第136話 訪問
いつもは王宮の中央から東側へ入っていくことが多い。
王宮の東から外へと抜けた広い空間がそのまま王国軍の駐屯所と魔法師団の詰所へとつながるからだ。
必然的に王宮の中でも東側は軍部関連の役割を担う部署も多いし、外交、外商関連、そして経済関連の部署もある。
どちらかといえば、国王直属で現場に向けた部署が多い。
それに対して西側は、第一王子や第二王子が直接みている部署、貴族関連の部署、あとは国政そのものである議会もある。
これまで俺は西棟に行ったことがない。
立場的に学生が入れる場所なんかじゃないし入りたくもない。欲にまみれた貴族たちのたまり場だ。
俺には縁のない場所のはず、だった。
「今どこよ?ぜんぜんわかんねーんだけど」
「それは頭の中で考えろ。この西棟は俺達がよくいる東錬と対になっているから想像しろ」
別にやさしいパパじゃないけど。
今日は随分とつっけんどんだ。
油断せずに気をはっている。
「アンタならここも詳しいんじゃねーのか?」
「俺だってほとんど来ねないぞこんなところ。いいからダマってろ、迂闊な言葉を聞かれれば簡単に捕縛されるぞ」
「そうなったらそうなったで何とかするからいいよ」
「バカやろう、だからサルだなんだと言われるんだ。お前が何とかしたら王宮と戦争になっちまうだろうが」
いつもの軍事務所なんかとは違って小声でボソボソとしゃべりあう。
俺達はなんだか浮いてる。
別にジロジロ見られてるとかじゃねーけど、何とはなくヨソヨソしいというかハジかれてるというか。
前世で俺がいた教室と似てる。あれよりはマシか。
「本当にやばくなったらあんたを人質にとって逃げるかな。その方があんたも都合がいいだろう?」
「今日そんな予定はないっ!」
何度か階段をあがる。何とかはやっぱり上を好むんだなあ。
俺やジョバンのように闇魔法を操るかキルリスのように風魔法が使るならわかるけど。俺達以外はこんな上階では逃げ場がないだろうに。なんか裏の手でもあるのか?
「何者だ」
階段からエントランスに出るところで近衛兵たちに呼び止められた。
3階より上にあがる訪問者は検閲されるらしい。
いつも来ている貴族たちならまだしも、俺じゃあしょうがないかな普段見たことない顔だろうし・・・と思ってたら、大貴族たちも隣で確認されていた。
「魔法師団長のキルリス・ベッシリーニと王国軍の臨時教官をしているユーリ・エストラントだ。王命によりジョルジュ第二王子の元へ伺うことになっている」
ジョルジュ王子は正式な依頼書で王の許可を取りつけた。王命だから逃げられないヤツだが、逆にいえば王様はこの状況を知っていることになる。裏から手をまわすのはあきらめたようだ。
「通達は届いている。通れ」
さらに階段をのぼると9階のエントランスで衛兵と同じやりとり。その後は近衛兵が俺達を案内してくれて第二王子の執務室へとたどり着いた。
「ここって最上階になるのか?」
「最上階は第一王子の執務フロアだ。このフロアは第二王子専用のフロアだからここにいる全員が第二王子直轄の部下だ」
近衛兵が俺達が来た旨を伝えてくれて、王子の声が聞こえてそのまま部屋の中に通された。
広い部屋には奥に大きな執務机、その横にはいくつもの書棚、手前には打ち合わせ用のソファのセットが鎮座。
もっとベタベタと成金感をだしてるか、威圧感ガッツリかけてくる部屋なんだと思ったけど機能性重視の普通の部屋だ。高級感はあるけど前面で主張してない。
頭がよく無駄がなく。
第一王子の貴族たちがやってるように無駄に飾ったりしない。
王子の執務室というより戦場の作戦指令室だ。
力を誇示することを無駄だと考えた合理主義者か、そんな必要なんて感じない自信家か。両方だろうけど。
これまでのやり方にとらわれない、自分のやりたいことを最も効率よく果たすための部屋。
東のヤツラの狙いが少しわかった気がする。
コイツより第一王子の方が絶対に扱いやすい。
部屋に入ると王子だけ。他に誰もいない。
探知しても人は隠れていないし、かといって王子を守るための何かの魔道具が埋め込まれてもいない。
つまりこの部屋の中で王子を守るものは何もない。
部屋の奥にも扉があって先の部屋に人の気配はある。
王族を守る近衛兵が隣室に控えるのは当たり前だ。
でもこの部屋に王子を守る存在がないのはおかしい。
第二王子がいかに手練れであってもこちらは王国屈指の魔法使いが2人だ。俺たちが襲撃者なら逃げられるヤツなんていない。
キルリスは即座に臣下の礼をとったから俺も真似する。とにかく礼儀的なヤツはキルリスを完コピする。これは二人での約束ごとだ。
えーー?って思ったけどキャサリンに『ボクからもお願いだから』と両手を包まれたからやる。
一切の誤差なくシンクロさせてキルリスの動作を完全トレースしてやった。
「ほう、礼儀作法が少しは身に付いたようだな。キルリス殿に感謝するがよいぞ」
「殿下にはご機嫌うるわしゅう。王命により参上しました」
「面倒をかけた。座るが良い」
執事が茶を置いて出ていくと案内してくれていた近衛兵も一緒に出ていった。
これで完全に殿下と俺達だけ。
俺たちを信用しているわけでもないだろうに。
なにせ俺は殿下の部下をキュッとやっちまったんだからな。
さて何を企んでいる?
「ワラワが一人なのが不思議か?ここには3人しかおらんしくだらん仕掛けもないぞ?」
応とも否とも答えられない。気になるけど口出すとまたサル扱いされそうだ。
「近衛兵でこの部屋中を満たしても無駄であろう?ワラワは無駄なことはせぬ主義だ。お主らを押さえつけられるものはおらんしどんな魔道具でもどのみち無効化さするのだろう?ならばワレ一人で遇した方がお主らも話しやすいであろう。ワレは事実を知りたいしお主らの話を聞きたいだけよ」
「・・・・」
いい度胸してんな。
コイツの場合は全てが計算だって思って間違いない。
肝が据わって度胸もある。そして自分の命だろうとコイツ自身の計画のために利用して行動する。
だが言ってることは理屈が通ってるけど、じゃあ証人がいないかといえばどうだろう?横の部屋に人がいるし、いざという時のために隣室に音が通る手段はあるだろう。
「それだけでは足りぬか?では音避けの結界でも張るがよい。お主らの結界を破れる魔導士はおるまい?」
国王様が知っているのと同じレベルでこちらを調査済か。
なら国王やシャルロットも知らないことはどこまで知ってる?
「それではそういたしましょう」
<音遮断>
俺の中では張った瞬間にシュンッと音がしたんだけど殿下に違いはわからないだろう。
王族ながら20歳で推定魔法レベル25前後。魔導士としてなら一人前でも上位の部類。
そのまま魔導の道に進めば一級魔導士になれる可能性も高い。
「ワレには魔力の動きが感じられぬし違いもわからんが」
王子は立ち上がると奥の扉のそばにある大きな花瓶を抱えあげてーーーそのまま手を離した。
ガシャンッ
大きな音がして高そうな花瓶が粉々にくだけた、でもそれだけだ。
物音を聞きつけて近衛兵の集団がなだれ込んでくるなんてことはない。
何もなかったかのよう。部屋の外から反応はない。
「これでもまわりに気取られぬか。自分がいかに生半可な知識でモノを知った気になっていたのかを自覚させられるの」
皮肉な笑いが俺を覗き見る。
知らねえよあんたの感想なんか。だまって頭を下げておく。
キルリスが何も言わないならタイミングじゃないってことだ。
「さてぼちぼち聞かせてもらおう。タペストリー領の国境線で何が起こった?」
「はっ。それでは報告させていただきます」
キルリスが俺より前に出て説明を始めた。
「北の王国の兵士2万がタペストリー領を強襲。当初は領軍のみで防戦一方でしたが天災ともいえる現象が起こり北の兵は一度直近の街まで後退いたしました。そのすきに王国の増援がタペストリー領へと入り、現在はにらみ合いが続いています」
「ワレの聞いておる概要でもその通り。しかしその天災ともいえる現象とはどんな現象じゃ?」
「暗雲が立ち込め稲光が幾重にも走り最終的には巨大な竜巻が発生しました。竜巻は撤退する北の兵士たちを追尾する方向をとったため、敵の戦線は大きく後退したのです」
「興味深い話じゃの。それではまるで神がその場に現れて北の行く手を阻み追い返したようではないか?」
「あるいはそうかもしれません。兵士たちの間でも神の所業であったと申す者もおります。王国を守護する武神の恩寵であるとか」
「それが事実であるならば王国は永遠に安泰であるな。これからも神の御手に救われるじゃろ。そうは思わぬかユーリよ?」
ここで俺にフリか、しかも気安くユーリ?
サルから格上げか?
「私には判断できません」
「ならば神の寵愛も今回限りかの?なぜ都合よく神が御力を貸してたもうたものかおぬしはどう思うか?」
「私はただの手伝いで参上しただけです。ワタシごときが神のご意志を量れるハズもありません」
余分なことを勘ぐられないためには言葉短く簡潔に。
「そうかそうか。ところでユーリよお主のことを聞かせてもらえるかの?」
なんなんだよ。
「私でお答えできることであれば」
「ふむ。お主はガイゼルやキルリスと互角以上の戦いをするらしいな?ワレも御前試合を見ておったが大した腕前であったな」
「いえ。それはお二人がまだ幼い私に手心を加えていただいた上でのお話です。本気のお二人には遠く及びません」
顔にだすなよキルリス?
こいつがココで噴き出したら、それならそれでもういいけど。
王子にスタンプ押して窓をぶち破ってバックレかなあ。
さすがに大人のキルリスは平気な顔だけど。
「そうかそうか。ではお主の魔法で今回の戦線でおこったものと同じ現象を起こすことはできるかの?」
だからこういうヤツって嫌いなんだよな。
ぐいぐい詰めてきて、結局ごまかせねーとこまで突き詰めてきやがる。
「小規模のものならできるかもしれませんが、同じものはとてもできる気がしません。なにせわたしはまだ若輩者の学生でございます」
「ん?若いことや学生であることが関係するのか?」
「魔法は心身の成長にともなう魔力の向上と魔法学習の鍛錬によってレベルが向上しますので。まだまだ未熟者の私では遠く及ばない世界でございます」
半分本当で半分は嘘。一般論としては正しいんだから。
でもそんなことは自分で魔法の修行をしたからわかってるだろうに。
「それにしては随分と高レベルの魔法を使っておるの?模擬戦しかり無音の魔法しかり。我もそれなり魔法を納めたものであるがまったく気付けぬとはな。そんな魔法を使うお主のレベルとは果たしてどれほどのものであろうな?」
すべてが敵の手の内か。
ちゃんと伏線はってあるのな。
話に入る前からきちんと罠がはってある。
無音の魔法をはらせたところからだ。




