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第142話 東の4賢人

ピュウと秋の空っ風が落ち葉を舞い上げる季節。


木造建築と石畳が融合し、湾曲に尖った河原を屋根が覆う街並み。

街中に運河が走り、小舟が人や荷物を乗せていきかう。

馬車が走る回廊ぞいには横から川辺まで降りる石段がついており、くだっていくと舟寄せになっている。


沿道の木々は黄や紅にそまり、風で舞い落ちた葉でカラフルな石畳の街道をさらに賑やかす。

そんな秋の自然が織りなす華やかな街を朱塗りに黒屋根の馬車が気ぜわしく抜けていく。


最上位の貴族が乗っていることは間違いない。

色とりどりの枯れ葉を踏みつけ巻き上げる姿はこの時期での風物詩となっている。


「遅いではないか」


大きな円卓にはすでに4人の男が席に座っている。ひとりが遅れた男へ詰問を始めた。

注意を受けた大男は慌てて残りの席につく。


「焦るでない、これでも急いだのだがな」


神経質そうな男に悪びれもせず言い返すこの男は、先ほど朱塗りの馬車で宮廷へと到着したばかり。


「あんまり急がせると馬が可哀そうであろう。なにせワシが重いでなあ」


笑いながら頭をかく男に、しかしごまかされないぞと別の男が厳しい声を投げかける。


「それとこれとは話しが別じゃろう。上様をお待たせするなど言語道断という話。だいたいおまえは以前からな・・・」


ポンポンとやり合う二人に、いつものことだとあきれ顔の”上様”と呼ばれた男が仲裁の言葉をかける。

高貴な身なりで最も奥に座るのは、他の重鎮とよべるほど年老いて白髪である面々とことなる黒髪の男。

落ち着いた雰囲気だがまだ壮年には早く若者と呼ばれる年でもない。

周囲の老人たちからの配慮を一身に受けているその身はこの集まりでの最重要人物であるからであろう。


「もうよいそれぞれ忙しい中ご苦労。今日もちくと相談があるからいつも通り知恵を貸しておくれ」


ハオッ!」

上様と呼ばれた男の言葉に皆が揃って声をあげた。


皇帝とその諮問機関である4大顧問による不定期な会議。

東の帝国で国事として記録に残ることがない極秘の会議が始まる合図だった。


「西の王国に潜入しようとした諜報員が3名拉致されました。隊長はコードネーム・スティ、トップエージェントの一人です」


年寄が多い中では皇帝とは年がもっとも近い"顧問"がツラツラと報告を読み上げていく。

一切の抑揚をつけずに読み上げていくその内容に参加者たちへ動揺が走り、その場にいる全員に緊張が走る。


「まだ生存しています。タペストリー領で拿捕され取調べを受けた直後に潜り込ませていたエージェントと接触していますが、自死も逃走もできない呪いにかけられており魔術も使えないため助けは無駄とのメッセージです」


東の帝国の軍事力は4大国の中では最弱だ。

他国では軍部に回すであろう資源の殆どを費やして闇魔術を活用した情報戦に特化している。

資金や人的資源や魔法科学の研究など、すべてを注ぎ込んだ闇魔術の研究と闇魔導士の育成については誇張ではなく世界イチすすんでいるに違いない。


「敵は闇魔術でヤツより上を行っているということか!?そうでなければ自死も出来ぬレベルで呪いなぞかけられるわけがない。ステイのレベルはいくつだ?」


「昨年測定した闇魔術のレベルが75です。我ら4人を除けば彼より上のレベルは一人だけですがスティと同格レベルで今は南の国において潜入作戦中です」


「死ぬに死ねず助けることもできぬか。他に何か情報は得られなんだか?」


「ほかはひとことだけ。暗号化されており、おそらく複雑な情報を残せなかった状況での伝言だと思われます」


「いいから早く言うがいい、わがエージェントが捕縛されて何も残せぬなどありはせんっ!」


「はっ!・・・『ゆうりはかみ』5文字です。」


「ゆうりはかみ?意味はわかるか?」


もっともシンプルで最小限のメッセージだ。

短すぎて何を言いたいか不明だが、死を覚悟したトップエージェントが残したものだ。意味がないなぞあり得なった。


「様々な可能性を探らせています。今最も有力な判定は、最近西で売り出し中の魔導士ユーリ・エストラントが当日その場所にいたこと、北の軍が天災級の竜巻により撤退させられ両軍の兵士が神を見たと言っていることから・・・」


「だからなんだ!いいから結論を言え!!」


ダンッ

老人の握りこぶしがテーブルを叩いた。

いつも笑顔で頼りがいのある達観者の仮面のかけらもない。

それだけの緊急事案であるということ。


「このユーリ・エストラントが、その天災を起こした神話級の魔法使いである、または実際に神であるというのが現在の判定ですっ!!」


そんなバカな、と怒号を浴びせられるか覚悟しながらもエージェントはビシリと敬礼した。

報告をしている自分自身がそんなことありえるかと思っているのだから。しかし可能性を排除しないのはエージェントの鉄則だ。


「暗号は!?」

「SS級ですっ!!!」


一瞬の静寂が訪れるとそれぞれの表情が凍り付いた。

誰もが信じられないような話だが、使われた暗号形態が裏付けをしている。


東の国では暗号パターンが無数にある。

単純に暗号を解読されないための使い分けに限らない。

その内容の重要性、緊急性、信ぴょう性、国に対する損害の大きさなどでパターンが分岐する。


「最重要かつ信じられぬレベルの重大事象、異常事態」


大男がボソリとSS級の意味を言葉にだした。


あり得ない、信じられないと思われるような異常事態。

全世界に散らばる数千のエージェントの間で日々飛び交う数万の暗号文の中で十年に一度も使われることがないレベルだ。

そしてそれを残したのは世界中で1、2を争っているトップエージェント。


「あり得るのか?」

「伝説や神話の世界ならばな。しかし近い事例の報告例はある。あれだ、あの・・・」


随分古い話だ、とコメカミを指でおさえ思い出そうとする老人の横で。

首をふりながら口を出すのはこの場を仕切る"顧問"だ。


「オーバー・スペック」


片目がねをかけた男が苦いものでも飲み込んだような渋い顔をした。


「それだ。状況的にトップエージェントがこれほど完璧に捕縛された例はない。つまりレベル75より圧倒的な闇魔法使いが相手だと考えるべきだ。そしてそんなもの人の領域を超えておるしか考えられん」


罠にはめられた以外はな、と言葉を続けるがそれを信じる者はいない。

エージェントはその存在すら気づかせずに忍び寄り罠に嵌める側。

気付かない存在を嵌める罠は準備できないのだから。


さらに裏付けているのが呪いをかけられている状況だ。

魔力を封じ自死や逃走を禁止しているのであれば闇魔術における洗脳の類だろう。しかしレベルが同格相手にきれいにきまる術ではない。精神回路を完全にのっとっていじくりまわそうとすれば、頭より先に本能が拒絶し全力で抗おうとする。


「これはもう相手がそういう存在だと想定して話し合う、しかないのだろうな」


誰もがだまりこくる。


確かな証拠なんて何もない。

しかし状況証拠は真っ黒だ。

そして東にはその状況を判断するだけの情報がある。


「このままというわけにもいかないのだろうな」

皇帝はゆっくりと口を開いた。

情報は不確定要素を排除しなければならないし、確定要素と断定すればそこれから対応を決める必要がある。


だが何ら手を打つにしても南へ派遣しているトップエージェントを呼び寄せるか、この4人の中から誰かが行くしか残っていない。それだけの使い手であれば何人の諜報員を差し向けても無駄に浪費するだけだ。

本当に人の枠を超えた存在が相手ならば、洗脳されて洗いざらい情報を奪取されるだろう。


「どう対処していくか決めねばなりますまい。ユーリ・エストラントは神か、神に近づこうとする神話級の魔法使い。さて我らは神と敵対するのか?それとも慈悲を請うのか?」


どちらにしても国を揺るがす大事となる。

やれやれと首をふることしかできない。


「我らの国家戦略の土台は生き残りだ。闇魔法への自負やプライドで敵わぬ相手と敵対するのは得策ではない。スティがあっさりと捕縛されるなら我らの潜入術も暗殺術も敵わぬ可能性が高い。ワレラ帝国が特化させた武器が当てにならぬ相手なら」


上様と呼ばれた男が殷々と方向を示す。

「どうあっても敵意があると思われるわけにはいかない」


国の進む方向を示すのは皇帝の役目。

そして進ための道をつくるのが4賢人の役目。


「できればこちらに引き込みたいところだが。まずは接触して相手を確かめる他あるまい?」


「西の王国はすでに彼を囲い込んでおると考えるべきだ。北の軍勢との衝突を止めた際も魔導士団として王宮から派遣されておったとか」


「あれは婚約者を守るために随行したという話もあるぞ?随分と仲がよいらしいし、作戦が終了したら二人で手をつないで帰っていったという子供のような話もある」


「その婚約者がキャサリン・ベッシリーニ嬢、魔導士団の研究所長を任されている才女です。根っからの研究者気質、魔法から魔導自然科学までの分野では王国でもトップクラス。魔法学院の教授も兼ねている天才ですな」


あらゆる情報が即座に出てくるのは東の帝国ならではだ。

確かな情報に裏付けされる分互いの意見がポンポンと行きかう。

必要な基礎情報は4賢人全ての頭に叩き込まれており、必要な追加情報は逐一闇魔導における情報伝達で情報統括局から情報が配られている。


「自然科学といえばアカデミーの方に南から申請がきておったろう?あのデベソの国境沿いのところの調査について」


「深淵の森の調査ですな。ちょうど国境沿いですから三国がお互い手出しできない領域になっている。特異な場所ですから研究者たちには放っておけないのでしょう。あそこは研究者たちが口をそろえて調査を要望してくる場所。世の真理に到達する場所であり世の理を確かめるの研究者として派遣して欲しいと」


「うむ、タイミングが合うのはまだ神が我らを見捨てていない証拠であろう。本来は南との共同研究となる予定であったが西も混ぜてはどうだろう?西の国境も深淵の森の端にかかっておったはずだから名目は付けられる。知ってしまえば西は飛びついてくるしかない、未知の領域で東と南が新しい研究の成果を出すかもしれむのだからな」


「将を射んとする者はまず馬を射よ、ですな?研究者の誰もがノドから手が出るほどの機会に、根っから研究者気質の第一人者が来ないなぞありますまい。やつらも我らを警戒しておるようですし当然ユーリ・エストラントもくるでしょう」


「ならばワシがその調査とやらの代表となろう。これでもワシは研究者であるしな」


最初に遅れてきた大男がガタリと音を立てて立ち上がる。

神経質そうな男をチラリとみやったのは、苦言への詫びもあるのかないのか。


「かまいませんよ。ターゲットと接触すれば説得もありえるでしょうし戦闘もありえる。冒険者、傭兵、軍と渡り歩いてきたあなたが適任です」


うなずく大男の頭はすでに真っ白であり、それでも日焼けした筋肉と精悍な表情が若者以上にエネルギーを発散している。

ここにいる全員にも共通しているが、特にこの大男は魔力も筋量も飛びぬけており、精悍な表情はしかし笑うと白い歯がこぼれ人懐っこさを感じさせた。


「まずは西にうまそうな餌をつけて竿をふってくれ。そういうのはお前に頼むのが確実」


「はいはい、裏方は得意ですよ。陛下もこの方向でよろしいですか?」


「うむよきに。どうせならば深淵の森の調査もしっかりと成果を出すがよいぞ?西の王国とも表向き協調路線をとっておくのは国際情勢でも使えるしの」


ハオッ!」


終了の合図でそのまま東の帝国の次の作戦「ユーリ・エストラント接触作戦」は開始されたのである。




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