第119話 ユーリの尋問
夜がふけていく。
取調室に座らせているのは隊員のエージェント一人だ。残る二人は牢に転がしてある。
念のため後ろ手に縛ってあるけどもどこまで効果があるかは不明。
縄抜けなんて訓練済みのプロだろう。
気を失っているそいつの鼻っつらに揮発性の香りを近づけるとビクリと体が動く。
カッと目を見開いた。
「どこだココは!?」
テーブルひとつ。
灯りがひとつ。
照らすのはエージェントの男の顔だけ。
心配性の俺の保護者2名は隣室からぞき窓。気配を消している。
「あなたは自分が質問をする権利があると思ってるんですか?」
どこだと聞かれてココだと答えるバカはいない。
「おまえ見たことあるな。そうか、おまえがユーリ・エストラントか?」
今気が付いたにしてはすぐに食って掛かってくる。
意識を取り戻した瞬間の行動についても訓練済みなのだろう。
「私も有名になってきたものですね。あなたの御名前を伺っても?」
「ドンガだ。そう呼ばれている」
「ではこれからはあなたのことをドンガを呼びましょう。正しいかどうかなんて確認しようがありませんから単なる呼び名です。ところでお水でもいかがですか?」
「いらん。殺すなら殺せ」
随分とポーカー・フェイスを貫いているが、死のうとするヤツを殺してやるほどやさしい世界じゃない。
「そうですか?自害用の魔導歯は砕かせてもらいましたから口が血なまぐさいと思ったのですが。ああ、この水には毒も自白剤も入っていませんよ?殺す気なら自害を防ぐ必要なんてないですし」
情報を聞き出すなら感情に走ってはダメだ。
もちろん敵はそんな流れを望んでる。
「おいガキ随分生意気じゃねーか。おまえみたいなガキにしゃべるほどこっちは甘くねーんだよ。さっさとおうちに帰ってかあちゃんのおっぱいでもしゃぶってなっ!」
ガンッ
ドンガと名乗ったエージェントが机を蹴り上げ灯りがグラグラと揺れる。
「東のエージェントは随分と口が悪い。こっちは丁寧にいろいろと教えてもらおうとしているだけですよ?」
「しゃべるかクソガキ!さっさと殺すなり好きにしろっ!」
「余程死にたいようですね?」
「ケッ。そういってビビらせれば何でもしゃべるって思ってやがんのかっ。テメエみたいなガキが何言ったってしゃべりゃしねえんだよ!」
死ぬ気になってる人間に何を聞いても無駄だわ。
こっちが腹を立てて殺してしまっても、それこそ臨むところなんだから。
そうなると死んだ方がマシだと思える拷問するしかなくなるのだけど。
「脅すつもりで言ったのではないんですがね。そんなに死にたいなら、舌をかむなり自分を魔術で殺すなり好きにすればいいでしょう?」
「勝手なことぬかしてんじゃねえ、死っ・・・・」
キンッ--
ドンガの動きが固まった。
まるでいきなり電源を落とされたロボットのよう。
それから数秒も全く動かずにいた次の瞬間。
異常に気付いた男がおかしなものでも見るように俺をみつめる。
「てめえ何しやがった?」
これまでの人を嘗め腐ったような表情がなくなり、初めて本気の目でこちらを睨んできた。
「さて何のことやら。東の負け犬は随分と遠吠えが得意のようですね?」
「きさまっ、ぶっころ・・・・」
キンッ--
再びドンガの動きが固まった。
腰を浮かしたところで止まったところから、どうやら本気で腹をたててこちらに襲い掛かって来るつもりだったらしい。
しばらくして動き始めたドンガはゆっくりと腰を下ろした。
目元から険しい表所が消えて目がきょろきょろと周囲を探っている。
「別におかしな魔道具も何もありませんよ?あなたの心にいろいろと鍵をかけさせてもらっただけです。あなたたち東の闇魔導士たちもよくやるでしょう?」
「っ・・・・!」
「今度はダンマリですか?お話がきけなくて残念ですね。時間をかせいで今晩一晩解呪を試したいですか?」
パッ、と指を広げて見せる。
「いいですよ?いろいろと試して諦めてもらった方が話しは早いかもしれませんね。また明日会いましょう」
二人目も同じような反応だったので明日まわし。
だが今日もっとも興味あるのは3人目だ。
隊長格の飛びぬけた実力をもつ闇魔導士。
「スティだ」
すぐに自分から名前を教えてくれるとは話が早い。
「おまえはユーリ・エストラントだな?」
「いかにも。あなたは話が早そうですね?それとも部下のお二人が何をしゃべったか気になる?」
「そうでもないぞ。何かをしゃべろうとあいつらが知っていることは限られている。この状況を見ればわかることばかりだろう?」
つまり。尋問するなら俺にしろと。
「あなたが隊長でいいんですよね?」
「ああ。作戦行動の指揮者は俺だ」
どうにも潔すぎる。
捕らえられた交渉も隊長の役割ということか?
話ができるなら早い。
「東の皆さんはどうして王国にチョッカイかけてくるのですか?どうにもそこがわからない。今の王国は東とコトを構える気なんてないですし、諜報しているあなた達からみてもそんなことわかっているでしょう?」
まっすぐな質問をぶつける。目を見て話す。
答えないならしょうがない、でも聞いてみたい。
なぜワザワザかき回す?世界をどうしたいんだこいつら。
「さてな東?なんのことやらだが。俺は秘密結社死ね死ね団の特殊潜入員・・・」
俺はワザとらしくスティの前に手を広げて、ゆっくりと手を引き絞っていく。
「ぐ・ああ・あっ」
嘘をつかれると面倒くさい。
彼には頭で考えている思考がはいきなり引っこ抜かれる激痛が走っているはずだ。
「くだらない嘘を考えるオツムには鍵をかけさせてもらいましたよ?ここまでバレバレなのに下らないヨタ話で時間を潰したくはありませんから。お水飲みますか?」
両手を縛られたスティは顔を近づけてストローで水を飲む。
他のエージェントとは違う。拒絶ではなく互いに相手を探ることが目的なのだ。
一息ついたステイは意志をもった瞳で俺と目を合わせた。
「お前は何者だ?今回のことはすべてお前の仕業か?」
それはこっちのセリフだろう?
東が聞きたいのもわかるけど。こいつらはやっぱりアレを探りに来たんだ。
「さて何のことでしょう。ワタシからすると今回の件は全てあなた達の仕業なのでしょう?とお返ししたくなりますけども」
「お前は神なのか?俺にここまで差をつける魔導士は人間ではありえない。俺のレベルを何倍も上回ってるヤツでなければ俺をこんなに簡単に処理できるはずがない。しかし俺のレベルから倍を超えるレベルの人間は存在しない」
こっちが聞いてるんだけどな。
どう答えたものなんだか。
こういうレベルの測り方されるとバレちまうんだってのは勉強になるけど。
話せば先に進むのか?
それともバレるとマズイのか?
マズいなら記憶けしちまえばいいのかな?
「そういえば東には4賢人とかいう闇に特化した魔法使いがいるんでしたよね?」
何をいきなり?スティの顔にかいてある。
こいつには俺の魔法レベルが想像つかないのなら。
俺みたいなヤツは東にはいないってことだ。
「安心しましたよ。どんな化け物かと思いましたけどあなたの反応を見る限り人間のレベルだとわかりますから」
イレギュラーな存在が近くにいなければ、周囲や世間一般のことが人の常識になる。
つまり俺のような存在ではなく4賢人は人間のレベルでの最高峰ということなのだろう。
「ところで私が人間を超えた存在だとしたら、あなたたちは私に歯向かってくるのでしょうか?」
もちろんブラフだ。
超えるってなんだよって話だ。
なんかコイツラは俺をそういう存在に仕立てようとしている。
超えるとか超えないとか世間的な思い込みというか。
なんなんだよ。東にはそんな伝承とかあんのか?
だいたい、神ってなんなんだよ・・・。
『お答えしますか?今のあなたに説明するには一晩かかります。その上で理解される可能性は1%以下ですけど』
先生?話が混乱するからおまえはダマっててくれ・・・。
「じゃあもう一回聞きますね。なぜ東の皆さんは王国へちょっかいかけてくるのですか?」
「・・・っ」
「ダンマリですか?それでは北の皆さんを追いかけまわした竜巻を東の首都に発生させれば話してくれますか?それとも東の王宮に光の竜を雨のようにふらせるとか?」
黙って俺を見つめてくる。真偽を図ってるように見える。
「炎の竜でもいいですけど。アレが私の仕業だとすればそれくらい簡単なハズですよね?」
ちょっとボカしてみた。
実際できるけど。
それでもだんまり、か?
「おまえのような」
ん?しゃべりはじめた。
「おまえのような存在がいないかを確認するためだ」
「言っていることがよくわかりませんけども?」
「おまえのような存在にきまぐれで我が帝国を滅ぼされないためだ」
キッパリと言い切った男は決意した目で俺を見つめる。
何だかはわからない。
だけど何かを自分の中で決めた目が必死に俺をみつめる。
きまぐれで国を亡ぼすって?俺なんか悪役街道進んでねーか?
「神よ」
ニヒルな笑いが消えた。
スティは俺に語り掛けるように喋り始める。
真摯な瞳の奥底に強い意思と必死の願いが渦巻いている。
「神よ、我が帝国にあなたの情けと祝福をお与えください。西の王国に手を出したことが気に入らないならばわが身をもってその罪を全てうけましょう。われらの弱き愛すべき民たちにお慈悲を願わせてほしい」
「え?」
なん・・・だ?
いい大人が。
ガキの俺に。
これはお願い、なのか?
「あ、いや、おいっ。おれ、そんな」
「神の過ぎたる力を王国の民だけに与えるのではなく、わが東の民たちにもお慈悲を分けてくれませんか。われら帝国民も王国の人間と同じように日々神へと祈り糧に感謝しながら生きるか弱いシモベなのです」
な、なんだよ?
なんで?
なんで?なんで?
え?
東って悪いヤツラでしょう?
なんで俺?このままいったら悪いヤツって俺にならないか?
なんでそんな流れなの?
「俺にかけられた神力をいますぐ解いていただけるなら。嘘偽りなく自分の舌をかみきってみせましょうい。どうか我が命と引き換えに東の民へとひと匙でも振り向いてはいただけませんか?」
コイツなら絶対に舌を噛み切る。
今こいつは嘘が言えないってだけじゃない。目が本気を語っている。
どういうことだ。
どうすればいいんだ?
なんなんだよコレ!
「あら、ずいぶんと東に都合がよい理屈だわねぇ~?」
ガチャリと取調室の扉が開くとタペストリー侯爵とキルリスが入ってきた。




