第120話 ステイの願い
一緒に連行された部下から先に聴取されているようだ。
暗い牢獄の中に周囲に気配はない。
他の部下とは随分離れて拘置されてしまったようだ。
声は届かず魔力探知を試みても探知できない。
「ぐっ」
体の中で魔力を練ろうとしても拡散していく。
ニガく苦しい衝撃が頭に響く。
魔力を無効化する魔道具なんかではない。
俺の体の中に魔力がめぐらない。
これまでの悪行が神の怒りにふれたかな。
北の宮廷にさんざん裏に手をまわして準備した大軍は神の御業というべき大天災にみまわれ薙ぎ払われてしまう。
敵を確認にきた俺の隠密行動をたやすく見破ると振り返る間もなく意識を刈り取る所業。世界トップクラスのエージェントであるはずが、世の中には遥か高みにいるヤツがいる。
そうならないよう。いざというとき意識を手放さないよう訓練してきた。
そしてどんな拷問にも死ぬまでの時間をかせぐようにあらゆる苦痛耐性をつけてきた俺の意識が一瞬で刈り取られたのだ。
これでも俺はレベルで70超えているんだぞ?
俺をこんなにも圧倒的に制圧するにはレベル99だろうと不可能だ。
レベル90台の4賢人の老人たちでもできはしない。
アイツはレベル200?300?わからない。
そんな存在は遭遇したことがないのだからレベルを想像なんてできるわけがない。
しかしそんな存在でなければこの所業は不可能だ。
俺が一瞬で意識を刈り取られる寸前に見た少年の魔力は。理解できるはずがない。
しかし今までみたこともない光り輝く魔力が纏われていたのだけは憶えている。
深く輝く白。
誰にでも自分の色があり鍛錬した果てに魔力操作と適性の色がつく。
あんなに純粋で深い輝きは神の祝福だと想像することしかできない。
あんなのはもう神じゃないか?
神でなかろうと近い存在であることは違いない。
思いつくのは各国の王家で口伝で伝えられている存在。オーバー・スペック。
種族の限界レベルを超えて神へと至ろうとする存在たち。
この世界の生命として当たり前に心を持ちながら神へと昇華していく存在。
片手を振れば天災を引き起こし、もう片方の手をふれば大国の首都が一夜で滅ぶ。
そんな存在にわが帝国を敵認定されるわけにはいかない。
憎むべきはやはり西の王国であろう。
神を囲い込み自分たちに都合のよい世界を作り上げようとする。
こいつらは世界をどうする気だ。
「東の皆さんはどうして王国にちょっかいかけてくるのですか?」
普通の少年、いやもう青年といっていいのか。
俺に子供がいればちょうど息子くらいの年だろう。
「さてな、東?なんのことやらだが。俺は秘密結社死ね死ね団の・・・」
すぐ俺に魔法がかけられる。
ウソがつけない魔法?
なんだよそれ。
都合がよすぎないか?
俺の精神防壁なんて最初からなかったかのように粉みじんに消えていく。
莫大な魔力と闇魔法のレベルがあれば俺にだってできるのかもしれない。
だが人間の最高レベルである闇の4賢人だってこんな芸当できるはずがない。
「ところで私が人間を超えた存在だとしたら、あなたたちは私に歯向かってくるのでしょうか?」
いかにも自分じゃないかもね、と言いたげだが。そんなわけがない。
コイツしかいない。
自分がわかってないのか?
それともオーバー・スペックなんて存在になっちまうと、レベル70や80というヒトの限界まで身を削り修行して戦う人間の気持ちがわからないのか?
「おまえのような存在がいないか確認するためだ」
神へと至ろうとする存在の心根は純粋だ。
俺の言葉ひとつで心がゆれる。
何万もの人間が死ぬかもしれなかったんだ、おまえのせいだ、と言われれば。人間であれば。
真っ当な人間であれば当然惑う。
「言っていることがよくわかりませんけども?」
「おまえのような存在にきまぐれで我が帝国を滅ぼされぬためだ」
神の心にくさびを打ち込んでみせよう。
西のヤツラが書き込んだキレイなロジックに小さな傷をつけてやる。
いつか誰かがその傷を手掛かりにして西のくだらない洗脳を打ち砕くために。
役目を果たすのは今しかない。
「神よ」
「神よ、我が帝国にあなたの情けと祝福をお与えください。西の王国に手を出したことが気に入らないならばわが身をもってその罪を全て受けましょう。われらの弱き愛すべき民たちにお慈悲を願わせてほしい」
いつかこの子供が神へと昇華して世の正悪を裁く存在となるのならば。
どうか俺達の国にも一寸のお慈悲を恵んでください。
悪いのはあなたを利用しようとしている王国なのです。
気付いてください。
われらの民へも振り向いてください。
俺達は神の敬虔なる僕として、自分達を守るために戦っているだけなのです。
愛すべき国民のためなら、わが身は柱となりますので、どうか、どうか・・・。
ガチャリ。
扉が開く。
俺の願いを上書きして消し去るであろう敵が入ってきた。