第118話 エージェントのスキル
「こいつら物音ひとつ立てずに行動してるからな」
暗い上空から覗き見ると、黒装束の3人が木々の隙間をちらちらと移動しているのが見える。
物音ひとつ、葉擦れの音ひとつさせずに移動している。敵だけど感心してしまう。
優れた隠密のスキルのオンパレード、自分たちの魔力を外部に向けては遮断している。
魔力探知に優れた魔導士ですら小さな魔力を小動物としか思わないだろう。
俺から<防音><魔力遮断><魔力障壁><思念誘導>を潜入者にかける。
ひとりだけレベルがとびぬけた魔術師が入っているけど彼ですら気づくハズがない。
レベル50とレベル70が対峙すれば圧倒的な実力差になるのに。素でレベル400を超えた俺からすると70も99も大差はない。今の俺からすれば人間が獲得できるレベルは誤差程度の違いでしかない。
魔法で全ての音が遮断されているし動く範囲は絶えず俺の障壁が囲んでいる。外から守る障壁じゃなく内から逃げ出さないための障壁。
鍛え上げたスキルで完璧に潜入しているつもりだろうけど。悪いがすべては俺の手のひらの中だ。
「東のエージェントのすごさは闇魔術に絞った上で鍛え上げて洗練されてるとこだよな。<隠密術>に<暗殺術>に<浮遊><魔力遮断><気配遮断>相手に悟られずに行動するためのスキルがオンパレードだ」
俺達3人は少し上空から隠密3名の行動やスキルを検証する。
東のやり口のお勉強会だ。俺はまだしも、キルリスやタペストリー侯爵には必ず役に立つ。
相手を探ろうとする側と相手に悟られまいとする側。
東のエージェントは緻密に計算したスキルで潜入に特化している。
ずば抜けた闇魔導士が使えば他国は気づくことはできない、なにせ「ずば抜けた隠密術」「ずば抜けた魔力遮断」がどれほどのものか想像できないのだからどれほど警戒すればよいのかわからない。
「気づいてしまえば確かに存在を認識できる。だが知らなければこれは気づけない」
キルリスのレベルでもそうなのだ。
王国一のレベルでもイメージできなければ探知できない。
そして3人のうち指示役はあきらかにレベルが違う。
「すげえな」
もう何度目になるだろう、それでも声に出ちまう。
魔導士として魔法を追及するのではなく。
研究者として世界の理を探るのではなく。
武闘者として己の武を極めんとするのでもなく。
絶対的なものを求めているのではなくて。
この世界の、この社会の中で東の帝国のために必要な部品になりきる。ここまでやり通せるこいつらに俺は感嘆の声をあげた。
努力だけでは辿りつけない。死ぬ覚悟で己のすべてを捧げてきたレベルだ。
死なないよう、殺されないよう、誰かに利用されないよう、必死になってきた俺と。
誰か何かのためには死ぬことも恐れず研鑽を積むこいつら。
「こいつら何なんだ」
魔力を集めて開いた手のひらを握る。
3人の意識を同時に刈り取るとそのまま<浮遊>の魔法で引き寄せて。
結局俺が全員を浮遊させて連れて帰るしかない。
だから面倒なんだよ、くそったれ。
3人の奥歯には自害用の魔法陣が刻まれていた。
もちろん術式を確認後粉々にする。
「でもこいつら舌をかみきってでも自分を殺そうとするだろうし」
<深層思念>
<強思>
<固定>
<魔力路破壊>
気を失っている3人に背中から直接手を触れて魔法をかけていく。
こいつらの魔力路を破壊して魔力を使えないようにし、さらに自害や自傷は思いついた瞬間に思考が止まる。
死ぬことを思考することの禁止。
逃走禁止、切傷禁止。
死ねない、逃げられない、誰も傷つけられない。
暗殺者たちが使う「沈黙の契約」は結んではいなかったが、それは捕まってしまえば自分の意思で死ぬ気だからだ。
暗殺者たちとは違う。
金で雇われれば金で裏切る。
自分の命を差し出すバカはいない。
でもこいつらは。コイツラのやっている危険と比べれば随分と安い金をもらいながら、普通に自分の意思で命を差し出すバカどもだ。
俺は強く興味を引かれちまった。
自分と違いすぎるコイツラに。
誰かに利用されて死ぬんだぞ?
それでおまえらに何が残るんだよ?
「こいつらの尋問は俺がしてもいいか?」
「それは構わないが素直に口を割らないだろ?拷問でもする気か?」
キルリスが眉をしかめて俺に尋ねてくる。
子供のお前がそこまでやることはない、と表情が語っている。
やさしいパパさまだな。
どうせ口を割らないのであればさっさとヤッちまった方が安全だと考えてる。
「するわけねーよそんなの。でもこいつらが何考えてるか聞いてみたいんだよ」




