第13話 目覚め
目が覚めて窓の外をみるともうすっかり暗かった。
薄い意識がだんだんとハッキリしていく。
水の底から少しづつ少しづつ浮いてきて、もう少しで水面に顔を出せそう。そんな感覚。
ぼんやりとした意識の中でアイツに問いかける。
「さっきのアレは何だったんだ?」
激しい衝撃と気持ち悪さ、体に力が全く入らなくて。どうしようもなく気が遠くなった。
『初めてスキルを使用した反動と魔力切れです』
そんなの知らない。
何か言ってやりたいけど考えるのが面倒になってやめた。
「それで検査はどうだったんだろうな」
ボンヤリと。そういえば魔力の結果はどうなったんだろう、と考えた。
『体内に流れる魔力を確認していましたが問題はないでしょう』
「ならいい。もう少し寝る」
次に目が覚めたのは翌朝。
セバスのノックで目が覚めた。
「ユーリ様、旦那様が朝食をご一緒にと」
清々しい朝。
セバスの挨拶。
ここまではいつも通りだった。
セバスの一声を除けば。
旦那様?って父親か?
こんな風に父親に呼び出されたことは一度も記憶にない。
この国の宰相という立場の彼は忙しい。
屋敷の中で見かけることすら滅多にないことなのに。
そんな父親に朝から呼び出される?
話すことなんて俺の方には無い。
父がこんなにいきなり呼び出しがかけるということは、昨日の魔力検査の結果についての話に違いない。
「わかったよ。準備するから少しだけ待ってもらって」
「かしこまりました。15分ほどお時間をいただいておきます」
「ありがとう。それに昨日のことも世話になったね」
セバスが連れて帰ってくれなければどうなったことやら。
彼がいれば何とかなると信じているからできたことだ。
そんなセバスは何も言わずに優雅なお辞儀をして下がっていった。
こちらの世界で貴族の子供として生まれて気づいたことがある。
力を持って威張っているヤツ、そしてクズと弱者。
この二つしかいないように見えていた世の中には、違う人種がいる。
プロ?と言えばいいのか?セバスみたいなタイプ。
クズじゃないし弱者でもない。
金持ちとか権力者を勝者というのであればそれも違う。
セバスはプロフェッショナルに仕事をこなして自分の役割とお金を手にしている。
勝ちか負けかという世界なら勝ってる人だとは思う、宰相である貴族の銘家の執事長なんだから。けど勝っていることを享受していない。そういう世界にいない。
セバスを見ていると自分の考えの狭さに気付かせてくれる。
世の中には生きるか死ぬかの世界だけじゃない、と希望を持たせてくれる。
なぜ昔の俺にはそういうヤツが誰もいなかったんだ。そして今の俺にはいるんだろう。
やっぱり金か?
そんなことを考えながらもテキパキと身なりを整えていく。
準備できた頃合いを見計らうかのようにノックとセバスの声が聞こえた。
「旦那様がお待ちです」
「ありがとう、今いくよ」
遅れて食事の間に現れた俺に、この世界での父親はジロリと一瞥をくれただけだった。
「おはようございます父上。お待たせしましたことをお詫びします」
俺にとっては悪い人間じゃない。
暴力を振るわないし脅さない。
俺が生きて成長していくための場所と機会をくれている。
見た目が無骨だし冷たい感じがする。でもそれは俺にそれほど興味がなかっただけだ。いいことでも悪いことでもない。
「調子はどうだ?」
「おかげさまでもう大丈夫です。周りにも迷惑をかけたようで恐縮です」
俺の体調を気にして朝飯を一緒に食べるタイプでは絶対にない。
彼にとっての俺は自分に都合よく利用する価値があるかどうかそれだけだろう。
「ところで昨日の魔力検査の結果は知っているのか?」
いつも時間がない彼の口からは余分な言葉は出てこない。楽でいい。話は本題だけ。
体調を気にする言葉を口にしただけ、久しぶりに会話する息子に対してサービスしているのかもしれない。
「いえ、検査の後体調を崩してしまいましたので誰とも会話しておりません。先ほど目が覚めたばかりですので」
そう答えると父親は嬉しそうな笑顔を俺に向けた。
この世界で親子になって初めての俺に向けた笑顔だった。
「なんとおまえは2属性の魔力持ちだと判明した。魔力量も多いようだし、これなら王宮の魔導士団に入ることも夢ではない」
嬉しそうだ。
子供が自慢できるのがそんなに嬉しいもんか?
俺はそんな見栄とプライドなんかくそくらえと思う。
王宮魔導士団は魔法使いのエリート・コース。
国内から選りすぐり集められた魔法のエリートが魔法学院に集まる。
そんな学院の秀才たちがさらにフルイにかけられて選ばれる狭き門が魔導師団だ。
入団できれば軍部にも王族にも顔がきく特権階級になれる。
魔導士団で優秀なやつらの間にうまく紛れ込むのも悪くないと思う。
生き抜けるための選択肢が増えることになる。俺が望んだ方向に話が進みそうだ。
俺はわざとらしくハっとしたような、びっくりしたような顔を父親に向けた。
「それはとてもうれしいです、驚きました。これも父上と母上が・・・代々のエストラント侯爵家の血脈が与えてくれた祝福だと思います。感謝してもしきれません、ありがとうございます」
侯爵様の満面の笑顔がまぶしい。
褒められて悪い気がするヤツはいないのだから当たり前だ。
貴族絶対主義、血統至上主義のお父上様へ極上の感謝の言葉を捧げる。
「わかっているならよい、それでお前の今後についてだ」