第133話 藪から蛇
魔法師団の詰所。
「よう」
キルリスの部屋。師団長室に顔を出すとイヤな顔をされた。
「あいかわらずしけた顔してんな?」
声をかけるとキルリスの目が半眼になる。
なんだよ不機嫌なツラしやがって。
俺以外にはそんな顔しないくせに。
「どうせ面倒なことでもあったんだろう?」
しぶしぶ口を開いた第一声は、まあアンタが正しいんだけどさ。
「さすがだぜパパ。宮廷内でやっかいなヤツラに囲まれたからボコってきたけど。行く?」
どうだ?
可愛く首をかしげてみたぞ?
マーサさんならイチコロだ。
「行くしかないんだろう?たまに師団に顔だせば仕事が山積み、観念して書類仕事していたらお前が面倒事をもってくる。どうやら今夜は徹夜が確定だ」
疲れた顔でタメいき。
しょうがないだろあんたお偉いさんなんだからよ。
「いいじゃねえか。行こうぜホラ」
「憶えてろよ。年寄りに無理させたことを後悔させてやるからな」
「うまい酒でも奢るから勘弁してくれよ。俺だって巻き込まれたんだってば」
別にわざと迷惑かけようとしてるんじゃないけど。
今回は相手側が勝手に寄ってきたんだぜ?
そんな説明をしながらキルリスについて王宮内に入っていく。
スタンプでつながった魔力を確認すると、気は付いた様子だけど逃げる気配はない。
魔力探知するとあの部屋の気配が増えてる。
人数増やして待ち伏せて?戻ってくる俺と一戦やろうっていうことか?
無理あるんじゃねえかなあ。
「敵さん増えてるんだけど。相手は王宮内の人間だからあんた戦闘できないよな?」
「相手のシロクロがはっきりするまではな。だがここまで来ておまえに全てまかすわけにはいかないだろう?」
「じゃあ俺の後ろについていてくれ。いきなり攻撃を受けても自動で防御するように術式組んであるから」
あきれ顔で首をふられちまった。
イヤイヤ?世の中すごいヤツラだっているかもなんだぞ?
「つくづく人外への道を突っ走ってるな。わかったわかった」
暗がりの部屋をガチャリと開ける。
開けた部屋では隠れるでもなく数人が俺の前に立ちふさがっている。
打っ倒した3人を大人しく渡してくれる気はないらしい。
「ユーリ・エストラントだな?」
飾りのついた高級そうな服に身を包んだ若い青年が俺に声をかけてきた。
またかよ?と思ったけどすぐに引っ込んだ。
自分が失敗したことに気が付いちまった。
せめて俺一人でくればよかった。
王族のみが許される純白の将校服。
いくつもの勲章が胸に縫い付けられているのは戦場で活躍してきた証。
相手はそれだけで己を明かしている。
魔力量、武力、戦闘術。どれも高レベルが高くハイスペック。
戦略や策謀系のスキルを持っているから戦闘力だけでなく参謀や交渉、それに悪だくみをする頭もあるってこと。
この状況で敵として一番会いたくない相手だ。
王族、王位継承権保持者。
自分から名乗らずに相手を確認できる地位にいる男。
「貴様はワレの部下を襲ったそうだな?」
襲った?
そういう風に上には報告するもんか?
暗闇に連れ込もうとしたら反撃されちゃいました、とは言わないよな。
俺が認めるわけないけど。
「おっしゃっている意味がわかりませんね。あなたの部下かどうかは知りませんが私を威圧した不審者を制圧しましたよ。王宮内の不審者を連行します」
会釈してさっきのヤツラを回収しようと一歩前に出ると、黒服たちが立ちふさがるようにズイッと前に出た。
「おや?彼らは殿下の護衛かと思っていましたが不審者の仲間でしたか?」
「随分だな?このサルは自分を弁えることをしらないようだ。が・・・貴様を暴行と不敬の罪で捕縛してやろうか。なあキルリスよ?」
俺のことなんてサッサと見切ってキルリスに声をかける。
ニヤリとしたイヤな笑い顔だ。
うまくやらないとマズイかな。
こんなヤツラが千人いようが万人いようが俺には関係ねーけど。キルリスがこの場にいることがよくない。この王宮内でほんの数人しかいないキルリスより高位の相手。無理を押してこれる相手だ。
キルリスは殿下へと臣下の礼をすると、少し考えるようにアゴに手を置いた。
「今回はこのユーリ・エストラントからの通報で不審者を捕縛するために参っております。3名の身柄を私へとお預けくださいませんか?」
「この者たちはワレの部下だ。不審者ではないのだから引き渡す理由にはならないな」
「最近は東の潜入活動が活発になっております。怪しきはいったん取り調べを行うことで王命をいただいております」
コイツが王子だろうと王位継承権だろうと。今のトップは王様だ。
普通なら王命って言葉で決まりになる。
でもこのタイプはそう簡単じゃない。
「ふむ。しかし怪しくないものを取り調べる理由はあるまい?ワレが身許を保証するといっておるのだ。それともお主はワレを疑うと申すか?」
これはあれだ。
前の世界のパワハラってやつだろう。
キルリスは渡り合ってくれてるが絶対的な立場が違いすぎる。
敬う側と敬われる側だ、ゴリ押しされると引くしかない。
だけど押し切られたらこの後が面倒になりそうだ。第二王子の部下を俺がぶっとばしたのだからナンクセつけてくるぞ。
「では彼らに質問をしてよろしいですか?」
「ふむ。何をじゃ?」
「なぜこのような人目のつかない密室にユーリ・エストラントを誘導したのか?目的を確認させていただきたい。まだうら若い学生を暗闇に連れ込み囲む者達なら不審者と捉えられても仕方ないと存じますが」
相手のおかしな挙動をあからさまにする。
早く明らかにしないとウヤムヤにされる。
「なるほどお主の考えはわかった。しかし部下たちはこのサルに手を出してはおらんのだぞ?」
ジョルジュ王子の顔が楽しそうにゆがむ。ニヤリとした笑いが貼りついた。
「多人数に囲まれたなら先制せねば歯向かう手立てがなくなります。身の安全を確保するためにやむなしと思われます」
「つまり模範試合とはいえガイゼルに打ち勝つ者がこの3人程度にひけをとる。そのようにお主は考えておるのか?」
使えるネタは吟味済みということだ。
あーいえばいーいいやがる。
そして話の本質をねじまげていく。
「あるいは。東のエージェントたちは優秀ですから警戒するのが当然かと」
キルリスが王族相手にねばってくれている。
わりい、と思う。
下手に言い負かされると俺がこいつらに暴行をふるったことにもなりかねないから、キルリスも引けなくなってる。それがわかるから余計に申し訳ない。
俺が言ったことは正しくても証明しようがない。そしてお互い逆のことを言えば水掛け論にしかならない。相手はそれがわかって水掛け論に持ち込むわけだ、そうなれば相手の方が立場は上なのだから結局優位に立てる。
この状況になっちまうと、うまく交渉しながら落としどころを探る必要がある。
王子側はこちらの弱みをにぎりたい、少なくとも貸しは作りたいはずだ。そうでなければ部下が俺に接触してきた意味がない。目的はわかんねえけどこいつの目的は俺だ。
俺がシャルロットと話をしてるのをわかっていて接近しているのだから。
「ふんっ。ではお主はワレに部下を負傷させられた煮え湯を一方的に飲めと申すのか?」
「そうは申しておりません。殿下がこのような指示されるはずもありませんから部下殿の過失でございましょう。今回の件は殿下のお手を煩わせるようなものではございません」
「だがワレも可愛い部下から話を聞いておるのでな。聞いてしまった以上どうにもせぬわけにはいかぬ。それにワレからすれば、コヤツラの行動の一因は我にもあるからな」
これ以上キルリスの立場を悪くするわけにはいかねえぞ、そう考えていたところで。
この王子のせいってどういうことだ?
「それはどういうことでしょうか」
思わず声が出ちまった。
「サルがどの口を挟む。ワレは今お主と話をしておらんぞ?だいたいワレはサル語を知らんから答えようがあるまい」
クククと黒づくめの連中から下衆の笑いがもれる。
「それは失礼しました」
もう黙ってる。
口出しして揚げ足とられちゃかなわん。
「ワレがうわさの英雄を見たいものだと口に出したのが発端になろう。聞いた者たちが気をきかせてサルに接触を図ったのであろうよ。相手がむやみにとびかかって来るサルとは知らず可哀そうなことをした。そんな王族への忠誠の臣がこれ以上傷つくのは我慢できぬからワレが足を運んだということだ」
くそったれめ。
なんだか相手に都合がいい話にすり替えられていく。
相手を立てるしかなくなってる。
「そうでありましたか。配下の者へのご温情羨ましい限りでございます」
「そういうてくれるか。ではこの場を如何におさめようかの?」
ヒネた笑いをする王子だ。
この交渉を掌で楽しんでやがる。
どうとでもできる話をどうころばせるか楽しそうにニヤついてやがる。
「そういうことでしたら我らはここらで引き揚げましょう。今日この部屋では何事もおこらず、ユーリは別件を済ませたのちにそのまま私のところへと顔を見せた。私と殿下もお会いしていない。それでいかがでしょうか?」
交渉は山場だ。
もういいからさっさとコイツらとは縁を切りたい。
あとは王様と話をすれば今後については何とかできる。
「それではひとつ足りぬな。ワレの言葉から傷つてしもうた部下への配慮が足らぬであろう?」
「それは・・・」
キルリスが初めて言いよどむ。
そんなの『おまえらの自業自得だろう』だ。
だけど王族が一歩引いてくれてる形だからコチラの主張だけを押し通すのはできない。気に入らないなら相手はなんとでも話をひっくり返せるのだから。
無理やり交渉の場に持ち込まれたけど相手の顔も立たせるのが交渉の基本だ。
「ならばこうしようではないか?まずこの場はお主のいう通りにするとしよう。大元を辿ればワレが先日タペストリー領を守った英雄の話が聞きたかっただけ。この件は魔法師団に依頼を出しておくからサルを連れてワレのところへ来るが良い。あの時に起こったことを聞かせてくれぬか?」
穏やかな笑顔だが目が笑ってない。
どうにも蛇みたいな陰険さが滲んでる気がする。
それでもこうまで王族が折れて理屈と手筈を提示されては断れない。
形だけでもお願いされたともいえる。
王族であれば国防にも他国関係にも敏感になるのは当たり前だ。王子が現場の関係者を呼んで情報の確認をすることは特別なことじゃない。
だけど。
俺としてはあの時の話をおおっぴらにしたくない。ウワサで消えて欲しい。
王族に報告を求められてしまうと、俺は適当にかわしてもキルリスは嘘をつくわけにいかない。
この王子は口八丁でごまかされるタイプじゃないし。
「わかりました。ご依頼がきましたら善処させていただきます」
「では良きにな?サルにはそれまでに礼儀を叩き込んでおくとよいぞ、お主の大切な娘のためにもな」
「!!」
去っていく王子のドタマに破壊光線をぶち込んでやるか?
考えたところでキルリスから肘うちされた。




