、この場所にしかない景色。
城壁の向こうには誰も見たことがない風景が広がっているんだ。
「湖の傍を通るかどうかは打ち合わせが必要だな。岸辺を歩けるかと思ったが、アリゲータの群れが日向ぼっこしてたから現実的じゃあない」
「つまんねーヤツだなあ、おめえ」
俺じゃない。キャサリンが言ったんだ。
顔が「ケッ」てツバでもはきそうなヤサグレ顔。野良ワンコのキャサリン待ちなさいって!
「それに湖には・・・おっととと。そうだな、森の中を最短距離で行った方がいいかな」
「ほう。ユーリ、ねえ『ととと』って何のことだろう?湖に何か珍しいものでもいたのかい?」
キャサリンからニッコリ笑って問いかけられると逃げ場はない。
そういうルールだから。
「うん、こういうヤツ。頭と背中が湖面に出てて」
腕を上下にクネクネさせる。ウニョリウニョリ。
何となく伝わるかな?
「ほうほう。一見すると首長竜みたいな感じだね?あり得るとしたら神聖竜ヴァルテックス、とかかなあ。うーん、それ普通ならあり得ない感じだけど、ここは深淵の森だから何でもありだからなぁ」
「神聖竜?って何それ?」
「まさに神の遣わしたる聖なる水竜だよ。種族名というより、固有種族っていうか個体だね、世界に一頭しかいないよ。空は飛ばないけど時空を貫いて移動するらしいから、どこにいてもおかしくはないんだよ?」
美しい夕焼けの湖。
湖面には赤く焼けた景色が映って波間に宝石のように光が輝いてた。
その巨大な湖のはるか先、夕焼けの逆光で陰しかみえなかったけど。
俺だけじゃなくてジョバンも。
当たり前のようにこの美しい景色の一部となっていた聖なるオーラ。
キャサリンが神獣っていうなら間違いない。
「そうかもしれないし、二度と見ることないかもしれないけど。でも神聖系の生物って美しい場所や景色が好きらしいから案外本物かもね。ボクも見れるかなあ」
お酒でホンノリ赤ら顔。
遠くを見つめるキャサリンの瞳は、きっと俺達が見た景色と同じものを見てる。
「そういうホンワカした話は置いとこうぜ?俺は明日からの行軍は随分と頭いてえんだけどな。まず集合座標まで辿り着かなきゃなって話があって、じゃあ3国集まったら大丈夫かってのも悩ましい。どっちかっていうと集まったあとの方がやっかいだよな、西の研究班だけなら最悪ユーリが身バレしても・・・」
ジョバンの言いたい事はわかるけど。
でもできれば俺はバレたくない。だってなあ。
「研究班にも護衛にも第二王子の息がかかってるヤツラいるみたいだぞ?」
第一王子派に関連するヤツラもいるけど。
だけどあの派閥はもう解体するだろうし、気にしなくていいだろう。何か探ったりの意図はないと思う。
隠し通せる気はあんまりしてないんだけど。
ナビゲーター先生のあの口調も『いつものあなたならムリ』って言ってるのと同じだったし。
「そうなると後はとにかく隠密行動に徹するしかない、それくらいヤバい場所だってこと。俺やジンくんが出来るのは皆が逃げるための時間を稼ぐことくらいだし、それもあんまり期待してほしくねえなあ」
命大事に、が俺の基本なんだけどなあ。
ボソボソ言ってる。
間違ってないけどな冒険者としては。
「いいっていいってそんなに悩むなよ?やるしかなければやるし、バレたらバレたでそのままキャサリンと二人で諸国をめぐる旅に出ることにするから。ね?キャサリン♪」
「ね?ユーリ♪」
見つめ合うふたりの気持ちはひとつ。
気持ちを疑うなんて言葉は俺の辞書から消したから大丈夫。
信じるなんて言葉だってもう消えた。
当たり前だから、俺達が一緒にいるのは。




