第123話 キルリスの尋問
「さておまえ達の目的をきかせてもらおうか?」
ユーリと交代した後の取調室。
キルリスがテーブルに腕をつくと安物の作りのテーブルはギシリとキシむ。
目の前にはスティと名乗る東のエージェント。
「東は何を考えている?北と西の共倒れか?弱った方に侵攻する気か?」
「・・・・・」
エージェントはこの尋問官を憎悪の滾った目で睨む。答える気はないらしい。
「さっきまでの弁舌はどこにいった?都合のいいお願いだけ喋って都合が悪くなるとダンマリか?」
キルリスの冷めた目線を気にする様子はない。
「きさまら」
低く重い声。キルリスを刺すように語りはじめる。
「アレをどうするつもりだ?」
「アレ?とは先ほどお前が神だと拝んでいた彼のことかい?」
「アレはおまえら西がどうこうしていい存在じゃない」
スティは吐き捨てるように言い切った。
世の真理を勝手に私物化しようとしている王国に向けて。
「だから東が利用するのか?西を非難するのは結構だが考えが浅いな」
「違うっ!神聖なる存在は世を創り治め、そして沙汰を下す存在だ。人間の意志が介在すべきではない」
「東の価値観や宗教観を押し付けるのはやめてもらおう?それとも答えのでない宗教問答で時間をかせごうとしているのか?」
全く意に介さないキルリスにスティから歯ぎしりがもれた。
「もしあの少年が神に至る定めの子だとするなら。いずれわかるだろうよ?西の王国のエゴで泣くこととなった人民の祈りがいかにむなしく哀しく空に消えていくかを」
「詩人だな。さあもういいだろう?東のエージェントがどれほど黙秘できるのかは知らないが、それも含めていろいろと検証させてもらおうか」
それから数時間後。
何度目か意識を失ったスティを牢へと突っ込み、キルリスはタペストリー侯爵の私室を訪れた。
「そんな気分じゃないのだが。むしろこういう時こそ必要なのかもしれないな」
二人はソファに向かい合ってゆったりと腰を沈める。
窓を見るともう日の出前、うっすらと遠い山々の稜線が確認できる時間だ。
「先ほど連絡があったわ。最初の援軍1万は夜中にここから数キロ先まで来て野営を張ったそうよ。これで今すぐ大した軍勢が来ても防げるわね」
「さすがにガイゼルの勅命がきいてるな。おめでとう俺達はまた生き残った」
招かれたはずのキルリスが、勝手にキャビネットを開けワイングラスと高そうなワインのボトルを持ちだす。
「あらお目が高い。ブランソワン地方の30年ものよソレ?しょうがないわね」
チリンッ、とベルを鳴らすとすぐに執事が顔を出した。
「こんな時間にごめんなさいね。パンとチーズと軽くつまめるものをお願いできるかしら。そのまま持ってこれるものでいいわ、料理人を起こしたりしないでいいからね」
「英雄のお二人が大仕事の後に盃を交わすのですから。ひとり料理人を待機させておりますのでワインの御供となる軽い朝食をみ繕わせましょう」
スルリ、と扉をぬけていく。
言葉は丁寧で仕草も礼節も最上級の執事。その動きには日中のようなメリハリはなく隠密行動のように消えていく。
「固いのよね。あなたがいるから私に恰好をつけさせようとしてくれてるのでしょうけど」
コンコンと自分の頭を叩く侯爵の眼はやさしい。
困ったもんだと顔に出しながらも信頼しているのがよくわかる。
「彼は長いのかい?」
「執事歴はこの10年くらいだけど、その前はこの領の護衛団の団長で活躍してくれたわ。その前は冒険者だったかしら、私が引っこ抜いたのよ」
「どうりで動きに無駄がない。おまえのことを立てながら、他の使用人や騎士に気を使わせないように動いてる。腕も経つのだろうが気配りと段取りの達人なのだろうな」
「あらあら、そんなに褒めても何にも出ないわよ?それとも褒め殺して私の体を狙ってるのかしら?残念ね、私の貞操は亡き妻と娘とこの領地のものだから他所者にはあげられないわ?ふふふ」
キルリスは自分のこめかみがヒクリヒクリと動くのを感じながらも、何もいわなかった。
性別も種族も超える愛は存在しているが、大前提としてタペストリー侯爵は男であることを捨てたわけではない。
この不思議な言葉遣いは侯爵夫人が不慮の事故で無くなった後からのことだ。
「随分ときついジョークだな。安心しろ俺も妻と娘一筋だ」
「あらそうかしら?じゃあ、義理の息子はタペストリー領がいただいちゃおうかしら」
笑顔のジョーク。冗談をほのめかしながらも目が笑っていない。
「またその話か。もうそれはケリがついただろう?しかしあのエージェントは言いたい放題だったな」
「そうね。そういう意味で言ってもユーリちゃんがキャサリンちゃんと引っ付いたのはなるようになったのよ」
侯爵はユーリとキャサリンが一緒になることを否定してはいない。
さんざんキルリスに文句を言ったのはただくやしかっただけだ。
「そう思いたい。後はあの二人がどう生きるかどうなるかなんて俺にもわからん」
「わかるわけないでしょう?王国のためを思うならやはりウチの娘の方がいいと思うけど」
所詮は神の采配なのだ。
人はその手のひらで懸命に動くだけ。
神からの恵みを待ち望みながら。
「ユーリちゃんが入学するタイミングで魔法学院に才女が3人も学院集まるなんて、これも神の御導きかしら。神様はユーリちゃんに選ばせたのよ。でも私としてはあなた達が入学前からお手付きしてたなんて随分なハンデだと思うけど」
二人にしか聞こえない小さなノックの後、スルリと入ってきた執事は軽食をサーブしてまた静かに消えていく。
とくに乾杯の合図をすることもなくお互い軽くグラスを掲げて、二人は同時にワインを口に滑らせた。
「シャルロット王女にキャサリンちゃん、それに愛娘フローラ。うちの娘のことを言うのは照れちゃうけど、でも3人ともそれぞれの道で人の上に立つ人材よ。30年に一人の人材が3人も魔法学院にいるなんてただの偶然ではありえないわ」
「キャサリンは魔法師団長の娘で研究所長をやってるから王国や軍部よりの立ち位置に見えるけどな。彼女の本質は国も何にも関係ないただの研究者だからなあ。ユーリのためならば俺達夫婦もこの国もふたりに捨てられるぞ」
キルリスは頷きながら話をつないだ。
言いながらも、自分達夫婦だって元々は冒険者だし彼の偉大な父も同じ。
ユーリがキャサリンを選び歴史ある名門貴族の家を出て自分達と一緒にいること、それだって神様の采配でありユーリの希望なのだ。
「そこがシャルロットちゃんやうちのフローラと違うのよね。二人は芯のところでこの国の責任を担いじゃってるもの。私としてはフローラが好きな男と逃げて見せたら褒めてあげたけども」
タペストリー侯爵は笑う。
彼は自分の娘が本当にその道を選んだなら笑顔で送り出すのだろう。
そして二人が見えなくなったその瞬間から、タペストリー領の民のために死ぬまで策を練り続けるのだ。
「そうだな、これを言うとお前がまたいろいろと言い始めそうだが。父としてはあの娘がどうなれば幸せなのかはサッパリわからん」
「そんなの簡単よ?」
なにを当たり前のことを。
言いたいことはわかるけどね。
「誰であろうと愛する人と出会えたのだからそれが幸せなのよ?あなたもわかっているでしょう?」
それはそうだ、何を当たり前のことを。
キルリスは苦笑して首をふる。
「そうだな。こんな時間だ頭も余計なことを考える」
侯爵は明るくなった外に目を向けた。
「もうあの子たちは帰っちゃうのかしら?」
「そういう命令になっているからな。あいつらは役目を立派に果たした」
「そうね。だったら最後にタペストリー領のPRをしとかないといけないわね」




