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第141話 行く道

久しぶりに来たけどここは平和だよな。


魔法学院の中庭をぽっくりぽっくり歩く。


日光が噴水で吹きあがる水滴に反射して小さな虹を作ってる。

きれいだなあ。なにかいいことあるかな。


芝生に腰を下ろしてキャップを顔に被って日差しを遮る。

こんな気持ちのいい日はお庭で昼寝だ。


学生の皆さんは授業中。

お庭の周りは静かなもの。

いやいや自分で忘れちまいそうだけど俺も学生だけどね。


この敷地内はキルリスの結界で守られている。

それでいて俺の結界も重ねてはってあるから、何があってもすぐわかる。

芝生の上、低木の陰になるとこで陽射しをよけながら寝転がって青空を見上げてみた。


第二王子関係は油断ならないし頭はゴチャゴチャ。

落ち着いて考えたりノンビリするヒマないのよ。


大人ってこんな感じ?

こんな気持ちのいい午後なのに。考えなきゃならないことが頭の中を右に左に飛び交って止まない。

いいからダマレ頭の中。


第二王子はどう考えればいいんだ?

第一王子のヤツはどうしようもない。

シャルロットを狙った裏の親玉だし。示しを付けて引きずりおろしてやる。

なら第二王子は?

計算高いしコッチを利用しようとしてるけど、国のトップなんてそんなもんだろうし。

シャルロットと違うタイプだけど王族として王道を歩んでいる気もする。王になるために。


なんでそんな王様になりたいかね?

普通にメシ食えて好きな相手がいて必死こいて働いてたまにノンビリできればいいじゃねえか。

王様なんて大変なだけだと思うけど。

権力か?じゃあ権力って何なんだよ。

いろんなことを決めることができる力、うーん。

あれば便利かもしれないけどやっかいが何倍も付いてくる感じ。


ノンビリしながらそんなことを取り留めもなく考えてる俺だけど。

ポカポカの陽射しを浴びて芝生でゴロゴロしていれば睡魔はしっかりと訪れてくれる。


ウトウトと気持ちよい時間を過ごしてたのに。



「うるせえな命令してんじゃねえよっ!」


「そんなこと言ってねーだろうが、ふざけんなよ!!」


「親父も言ってたしな、おまえの家と心中するなんてまっぴらだってよ!!」



うるさい。


いいからモメるな。


やっと頭の中が静かになってウトってした俺の幸せ時間の邪魔。

あと親がどうとか言うな俺の嫌いな言葉だソレ。

自分の立場と言葉でしゃべれ。


何人かの集団が揉めているようだけど俺のことは気づかれていないらしい。

キャップを顔にかぶせて寝転がってる学生、顔みられなきゃこんなもんだわ。

もちろん魔力は微塵に感じさせないようコントロールしている。

俺は全スルーされてるから、うるさいってのを除けばOKOK。


ガキ同士のゴタゴタなんて今更かまってらんねーよ。

思いながらキャップの隙間から見ていると、囲まれて攻められてるのは以前にお灸をすえてやったガキ大将だった。

ブル侯爵のとこの跡取り息子。


ブル侯爵はハイラント公爵の派閥のトップで、ハイラント公爵は第一王子推し、なんとなく東と繋がっている。

つまり最近王宮が進めている東狩りで矢面に立たされてるヤツラだ。王命で軍に呼び出し喰らって何人かはパクられてるって聞いた。盛者必衰だ。

俺のせいじゃねーから恨んでくれるなよ?


ガキ大将の名前はハルバ。

揉めてる話を聞いてりゃわかる。これまでの子分に縁切られたっぽい。

しょうがねえよブル侯爵のところはもうドロ船だからどうせ沈むしなあ。



「くそうっあいつら!手のひら返しやがって!!!」


子分たちから絶縁状を叩きつけられて。一人残ったハルバはうつむいて怒りで震えていた。


「なんだってんだ!勝手に近づいてきて文句言いながら勝手に出ていっちまう!おまえらみたいなクズでも面倒みてやった恩を忘れやがって!」


ハルバは幼いころからブル侯爵家の跡取りとして、誰からも認められる男になろうと必死になってやってきた。

力があり影響力がある侯爵家。


ブル侯爵のイケイケの押し込みが功を成して、王国有数の貴族であるハイラント公爵派閥の中で最も認められる家柄。

将来第一王子がこの国の王となればそれを後押ししてきたハイラント派閥の天下になる。

もちろんその侯爵を一番に支え続けたブル侯爵家にも栄華の時代が訪れる。


そんなハズだった。


さっきほどの取り巻きはそんなブル侯爵にすり寄ってきていた貴族の子供たち。

ブル侯爵の躍進を見て彼にすり寄ってきた下級貴族の子弟。


父親のやっていることはきれいことばかりではない。黒いことも闇に葬ることもさんざん見てきた。言うことをきかない相手は力づくで叩き潰す姿もみてきた。

学んだのは力がなければ何もできないということ。

力は権力であったり、暴力であったり、金であったり、派閥の集団の力だ。

お互いを利用して出し抜き続ける世界で昇り詰める。


幼い頃から鍛錬をかかさず戦闘力を身に付け学問も必死に学んだ。そのおかげで魔法学院にも上位入学できたし十人程度の生徒たちと派閥を組んで面倒をみてきた。

人より大きく筋肉質な体に目つきが鋭い悪人ツラ。どちらも小物を無理やり押さえつけるのには役にたった。


そんな彼の周りはわずかの間に随分と変わってしまう。


入学当初に同学年の首席からケチョンケチョンにボコられたこと。

ブル侯爵家の番頭役ともいえる秘書が突然死したこと。

東の帝国の関与が疑われ父や番頭の仕事はさんざん調査されたこと。書類は全て軍に没収された。

利権が剥奪され金回りも悪くなる。

仕事の切れ目金の切れ目が縁の切れ目。

様々な陳情や紹介の依頼、おいしい話を求めて侯爵家に列を作っていた訪問者はパタンといなくなった。

売国奴としてレッテルを張られると誰も近付いて来なくなった。


派閥の長であるハイラント公爵家もすっかり表立った活動が見られない。

邸宅であったボヤ騒ぎのあとからすっかり隠居状態となっている。

派閥の長と派閥の中心だった大貴族の没落。

事実上は派閥が潰れてしまったのと同じで第一王子擁護派は解体が進みつつあった。



一人大きな体でうつむき歯を食いしばるハルバ。

どうしてこうなった。

悔し涙が地面に落ちるのもきずかずに拳を握りしめる。

自分ではわからない流れにのまれて沈んでいく。

ブル侯爵家を不幸へと引きずり込む死神の手が見える。

どうすればよいのかわからない。なすスベがない。



あ~あ、俺は知らねーぞ。


ユーリは顔にかぶせたキャップを少しだけ上げて様子を見ていたのだが、なんでもないことのようにキャップを下げて昼寝へと戻ろうとした。

目の前で今にも叫びだしそうな子供。とても幸せなお昼寝タイムに戻れそうも無かったけれど下手に動くのも気まずい。


やり過ごすハズだったのだけど。


ユーリがキャップを直そうとしたその動きに、ハルバはたまたま目線がいってしまう。

彼はそこに人がいるなんて思っていなかった。一瞬固まった動きで慌ててそっぽを向いた。

ユーリもあきらめてガバリと置きだすとハルバとは逆方向に歩き出そうとする。

それで互いにスレ違えるはずだったのに。


「見てたのか?おまえユーリだろ?」


悲痛な表情のまま、それでも自分の中の怒りを抑えているハルバに少しだけ感心した。

こんな様を見られたならば、飛びかかって来るしかないワンパク坊主だと思っていたからだ。

自分の感情を抑えることを知ってるんだ、というのがユーリの思った感想だった。


「ああ。途中からだから細かいことはわかんねーけど」


でもだいたいはわかるよな。


「どうせ俺のことはバカなヤツだと思ってんだろう」


両足をふんばって瞳に悔し涙をためているこいつに、振り向きざまってわけにもいかないな。俺はハルバに正面から向き合う。


「そうだな」


でかい体をビクリと震わせて口惜し気に下をむく。


イヤミと取られてもしょうがないけど。

たとえ暴力をかさにした気にいらない相手だったとしても、そんなのは小さな小さな過去のことだ。今はそう思える。

だから必死に聞かれたらマジメに答えるだけだ。

もともと仲が悪いのだから誤解されてもかまわないという気楽さもあった。


「よかったよな、あんなヤツラと縁が切れてせいせいしたろう?落ち込む理由がわかんねえ。だからおまえはバカなヤツだ」


「!ッ」


ハルバは一瞬ビックリした顔で固まって。俺の方を見つめた。


風が吹いて俺達の服も低木の葉っぱも揺らしていく。


俺もこいつの目線を受け止める。

乗りかかった船だ。


今までどうやって生きてきたか知らん。

必死にやってきたのだったらコレはしょうがないことだ。

適当にやって甘い汁が吸えなくなったならそれは自業自得。


随分経って。


やっとこハルバが目線をそらしたかと思ったら、ボソリとつぶやいた。


「ガイゼル総司令に勝ったのか?」


しょうがねえ。

必死なヤツに嘘つくほどスレちゃいない。


「ああそうだ」


「俺も強くなりてえよ」


「自分で鍛えるしかないな」


「毎日何時間も筋トレして走りこんで剣術と魔導も体に叩き込んだ。俺はそれだけやってやっとクラスのガキ大将なんだ。おまえみたいにワンパンで大人だろうと簡単に相手をぶっとばせるわけじゃない。講師たちは親父を見限って来なくなって今は自主練だ」


そうなのか、大変だな、としか思わない。

言わないけど。


「これ以上何したらいいんだ?」


俺は教えてやらなきゃならないギリもない。でも。


イヤなヤツだと思ってもそれくらいはやる。

どうしたらいいかわからない。誰にも聞く先がない。前世の俺だ。

生き方がわからない、どうしていいかわからない、だけど必死にもがこうとしてる。

こいつの家は腐っても侯爵家だ。今のところメシ食うレベルでは困んねえだろうけど。


俺は首元から冒険者証のプレートを掴んで見せてやった。

S級だ。

キラリと光るプレートにハルバはくぎ付けになる。王国にも数名しかいない圧倒的な強者の証明。

こういうの自慢っぽくてハズかしいけど、実際の俺からしたら意味も使い道もないのだからこういう時に役にたってもらう。

傍観者はほっとく。だけど舞台に立とうと必死になってるヤツをちょっとだけ羨ましがらせるっつーか、目標みたいなものになるなら金属のカケラでも意味がある。


「俺とお前の一番の違いは命のやりとりをしているか、そうじゃないかだろ?死んだらすべてが終わる、死ななきゃ明日がくる。明日死ぬかもしれないのにくだらないヤツラと貴族ごっこの気が知れん。だからバカだと言ったんだ、あんなクズたちと縁が切れてよかったなオマエ」


「俺が今までやってきたのは間違ってたのか?侯爵家の跡取りとして必死になってきたのはおかしかったのかよ?」


「そんなこと知らん決めるのはお前だろ?でも強くなりたいならそんな時間なんてないはずだぞ。どんだけ鍛錬したとか周りと比べてるならガキのまんまだ。今日生き延びるために必死に戦って、明日生き延びるために必死に鍛錬するだけだ。何キロ走り込んだって明日死んだら無意味だろ?」


まるでどこかの御使い様のような見放し方なのか?これ。

でもコレしか言えない。


空を飛べる魔法を使えるようになりたいなら具体的な修行を教えてやれる。ガイゼルのようになりたいなら王国軍の入団試験を紹介できる。

でも生き方は自分で決めないと始まらない。


やっぱり俺はどこかの御使い様風になってきちまったのかな。


「ガキのままで強くなれるわけねえと思うぞ?それじゃあな」


結局おまえ次第。


貴族じゃなくたってよくない?と思うけどそこはソレゾレ。家名に傷をつけないよう頑張るヤツを否定する気はない。勝手にしろって話だ。


こいつとは数年のちに冒険者ギルドでちょくちょく顔を合わせて共同討伐を引き受けたりする仲になる。


今はまだ別の話だ。



単独エピソード挟みまして

いよいよ次話から新しいパートです


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